ホロライブの任天堂著作物収益化問題に関わる一考察

バーチャルライバーブランドのホロライブを運営するカバー株式会社によって、所属のライバーのゲーム実況の一部が任天堂株式会社をはじめとしたメーカーの許諾を得ずに配信されていたことを認める声明を発表したことで、ホロライブのみならず、バーチャルライバー界隈、更にはゲーム実況界隈全体が揺れている。

 この問題について、企業勢ライバーのゲーム実況収益化の問題について、主に任天堂のガイドラインとカバー株式会社の声明を元に個人的な考察をしてみたい。

 なお、筆者は大学時代に法学部に在籍していたが、知的財産関連の知識については専ら独学によるものであることをあらかじめ断っておく。

1.問題の簡単な経緯

 2020年6月1日、業界においてホロライブと双璧といえるバーチャルライバーブランドのにじさんじを運営するいちから株式会社から、任天堂株式会社の著作物の利用に関する包括的許諾契約を締結したというリリースを発表した。

 同日、任天堂が同社著作物の実況配信する際に適用される指針である「ネットワークサービスにおける任天堂の著作物の利用に関するガイドライン」も改定され、いちからを含む4社が、それまで個人に対してのみ許容されていた同社ゲーム実況配信の収益化を例外的に行えるようになったことが明記された。

 しかし、この4社の中にカバーの名前が入っていなかったことで、SNSを中心に波紋が広がることになる。

 6月1日以前の状況として、にじさんじ所属ライバーのゲーム実況では、「あつまれ どうぶつの森」をはじめとした任天堂作品は、youtubeの収益化が切られた状態で配信されていた。一方ホロライブ所属ライバーのゲーム実況で任天堂作品の配信は収益化されており、生配信ではyoutubeの投げ銭であるスーパーチャットも利用できるようになっていたからである。

 そして6月5日、カバーより冒頭で触れた声明が発表された。

 声明内で触れられているカバーのマーケティング本部長による不適切発言や、声明後に所属ライバーによる当該問題に対する軽率な発言や著作権上疑義のある配信が数日間散発したこともあり、カバー並びに所属ライバーの法令遵守意識に対する根本的な疑問が呈される状況になっているのが現状である。

2.ゲーム実況と著作権

 今回の問題を読み解いていくにあたり、まず前提条件となる著作権について簡単に触れてみたい。

 著作権とは、文学作品や芸術作品、映像やゲームといったエンターテイメント作品など、作者の考えや気持ちが表現されたものを「著作物」として、その著作物を財産として保護するための権利である。発明のような技術的アイディアや、工業製品などのデザイン、トレードマークといったものは著作物とは別に「産業財産権」とされ、著作権などとともに「知的財産権」というより大きな括りを構成している。

 youtubeなどのインターネット配信において、ゲーム実況は主にこの著作権の中の「公衆送信権」が関係してくる。この公衆送信権というのは、不特定多数が閲覧・視聴できるような形で著作物を送信する権利であり、著作権者が認めない限りは第三者が勝手に行うことはできない。映画などの同時視聴などで、映画そのものを配信に乗せられない理由がこれである。

 ゲーム実況の場合は、その実況がゲームにとって販促効果が期待されることがあり、またeスポーツなどゲームプレイを「魅せる」ことがエンターテイメントとして確立されつつある昨今の状況もあって、メーカー各社が独自の指針を設けてプレイヤーによる公衆送信を一部認める場合が増えつつある。PS4やSwitchなどではゲーム自体にシェア機能が搭載されており、あらかじめメーカーの認めた範囲で配信が可能なようにされている。

 このようにゲーム実況の敷居は以前と比べ格段に低くなっているといえるが、注意しなくてはならないのはあくまでゲームの第三者による公衆送信は無条件に認められている訳ではないことだ。まだまだ明確な許諾を出していないメーカーや作品は多く、また認められているものの多くも個人が非営利に行う場合に限定されていたり、配信プラットフォームが指定されている場合が多い。

 他者の著作権を侵害した場合は著作権侵害という犯罪になる。なお、著作権侵害は親告罪だから、著作権者が訴えない限りは問題ない、という主張がときたま見られる。しかし親告罪というのは権利者が告訴しない限りは検察が起訴できないというだけであり、親告罪で権利者の告訴がなければ違法性がなくなるというわけではないので注意が必要である。

3.任天堂のガイドライン改正によって明確になったホロライブの収益化問題

 さて、やっと本題である。任天堂のガイドラインでは、個人が非営利目的で配信を行うことは可能であることを前提とした上で、例外的な対応として、youtubeやニコニコ動画など、あらかじめ指定された動画共有サイトの収益化システムによって配信を収益化することは可能としている。原則として収益化についても個人を対象としたものとしているが、UUUM(提携した吉本興業所属を含む)、ソニー・ミュージックマーケティング、ガジェット通信、そしていちからの4社については別途締結した契約に基づき、個人同様当該ガイドラインに従って配信・収益化が可能としている。

 これに対してカバーの声明では、

 弊社では個人事業主のクリエイターを支援する業態のため、任天堂株式会社 (以下、任天堂様) の著作物を利用したゲーム配信については、任天堂様が公開している個人向けの『ネットワークサービスにおける任天堂の著作物の利用に関するガイドライン』を参照し、法人として個別に許諾を得ることなく、無許諾で配信を実施しておりました。

 としている。つまり、カバーとしてはホロライブライバーの投稿は各ライバーが個人事業主として行っているものであって、法人による投稿にはあたらないと解釈していたという、見解の相違があったことを暗に主張したものとなっている。

 実は任天堂のガイドラインにおける法人に関する扱いの部分である「A9」において、6月1日更新の文章では

法人等の団体による投稿や、投稿者が所属する団体の業務として行う投稿は、このガイドラインの対象ではありません。

となっているが、インターネットアーカイブで参照したこの更新以前のガイドラインの文章では

法人等の団体による投稿は、このガイドラインの対象ではありません。

とだけされていた。

 6月1日の更新で挿入された「投稿者が所属する団体の業務として行う投稿」という文言は、明らかに企業と契約した個人事業主としての配信者を意識したものである。これによって個人事業主として企業と契約している配信者が、個人向けガイドラインを利用して収益化配信をすることは明確に不可能となってしまったため、カバーとしても声明を出した上で所属ライバーの配信収益化について見直しをせざるを得なくなってしまったのが実態であろう。

4.企業勢配信者が個人であるという主張の妥当性

 では、そもそもの問題として、配信者が個人事業主であることをもって、仮に企業に属していても法人による配信ではないとすることは、果たして妥当なことなのだろうか。ライバーが企業勢であるか個人勢であるかと、個人事業主であるかどうかの違いについては、筆者の別項記事を参照していただきたい。

 ライバーの配信が個人としてのものか企業としてのものかについては、ライバー自身が個人事業主か法人の社員であるかではなく、その活動の収益がどのような流れになっているのかという実態に着目して判断するべきだと筆者は考えている。

 ここで注目したいのが、桐生ココさんが初めて収益が自身の手に入ってきたことを報告した以下の配信である。

 個人事業主であるのに給料と表現していることについては置いておくとして、桐生ココさんが受け取った報酬の明細では、「ホロライブによる天引き」と「源泉徴収」が記載されていることが示唆されている。

 Google AdSenseを通じて得たyoutubeの収益は、源泉徴収がされていないとされている(これについては実際私自身もチャンネルを持って収益化して確認してみたいものである)。このことから、少なくともyoutubeの収益に関しては、一旦ホロライブの運営であるカバーへと入金され、そこからカバーの収益と源泉徴収が天引きされた上で各ライバーへと振り込まれていることが推測できる。

 給与以外の報酬や料金において源泉徴収が必要とされるものは、国税庁のホームページにて参照できるが、企業と契約を結んだバーチャルライバーの場合はこのうち

ホ 映画、演劇、テレビジョン放送等の出演等の報酬・料金や芸能プロダクションを営む個人に支払う報酬・料金

に該当すると思われる。

 これらのことから分かるのは、ホロライブライバーのチャンネルはカバーに収益が入る形になっており、各ライバーはそのチャンネルでの活動の報酬としてカバーから対価を得ているということである。つまり、配信によって直接的に収益を得ているのは法人であるカバーであり、個人事業主である各ライバーの収益は、あくまでカバーから得ているものなのだ。

 流石にこれを、youtubeの配信収益は各ライバーが個人事業主として得ている、と言うのは無理があるのではないだろうか。これがもし、youtubeのチャンネル収益が一旦ライバー個人に振り込まれ、そこからライバーがカバーに対して報酬あるいはマネジメント手数料などを支払う形式であれば、まだ誤解や見解の相違といった釈明の余地はあるだろう。しかし、チャンネル収益を直接得ているのがカバーである以上、声明にあるような見解の相違や誤解などが成り立つ余地は無いというのが筆者の判断である。

5.任天堂のライセンスに込められた意義

 そもそもの問題として、任天堂のライセンスにはどういった意義が込められているのであろうか。ここで改めて、任天堂のライセンスの冒頭を振り返ってみたい。

 任天堂は当社が創造するゲームやキャラクター、世界観に対して、お客様が真摯に情熱をもって向かい合っていただけることに感謝し、その体験が広く共有されることを応援したいと考えております。

 この一文にはゲーム実況者に対し、クリエイターあるいはパフォーマーとして任天堂のリスペクトが込められている。そして、そのクリエイターやパフォーマー自身が任天堂作品から得られる体験を多くの人々に共有することが、対価を得るにふさわしい行為であると考えているからこそ、収益化について一定の条件で認めたものだと解されるべきではないだろうか。

 配信によって生計を立てるということが特別ではなくなってきている昨今、その収益自体を否定するつもりは筆者にはない。生業として限られた時間の中で配信を成り立たせるには、収益性について無頓着でいては配信業を継続することは難しいだろう。

 しかし、そんな中にあっても、ゲームの製作者と配信者の間には、互いにリスペクトがあってほしいし、であればこそ、ゲーム配信において配信者は、そのゲームに対してまさに真摯に情熱を持って向き合ってもらいたいと感じている。

 にじさんじのリゼ・ヘルエスタさんが配信したMOTHER3の実況に対して、糸井重里さんが触れたこの一件などは、まさにそんな製作者とプレイヤーが、互いに作品に対して真摯に向き合った結果生まれたシーンであったと感じている。

 素晴らしい作品が素晴らしい配信を生み出し、多くの人がその体験を共感する。ゲーム実況というのは、配信者を通じて多くの人が喜びや悲しみを共有できるものだ。そしてそれが製作者にとって新たな創造の原動力になる。そうした正のサイクルの中でそれぞれが報酬を得ていけるのであれば、こんな幸せなことはないだろう。

 配信業の界隈というのは、まだまだ法的な部分が未整備なところが多い。今回のカバーの件に限らず、他の配信者を抱える企業もまた、市場拡大にガバナンスやコンプライアンスが追いついていない部分は多々あるだろう。しかし、今後もバーチャルライバーが拡大し、メディアへの露出も増え、市民権を獲得していくには、こうした問題をクリアにしていく努力が不可欠である。それには、運営する企業のみならず、個々のライバーもまた一人の事業主としての自覚と、何より配信の対象に対するリスペクトを欠かすことはできない。

 であればこそ、個人的に今回の問題が発覚した前後に、関係者からやや自覚に欠けるように思える言動が散見されたのが残念でならない。バーチャルライバー界隈を楽しむ一個人としては、今回の件で各企業や配信者が今一度自分たちのエンターテイメントが何に立脚して提供されているかに立ち戻って、今後の発展の糧とすることを願ってやまない。

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