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私の社会実験 1

去年の5月から始め、いまや自分の制作のコアをなすコレクティブ《メゾン・ケンポクの読書会》。

若い写真研究者やアーティストたちと一緒に美学の基礎文献を批判的にひたすら精読する、わかならいことは徹底的に調べ上げ、自分たちが理解できるところまでを、話し合う(わからないことも多々ある)。誰に見せるわけでも、誰に聞かせるわけでもない。論文に書かれていることを正しく知りたい、ただそれだけ、というハード・コアな活動である。

4月から始まった新シーズンは、まずはクレア・ビショップの「敵対と関係性の美学」を批判的に精読しながら、自分たちの制作や活動を振り返り、さらに「メゾン・ケンポク」(私が運営に携わっているアート・スペース。後述)の活動を理論補強していくという試みだ。コロナ感染状況もあり、4月5月はzoomを使ったオンラインでの研究会だったが、6月からは対面の活動に戻す予定。

今年は何を読んでいけばいいのか、コレクティブのメンバーそれぞれが、実は提案や希望があった。セルトーを読みたいという意見も前からあったし、私は、日本の皇国史観についての文献を読むのを提案した。

しかしメンバーの一人、海野輝雄さんが「今年度は現代日本のアートの状況にも大きな影響を与えてきたであろうブリオーやビショップの文献、それらを訳している哲学者の星野太さんなどの論文を中心に読みながら、今の日本の美術を考え、さらに自分たちが次にどんなことをやるか考え、松本さんの新しいプロジェクトにつなげていこうよ」と提案してくれたのだ。

こういう人たちに恵まれて、今、私は常陸太田というところに住んで、毎日、制作やそれにまつわる何やかやをしている。そういう意味では、この春のコロナも、私の制作には、ほとんど関係がなかったといえる。(むしろそれがきっかけで、仲間たちとの新しい可能性もいろいろと見つかった。)

ところで私、もしかしたらちゃんとアナウンスしていなかったかもしれないし、いや、すでに知っている人も多いかもしれないけど、2018年の10月から、「茨城県北地域おこし協力隊」の隊員というのをやっている。
この読書会の冠称にもなっている《メゾン・ケンポク》とは、茨城県北地域おこし協力隊の拠点として私が整備、運営している場所で、同時にプロジェクト名でもある。コレクティブ《メゾン・ケンポクの読書会》もプロジェクト内のプロジェクトなのだ。
ここに、地域のラボ、アート・センターとしての持続可能な機能を持たせたい。そしてそれに地域の人が主体的に関わっていけるシステムを作り上げていけたら、と考えている。

2018年の夏に協力隊の応募要項をちらっと見かけたとき、アーティストを募集、そしてなにより茨城県からの「委嘱」、という見出しが非常によくて、おもしろそうだな!と思ったのだが、それ以上に、アーティストが「協力隊」と言う制度を活用することで、自身の制作活動にどのような影響を与えるのか、ということを、いいことも悪いことも含め、いろいろと考えた。

アートと地域活性が、果たしてどの程度、親和性があるのか、あるいは有効なのか、私はいつも半信半疑だったから、というのもある。いまもそうだ。(それと単純に、今アーティストとして自由に作品を作れるわけだし、それで十分いいのではないか? とか すでに「水戸のキワマリ荘」というオルタナティブスペースも仲間とやっているし、近い地域で二つも同じようなことをやるのに意味があるのか? とか)

でもオルタナティブ、個人的な活動でなく、現政権の肝いり事業の一つでもある「地域おこし協力隊」という制度を使って、地域や自治体にアーティスト(自ら)が入ることで、なにかアーティストと地域、アーティストと自治体、あるいは地域におけるアートのインフラを、ささやかにでも変えることはできないだろうか? ということを考えたのだった。

私は美術館とかでワークショップをやるとき、いつも「これは私の実験です。うまくいったら自分の作品制作に反映します。なので、参加者の皆さんに何かを教えるとかじゃなくて、私の実験に、みんなも参加してもらうってことです。それでもいいですか?」と言っている。いつでも、できるだけ本当のことをいったほうが、何事もうまくいくと思うからだ。
そう言うとみんなたいてい笑ってOKしてくれるし、アシスタントやってくれる子も、「美枝子さん、必ず、『実験です!』って前置きしますね」と、笑う。

いま「協力隊」という制度を活用して、《メゾン・ケンポク》というプロジェクトをやっていることも、つまり、一つ大きな実験を3年かけてやっているということだ。これは社会実験なのだ。
作品を作るのも、専門学校で写真を教えるのも全部、社会実験だと言えなくもないけれど、はっきりと自覚的に、これだけ大きな「実験」をやっているのは、多分これが初めてになる。

いま3年の実験のうち、折り返しをすぎたところだ。
今のところ、実験は、まあまあうまくいっている。自分の周りに読書会のメンバーみたいな人々が微増し続けている、ということは実験がうまくいっている正しい証だ。「激烈に一時的に増加」ではなく、「継続して微増」、というのも、より重要だ。

(続く)

写真撮影:山野井咲里


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