何度でも、ここに戻ってこよう。
今回は私が今まで何度も読み返してきた、大切な一冊について書いていこうと思う。
『博士の愛した数式』/小川洋子
初めてこの本を読んだのは、私が中学生の時だった。
ここからは少し私の話になるがお付き合いいただきたい。
今は服飾大学に通っているが、当時図書館司書になりたかった私は校内図書館に通い続けていた。
中学三年の時には受験ムード真っ只中にも関わらず、私は図書委員会の委員長になり、相変わらず図書館で好きな小説を読む日々を送っていた。
そんな日々を過ごしていたある時、国語の先生からこんな提案を受けた。
私の通っていた中学校では毎月第一月曜日に各委員会の委員長が先月の活動と今月の活動目標を報告する朝礼が行われていたのだが、その朝礼で「今月のおすすめの一冊」を紹介してくれないか、という内容だった。
私はこれに少しの不安を感じながらも賛同した。
次の月から、私は自分の読んできた本の中で特にみんなにおすすめしたいと感じる一冊を、簡単に要約し朝礼で発表した。特に本選びには苦戦した。ファンタジー系が好きだった私にとって、中学生が委員長として朝礼で発表できるような内容の本はどれなのか、毎月悩んでいた。
そんな中で出会ったのが『博士の愛した数式』だった。
作品の名前は有名だったので知っていたが、数学が苦手だった私は読もうと思わなかった。しかし、たまたま学校で配られた「新潮文庫・中学生に読んでほしい一冊」みたいなタイトルの小冊子にこの本が掲載されていた。
「僕の記憶は80分しかもたない」
裏表紙のあらすじにあったこの一文に何となく惹かれて読み始めた。
初めて読んでみて、私は今までに感じたことのない安心感、時間がゆっくりと流れていく感覚に驚かされた。今となって考えてみれば私の読んできた冊数など大した数ではないのだが、当時かなり多くの本を読んできたつもりだった私にとって、その初めての感覚は「本にはこんな力があるのか!」と再認識させられる特別な一冊だった。
80分しか記憶が持たない博士と、家政婦と、その息子。
博士がつけた"ルート"というあだ名はあるものの、作中で登場人物の名前が出てくる場面は一度もない。数式と生きる博士と、穏やかで変わらない平和な日常。人物名が出てこないことは想像力を働かせる一つの要因だったかもしれない。
私はその空気が大好きだった。何があっても、この場所だけはずっと変わらない、居場所のような安心感を抱いていた。
朝礼で話した原稿は今もまだ残している。裏表紙のあらすじの言葉も借り、一息で読めるように纏められた、本当に短くて簡単な紹介文だった。
その時の朝礼や、この本のことを今でも覚えている人はきっといないだろう。提案をしてきた先生だって、私が発表をしていたことなど忘れているかもしれない。
それでもいい。私はこの本に出会い、読み、感動し、今まで一緒に生きてきた。この出会いは私の人生において安らぎをくれる大切なものになった。
きっとこれからも、何度でも、私はここに戻ってくる。
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