碇シンジの「S-DAT」が表すのは、存在し得たもう一つの現実
連日エヴァネタですが、今回はあのシンジくんが持っている音楽プレイヤー「S-DAT」についてです。
「S-DAT」は父・ゲンドウからもらった唯一(?)のもので、これを使うことで周りの世界と自分を遮断して心を閉ざしているようにみえるシンジくん。新劇場版「破」でのマリ登場のときの、「S-DAT」の表示(聴いている曲)が25←→26番の繰り返しから27番へ移行するシーンが、アニメ版の25話・26話(あるいは旧劇場版2作品)を行き来してくすぶっていた物語が前に動き出すことを意味している、とはよく言われていますね。また「Q」では持っていたはずの綾波の姿はないのに「S-DAT」だけがシンジくんの元に返却されるシーンもあります。他にも様々なシーンで登場しますが、つまり「S-DAT」は、ただシンジくんが音楽好きってわけではなくて、心理状態や物語を語る上である種のメタファーとして重要な役割を果たしているアイテムなのです。
その「S-DAT」、私は最初は作品上の架空の音楽プレイヤーだと思っていたのですが、実は実在していたというのを知った時はびっくりしました。世代によっては知っている方もいるでしょうし、私みたいに知らない方もいると思います。
まず、「エヴァンゲリオン用語事典 第2版」(八幡書店)を確認してみると、こう記されています。
S-DAT
DAT (digital audio tape recorder)の上位規格. シンジはソニー製のS-DATウォークマンを愛用している.【4,9,21,23,26,D,A】
※【】内は用語が使用されるエピソードを示す(Dは『シト新生(DEATH編)』、Aは『Air(第25話)』
意外にも用語事典はあっさりとした解説のみです。ただ、“ソニー製”とあるため、実在のもの、もしくは近いものをモチーフとして描いているようだと分かります。
…そもそもなのですが、サブスクで音楽を聴くのが当たり前の世代の方にお伝えしておくと、昔はCDをレンタルしてそれを何がしかの記録媒体にコピーし、専用プレイヤーを使って音楽を聴いていました。
私(30代)が知る限りでは、
【記録媒体の変遷】
・カセットテープ(小学生)
・MD(中学生)
・SD(高校生)※人によってはiPod
を経て、PC経由での録音やダウンロードが普通となると
・CD-R
・iPod
・スマホ
・PC
外付けのハードディスクを使っている人もいたかもしれません。
カセットテーププレイヤーがあり、MDプレイヤーがあり、SDプレイヤーがありました。また、CDプレイヤーももちろんありました。今思うと、あんなに大きいものを持って外でわざわざ聴くって大変な気がしてしまうけど、当時は全然そんなことなくて数枚のMDやCDを一緒にカバンに入れて持ち歩いていました。
お家では、カセット・CD・ラジオが一緒になったラジカセや、SDはスピーカー2台付きのコンポ(パナソニックのD-dockという商品です。確か6万くらい)を使っていました。今ではPCとスマホとBluetoothスピーカーだけなので、だいぶコンパクトに。音楽専用機は持っていないということになりますね(たまに使うレコードプレイヤーは除くとして)。
話を戻します。「DAT」は1980年代後半に登場したデジタル音声記録用磁気テープの規格(またはテープ、テープレコーダーそのもの)をさしています。元はデジタル音声テープ (digital audio tape)のことで、コンパクトカセット(1962年に開発したオーディオ用磁気記録テープ媒体の規格)などのAAT (analog audio tape)、オーディオCD(1982年に発売された私たちがよく知っているCD)などのDAD (digital audio disc)、DVカセット(ビデオテープ)などのDVT (digital video tape) などに対比する一般名詞です。
テープなのですが、30代より上の人が知っているいわゆる「カセットテープ」は、正式には1990年代初頭に登場したDCC(デジタル・コンパクトカセット)と呼び、形は似ていますがちょっと違うよう。
オーディオは深掘りしすぎると訳が分からなくなるので(笑)、一般的な感覚で参考になりそうな情報に絞って箇条書きでまとめてみます。結論からいうと、確かに「DAT」は実在したのですが「S-DAT」は商品化されなかったようなので、「DAT」(もしくは「R-DAT」)という規格(またはテープ、テープレコーダーそのもの)についての概要になります。でもここから、庵野監督のメッセージが読み取れます。
【DAT誕生のきっかけ】
■磁気テープにデジタル音声を記録する規格を各社が相次いで開発していた頃、それを統一するために1983年にDAT懇談会が設けられ、1985年に回転式ヘッドを用いるR-DAT(Rotaty Head DAT)と固定式ヘッドを用いるS-DAT(Stationary Head DAT)という2種類の規格が策定された。S-DATは高密度記録に対応した固定式記録ヘッドの開発が困難で、回転式ヘッドのR-DATが「DAT」として商品化されることになった
■のちのDCC(デジタル・コンパクトカセット)はS-DATで定められたヘッドが固定式という部分は共通しているが、ヘッドや記録構造を大幅に簡略化し、圧縮記録を取り入れており、このときのS-DAT規格と直接のつながりはない
【仕様】
■カートリッジ寸法は、縦54 mm×横73 mm×厚さ10.5 mm
■長さの種類には15、46、54、60、74、90、120、180分がある
■ただしラジカセ用のカセットテープのような表裏両面収録はできず、片面のみの収録
【プロ向けに普及】
■DAT 規格のミュージックテープ製造も模索されたが、著作権問題との関係で頓挫
■結果的に市販のDATミュージックテープは48kHzでコピーガードのない少量生産品がわずかに存在した程度だった
■民生用の録音規格としては高水準だった。一般にはあまり普及しなかったが、高音質を求める業務用/プロ用として重宝された
■業務用機にはSCMS(コピー防止技術)機能制限がなかったため、音楽録音スタジオなどで爆発的に普及
■日本国内でDATテープを発売したメーカーは
ソニー、松下電器産業(現・パナソニック)、日本ビクター(現・JVCケンウッド)、TDK(記録メディア事業部、現・イメーション)、富士フイルム(AXIAブランド)、日立マクセル(現・マクセル(マクセルホールディングス))、日本コロムビア(DENONブランド。現・デノン コンシューマー マーケティング(ディーアンドエムホールディングス))、花王(KAO DIGITAL SOUNDブランド)などがある
【衰退】
■1992年に登場したMDが、価格や使い勝手などの面から1990年代半ばから2000年代初頭にかけての民生用オーディオ機器の主流となる。2000年代後半になってからは、MP3、WMA、AAC等の高圧縮の音声ファイルフォーマットを採用した携帯型のデジタルオーディオプレーヤーが普及。DATのシェアは縮小の一途をたどる
■ソニーは2015年6月をもってDATテープの生産を終了。2020年12月現在、新たにDATテープを製造しているメーカーは国内にはなく、流通在庫分も入手困難
【まとめ】
・DATは一般的に知られているカセットテープと似ているが別物
・カセットテープやMD、CD、携帯型音楽プレイヤーの高音質化と普及によって、あまり広く知られぬまま衰退していった
・一時はその品質の良さから音楽業界では重宝されていた
・固定式ヘッドDAT「S-DAT」は商品化されていないので、あるはずのない幻のプレイヤーである
【固定式ヘッドDAT「S-DAT」は商品化されていないので、あるはずのない幻のプレイヤーである】←ここが一番重要だと思います。つまり、シンジくんの生きる世界は、わたしたちの世界とは違う。でも、のちに「S-DAT」によく似たカセットテープ(DCC/デジタル・コンパクトカセット)が一般に普及したことから考えると、「S-DAT」が存在した世界も実際にありえたかもしれない。
そういう選ばなかったほうの世界というか、選べなかったほうの世界というか、「もう一つの存在し得た現実」という中で繰り広げられている物語なんだ、というメッセージなのかなと思いました。
どうでしょう?(笑)DATをよくご存知の方がいれば、教えていただきたいですね。
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