コンビニオーナーによる企業勢バーチャルライバー業態所見

 筆者は某コンビニチェーンにて加盟店オーナーをしている。その立場から、主に企業勢と呼ばれるバーチャルライバーの業態について考えてみたい。

1.意外と分かりづらい「法人の社員」と「法人の暖簾を借りる個人事業主」

 にじさんじやホロライブを筆頭に、企業勢と呼ばれるバーチャルライバーに関しては、「企業に属している」=「企業の社員である」と誤解されがちである。しかし、任天堂作品収益化に関する問題で、ホロライブの運営である株式会社カバーが出したリリースでも触れられているが、こうした企業勢バーチャルライバーも、その多くは個人勢と同様の個人事業主である。

参考:弊社における無許諾配信の不手際のお詫びと今後の対応につきまして

 この誤解については2019年に世間を騒がせた吉本興業所属の芸人による闇営業問題などでも見られたもので、筆者自身もこれまで度々コンビニチェーン本部の社員だと誤解されたお客様に対する説明で難儀をした経験がある。

 企業の看板あるいはブランドを掲げて事業を行っている個人事業主は、一般に見えにくいものの比較的ありふれて存在する。特に芸能人などのエンターテイメント系職種や団体競技のプロスポーツ選手、コンビニをはじめとしたフランチャイズ業界では大多数がこれに当てはまる。

2.それぞれの報酬形態の違い

 「企業の社員」というのは企業との間で雇用契約を結び、その雇用契約に定められた時間と業務内容に基づき、企業へ労働力を提供することで給料を得る。雇用する企業の指揮命令権に拘束される反面、給料は時給や月給、年俸といった定額の形で保証されている。

 一方「企業の暖簾を借りる個人事業主」は、自らの責任と裁量で業務を実施し、得られた収益を何らかの形で企業と分け合い、その対価として企業から様々なサポートを受ける。労働時間など企業からの指揮命令を受けない反面、給料のようにあらかじめ保証された報酬は存在しない。

 収益の分け方は企業との契約に基づくが、芸能事務所やコンビニを含むフランチャイズ業界で主流なものは、個人事業主が得た収益を一定の割合で企業と分配する形である。にじさんじやホロライブなど、企業勢のバーチャルライバーの多くもこれに当てはまると考えられる。にじさんじの樋口楓さんが自身の収入事情として詳細に解説されているので、是非そちらも参照して欲しい。

 なおこれ以外にも、プロ野球やJリーグなどのプロスポーツ選手に代表的な、あらかじめ年俸などで企業から報酬定めてを支払う形態や、収益の有無に関わらず個人事業主が一定の金額を定期的に企業へ支払う形態もある。前者は事業活動の主導権が企業側にある場合が多く、後者については個人事業主への企業側の関与がコンサルタント的な形に留まる場合が多い。

3.企業の暖簾を借りることのメリット

 個人事業主が企業の暖簾を借りることで得られる最大のメリットは、企業のブランドを自らの事業に用いることができることである。コンビニ的な構えの店が2店並んで立っていた時に、片方が○○商店という個人商店で、他方がセブンイレブンやファミリーマート、ローソンといった全国展開しているチェーンの場合、どちらに人が入りやすいかという話である。

 企業勢のバーチャルライバーにとって稼働最初期におけるスタートダッシュにおいて、このブランド効果というのは非常に大きな効果を発揮する。個人勢が元々中の人が著名人であるなどの例外を除き、youtubeの登録者一桁からはじまり100人突破、1000人突破と根気強く活動を続けなければならないのに対して、にじさんじやホロライブなどの大手事務所所属のライバーはチャンネル開設初日から桁違いの登録者を叩き出すことができる。

 所属以外の企業との案件などについて、所属企業を窓口とすることによって信用やノウハウを利用することができ、また煩雑な契約手続きを委任することができることも大きい。さらに、所属企業自身が各種企画などのプロデュース機能を有する場合も多いため、所属ライバーとのコラボなどによって恩恵を得ることもできるだろう。

 インターネットでの配信や各種物販活動においての法的・技術的問題や、個人事業主として必要な各種税務処理といった専門的な問題に関する助言や専門家の斡旋など、一般人が個人事業主として活動するにあたって突き当たる各種問題へのサポートも期待することができる。

 実は事業収益が軌道に乗るまでの販路開拓と、事業を開始・継続するために必要な諸手続きというのは、起業経験の無い人にとっては想像できないほどにハードルが高い。マネタイズに割くための労力を最小化して自らの配信に専念できるということは、個人勢と比較して非常に大きなアドバンテージであると言える。

 このアドバンテージは芸能事務所やフランチャイズ事業においても同様で、筆者もまたその恩恵に大きな魅力を感じてコンビニオーナーをはじめている。

4.企業の暖簾を借りることのデメリット

 メリットがあればデメリットがあるのが世の常である。バーチャルライバーが企業に所属するデメリットとしては、まずメリットと背中合わせの問題として、所属企業との契約や戦略、ブランディングの風土に拘束を受けるということがある。

 筆者が所属するコンビニチェーンも同様であるが、この手の契約ではブランドイメージを毀損するような行為があった場合など、契約解除に関する条項が盛り込まれている場合が多い。そこまでは行かないまでも、自身が乗り気ではない企画への参加を求められたり、逆に自身のやりたい企画を自由に進められないなど、個人勢と比較すると不自由な側面があるのは事実だろう。

 そして、それ以上にバーチャルライバー特有のデメリットとして考えられるのが、ライバーとしての器であるキャラクターの版権を企業が所有している場合が多いことである。個人勢のライバーが企業に属した場合を除き、企業勢のライバーのキャラクターは所属企業によって発注・制作されているものが多いと思われる。これはライバー自身にとっては自らの投資負担からは免れるというメリットがあるが、企業からの独立性を著しく制約することになる。

 芸能事務所などではタレントの移籍や独立などは(一部でトラブルもあるものの)それなりに見られるものであるが、事業に必要となる資産は自身の身体と能力であり、移籍や独立によって事業の継続性が失われることはあまりない。(のんさんのような例外はあるが)

 これに対して企業勢のバーチャルライバーは、事業に必要となる重要な資産の一つであるキャラクターの器が自身のものでないため、移籍や独立となった場合は、所属企業が事業を解散するなどの例外を除き、転生という形を取らざるを得なくなる場合が多い。またyoutubeチャンネルやSNSアカウントといった事業基盤や、他のライバーとの関係性といったものも転生となった場合は断絶する可能性が高いため、リアルのタレントなどと比較して移籍や独立にあたっては、事業の継続性のリスクは非常に大きいと言えるだろう。

5.法人成りという選択肢

 少し話が脇に逸れるが、バーチャルライバーは個人事業主だから法人ではないと断言することは実はできない。個人事業主の法人成りというものがあるからだ。

 法人というものは一人でも設立できる。「フリーランス 法人化」などで検索してもらえば分かると思うが、個人事業主でも一定程度の収益が見込める場合、税制面などの観点から法人成りをするという選択肢はごく一般的にあり得る。個人で大家(不動産賃貸業)をやっている人などは、資産管理会社として法人を設立している場合が多い。かくいう筆者もコンビニ開業当初は個人事業主だったが、今は法人成りをして社長さんである。(合同会社のため正確には代表社員)

 税金以外に社会保険料の負担もあるので一概には線引しづらいが、専業で平均年収を超えるくらいに稼げるようになったのならば、バーチャルライバーでも法人成りをすることは十分現実的な話だと思うし、事実法人成りしているバーチャルライバーはいてもおかしくないだろう。

 ここでややこしくなるのは、バーチャルライバーが個人事業主か法人成りしてるかというのは表立って観測できるものではなく、また企業勢個人勢いずれのライバーであっても法人成りすることはありえるということである。

 いずれにせよ、バーチャルライバーが企業勢か個人勢かと、法人か個人事業主かということは、全く別の話であることが分かっていただけたと思う。

6.任天堂著作物収益化問題

 さて、ここまで個人事業主としての企業勢バーチャルライバーについてつらつらと書き綴ってきたが、筆者が今回筆を取ろうと思ったきっかけは、冒頭で触れた任天堂作品収益化に関する問題で、ホロライブ運営である株式会社カバーが、所属タレントが個人事業主であることを理由に、任天堂が公開している個人向けガイドラインを参照し、法人として個別に許可を得ること無く、無許諾で配信を実施していたとしたことにある。

 任天堂は「ネットワークサービスにおける任天堂の著作物の利用に関するガイドライン」において、個人における任天堂のゲーム著作物を利用した配信を収益についてはガイドラインに従う限り認めている。そして、UUUM(及び資本提携をした吉本興業)、ソニー・ミュージックマーケティング、東京産業新聞社(ガジェット通信)、そしていちからの4者を例外として、法人等の団体そのもの及び、投稿者が所属する団体の業務として行う投稿は、当該ガイドラインの対象外であるとしている。

https://www.nintendo.co.jp/networkservice_guideline/ja/index.html

 本件についてはSNS上でも様々な見解が飛び交っているが、バーチャルライバーが企業勢か個人勢か、個人事業主なのか法人なのか、そして肝心の「法人の業務として配信を行う」バーチャルライバーが何を指すか、言葉の定義や前提となる知識が明確に共有されないまま議論がなされているように見える。

 筆者としてはこの問題について触れたいがために企業勢のバーチャルライバーに関する所見を書き連ねたのだが、前置きが長くなってしまったので任天堂収益化問題についてはまた記事を改めて書くこととして、ひとまず本稿の記事の結びとしたい。

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