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【短期集中連載小説】保護者の兄とブラコン妹(第7回)

<前回はコチラ>

19

まだ先だと思っていた由美の高校の三者懇談の当日になってしまった。

由美に期末テストの出来は確認していたが、どう聞いても「まあまあ」としか言わないので、まずそこそこの点は取れたのだと思う。
由美は失敗したら、態度ですぐ分かるので、その点はちょっと安心だった。

「じゃあお兄ちゃん、4時半に2年2組の前でね」

「おう、いってらっしゃ~い」

突然雷と大雨に襲われた夜以来、何故か由美は互いのスペースを区切るカーテンを全部閉めなくなっていた。

だから以前は絶対に隠していた着替えなんかも、大して気にしていないのか、たまに由美の下着姿が見えることもあった。
まあこれはお互い様で、俺の下着姿が由美に見えていることもあるだろう。

逆にいうと、雷はそれだけ由美の中のトラウマを呼び起こしたのではないかと思っていた。
由美が見える範囲に、俺がいてほしい、ということだ…。

「とりあえず俺は2限と3限に出て、また4限目は欠講届を出して、と。前の保護者会と同じだな」

そう思って大学へ登校し、学生部で4限目の結構届を書いていたら、今日はなんと軽音楽サークルの後輩、サキちゃんに声を掛けられた。

「セーンパイ!なに書いてるんですか?」

「あっ、サキちゃん。4限目の欠講届だよ」

「えーっ、4限目お休みってことは、そしたらもしかして今日のサークルも伊藤先輩はお休みですか?」

「うん…。ごめんね、クリスマス会も近いのに」

軽音楽サークルでは、クリスマスイブの日にクリスマス会をやることになっていた。サークル内の各バンドが1曲ずつ提供し、演奏後はケーキを食べることになっている。

「寂しいな~。先輩、明日…はバイトだった、明後日はサークルに来てくれますよね?」

「うん、大丈夫だよ。約束するよ」

と俺は、手の小指を1本サキちゃんに向けて見せつけた。するとサキちゃんも小指を絡めてきた。

「約束ですよ、先輩!」

「サキちゃん、ちょっ、照れるって…」

「そうですか?じゃあ約束して、指切った!先輩、明後日楽しみにしてますね」

サキちゃんの天然で自然な行動には驚かされっぱなしだが、そんな部分が俺を惹き付けてやまない。

とりあえず欠講届を提出し、2限目の講義に出ると、明らかに先週よりも出席者が増えていた。

(後期テスト対策か。テストに出るところは先週サービスで先生が教えてくれたから、今更出ても無駄なんだよ~)

と俺は内心で、今頃慌てている滅多に顔を見かけない学生に、悪態をついていた。

3限目も同じような感じで、講義の出席者が先週より倍に増えていた。

3限の講義についても、先週の講義でテスト範囲と出る所を先生が教えてくれていたので、俺は安心していた。

それより安心できないのが、由美の高校の三者懇談だ。おれは3限目の講義を受けながら、むしろそっちの方に頭が行っていた。
前回の保護者全員が一堂に会する懇談会では、先生や他の保護者の話を聞いていればよかったが、今回はそうはいかない。

3限終了後、結局後期テストについて先生が何も言わなかったと騒いでいる一部学生を尻目に、俺はとっとと自宅アパートへ戻った。

(前に来たスーツとネクタイはこれでよし…ワイシャツはどこだ?)

肝心のワイシャツがなかなか見付からない。ワイシャツを洗ったのは、前の保護者会の日の夜だったから、由美が洗濯してくれた時だ。
由美がもしかしたらまとめて、自分のブラウスとかを吊り下げている所に一緒につってあるんじゃないか?と思い、由美のスペースにお邪魔して探したら、正解だった。

(男物と女物、分けてくれよ~)

ちょっと慌てたが、開始時間が4時半だから助かった。

鍵を締めS高校へ向かう。
まだ秋真っただ中だった前回と違い、すっかり冬模様となってしまい、ワイシャツとスーツだけでは大変寒いことを俺は学んだ。

(だからサラリーマンはコートを着るのか…)

たった5分のS高校までの道のりで風を引いたらシャレにならない。俺はちょっと小走り気味に歩いて、体を温かくした。

そして2年2組の教室の前に着くと、ちょっと時間が早かったか、1つ前のお母さんと女子が廊下で待機していた。

「こ、こんにちは」

「こんにちは…。あ、伊藤さんのお兄さん?大変ね、大学もあるんでしょ?ウチの子、伊藤さんの由美ちゃんとは仲良くさせてもらってるから、何かあったらいつでも遠慮なく言って下さいね」

そう語り掛けてくれたのは、由美より出席番号が1つ前の阿部さんという方だった。

「ありがとうございます。今のところ、何とか周りの皆さんのお陰で、無事に暮らせています」

そこで口を挟んだのが、阿部さんの娘、由美とお友達という京子という女の子だった。

「ねぇ、やっぱりアタシも1人暮らししてみたい~」

「何言ってるの。伊藤さんは、大変な状況で、やむを得ずお兄様と由美ちゃんで2人暮らししてるのよ。どうしても行きたい大学が、自宅から通えない限り、ダメです」

「んー、無理かぁ」

そのタイミングで教室の中から1組の親子が出てきた。続けて中から、「次の方、阿部さーん」と先生が呼んでいる。

「さ、行くわよ」

「はーい。あっ、由美ちゃんのお兄さん、アタシは京子って言います。これからもよろしくお願いしまーす!」

「あっ、こ、こちらこそ…」

そう言って2人は教室へと入っていったが、由美とは本当に仲良くしてくれていそうで、嬉しい限りだ。

しかし今度は由美が来ない。時計を見たら4時25分だった。
4時30分ピッタリに来れば良いって訳じゃないんだぞ…と内心イライラし始めたところに、由美がジャージ姿で現れた。

「お兄ちゃん、良かった~。来てくれてありがとね」

「いやいや、逆にお前が間に合わないんじゃないかと心配してたんだよ」

「やっぱり一度水着に着替えてるじゃん?ある程度水着を乾かさないとジャージも着れないし、予想外に時間が掛かっちゃった」

由美の髪の毛は濡れたままだ。本当に慌ててやって来たのだろう。

「髪の毛、大丈夫か?」

「完全に拭き切れてないけど、まあベリーショートだから大丈夫でしょ」

「なんだか俺が何年か前に母さんと三者面談受けた時以上に緊張するよ…」

「そう?アタシはお兄ちゃんに、オンブにダッコ。任せちゃうからね」

「おいおい…」

その内、前の阿部さんが終わって、教室から出てきた。お母さんからは再び、何かあったら言ってね、と言われ、由美はキョウちゃーん、無事だった?と戯れていた。

「では次、伊藤さーん。中へお入りください」


20

俺と由美は、一礼して2年2組の教室に入った。

「さ、どうぞ座って下さい」

担任の市村康弘先生が、膨大な資料を机の横に積んで、座っていた。

「はい、失礼します」

俺と由美は並ぶようにして座った。

「先生、いつもお世話になっております。由美は失礼なこととかしてないでしょうか」

と俺は立ち上がって挨拶したが、市村先生は苦笑いしながら、

「まあまあ、お兄さん、座って下さい」

と座らせてくれた。

「えーと、先ずは由美さんよりもお兄さんなんです」

「へぇっ?」

俺は思わず変な声を上げた。隣で由美が笑いを堪えている。

「お兄さん、僕のこと、覚えてませんか?」

「先生のことを、ですか?」

唐突にそんな事を言われても、全くピンと来なかったが、先生がヒントをくれた。

「僕はですね、大学4年生の時にT中学校の体育の教育実習に行った…」

「あーっ!あの、あの!いっちゃん先生ですか!うわぁ、久しぶりです!」

俺が中学3年生の時、教育実習の大学生が5人ほどやって来た。その中の一人に、今目の前にいる市村先生がいた。
体育の実習ということで、放課後の部活にも参加してくれ、当時俺が所属していたバレーボール部にも2日間体験しに来てくれたのだった。

その時、俺らからしたら兄貴分的な存在で、体育がとても楽しかったのを覚えている。
男子からも女子からも好かれ、いっちゃん先生と呼ばれて、実習期間が終わって5人の実習生が離任する時は、女子は泣き、男子もまた来てねーと叫ぶほど人気だった。

「いっちゃん先生は、大学出てからこのS高校に赴任されたんですか?」

「そうだよ。今年で6年目になるかな?そろそろ異動かなと思ってるんだけど」

「いや、ウチの由美をちゃんと卒業させて下さいよ。異動はその後で…」

「そうだね、そうなればと思ってるよ」

この会話を由美は不思議そうに見ていた。

「さて本題に入らなきゃね。ここからは担任としての話だけど…」

「はい…」

「由美さんは、体育は勿論トップの成績だし、他の教科も軒並み平均以上です。しいて言えば、理科系がちょっと弱点かもしれないですが、他の教科の足を引っ張る程ではないので、まだ大丈夫です。ただこの先、油断しないように、という感じですね。どうでしょう、由美さんは進路について漠然と考え始めてたりするかな?」

俺は由美を見た。思った以上に良い評価を言われて、どことなく照れているようだった。

「由美、前に言ってたこと、先生に聞いてみな?」

「え?国立大学目指せるかってこと?」

「そう。それと、関東地区で水泳部が強い大学とか」

「なるほどね。率直に言えば由美さん、今なら国立大学を目指せるよ。ただ、東大とか京大とかってなると、今から水泳部を辞めて勉強漬の日々を送らなきゃいけないけど」

「えーっ、先生、それは嫌だよ〜」

「ハハッ、まあそんなトップ目指すなら、ウチの高校じゃなくてK高校行かなきゃね…。まあそんな凄い大学じゃなくて、偏差値50〜60位の国立大学なら、ほぼ主要5教科で平均以上取れてるし、十分目指せるよ。一番強いのが英語ってのが、この先ポイント高いね」

俺が口を挟んだ。

「先生、唐突ですが金沢大学って偏差値どれくらいですか?」

「金沢大学?唐突だねぇ。ちょっと待って…」

先生は全国大学ランキングという冊子を調べていた。

「えーっとね、金沢大学は学部によるけど、仮に文学部なら偏差値57だね」

由美は少し考え込む表情をしていたので、俺が代わりに話した。

「その偏差値だと、由美には可能性があると思っても大丈夫ですか?」

「うん、今のペースで勉強していって、水泳部を来年の夏に引退後、スパートを掛けたら十分可能性はあるよ」

「ありがとうございます。あと、関東地区の水泳部が強い大学…となると、どんなもんでしょう」

「ああ、それならもう十分資格はあるよ」

「えっ、本当ですか?」

由美は急に顔を輝かせて市村先生を見た。

「由美さん、急に元気になったね」

先生は苦笑した。

「既に由美さんは、インターハイの一歩手前まで行けてるし、今は女子水泳部の主将も務めてる。このままだと、平成3年の春に卒業して大学に入るでしょ?平成4年には、バルセロナでオリンピックがあるんだ。だから、日体大とか日女とか日大、早稲田、明治とかが有望な学生を探してるんだ。だから上手く行けば、推薦入試って話も来るかもしれないね。実際、今の3年生でスポーツ系が強い学生は何人か、もう事実上無試験の推薦入試で合格内定受けてるしね」

「へぇ…。そんな特待生みたいな感じだと、学費も安くなったりしますか?」

「勿論。一番すごい場合だと、学費が要らないだけじゃなくて、奨学金まで当たるのもあるからね」

「ひゃあ…」

「でもまあそこまでの待遇だと、制約もキツイんだ。必ず各種大会で上位に入ることや、寮生活強制とかね。講義には出ないでもいい代わりに、とにかく大会に出続けて入賞し続けなきゃダメって世界だよ」

「えっ…」

一転して由美の表情は強張った。

「だから由美さんは、推薦を受けるか、自力で道を切り開くか、まだ時間があるから、お兄さんやご両親ともよく相談して、進路を決めていけばいいよ」


21

「お帰り。俺の三者懇談とは違うな、やっぱり」

三者懇談の後、由美は部活に戻ったので、俺は1人で先に帰宅し、夕飯を作っていた。そこへ由美が帰ってきたのだった。

「ただいま、お兄ちゃん。三者懇談って、こんなに精神的に疲れるものなのね。でも市村先生が、お兄ちゃんのことを知ってたなんてビックリだよ」

「俺が中2の時だから、何年前?って思うよ。でも先生ってのは生徒のことを覚えてるものなんだなぁ」

「だから最初の保護者懇談会の時、アタシにお兄ちゃんに必ず来てほしいって伝えてと、何回も言ったのかな」

「それはあるだろうね。この伊藤由美の保護者になった伊藤正樹ってのは、昔教育実習で関わったことがある生徒じゃないか?と思ったんだろうね」

「そっかぁ…」

由美は疲れたのか、カバンを由美のスペースに置くと、着替えるのも面倒と言わんばかりに、制服のままで四畳半の部屋に座り込んだ。

「由美、風呂湧いてるよ。先に入る?あ、因みに夕飯は炒飯と中華スープで勘弁してな」

由美は俺のその言葉に、何故か感極まったのか、突然泣き出した。

「ありがと、お兄ちゃん…うっ、うぅっ、うわ~ん」

「ど、どうした?由美?」

俺は台所の火を止めてから、由美に駆け寄った。

「アタシ、これからどうすればいいの…。分かんない、分かんないの…」

泣きながらそう訴え、由美は俺に抱きついてきた。
とりあえず俺も由美を抱き止め、小さい時のように、大丈夫、大丈夫、と背中を撫でてやった。

「お兄ちゃん、温かいね。ゴメンね、でも安心する…」

「大丈夫だよ。色んな感情が弾けたんだろ?進路とか、これからの自分はどう動いたらいいのか、とか…」

「…うん…」

「俺もそんな時があったよ。志望大学に落ち続けて、今の大学にしか受からなかった時とか」

「その頃って、アタシも高校受験の頃だよね…?」

「そう。3歳違いだからね。だから俺はその時、暴れたいほど悔しかったけど、由美のS高校受験が上手くいくまでは…って我慢してたんだ」

「そうだったの…」

ちょっと由美が落ち着いて来たので、俺は夕飯を運び、風呂の前に食べようと誘った。

「いただきまーす」

黙々と炒飯を由美が食べてる姿を見て、俺は安心した。食欲があるなら、大丈夫だろう。

「どうだ、由美。美味い?」

「うん、お兄ちゃんの炒飯、上達したね!美味しいよ」

「じ、上達かぁ…。ま、ヘタになったと言われるよりはいいか」

「うん、美味しいもん。お代りある?」

やっと由美の表情が元に戻った。

「あるよ。たっぷり作ったから、俺の右手、ちょっと痛いくらいなんだから」

由美に炒飯のお代りをよそってやり、改めて由美に聞いてみた。

「さっきは色んな感情が昂って、自分で自分が一瞬分からなくなったんだろ?」

「うん。なんかね、大学へ行くってことは、アタシの思ってた以上に、慎重に考えなきゃいけないんだな、って思ってね」

「そうか。そう言えるんなら、由美、成長したね」

「そう?」

「先生の話を聞いてる時、俺は由美の表情も時々確認してたんだ。そしたら特待生の話の時は目が輝いてたけど、寮生活強制とか、大会で上位入賞し続けなきゃいけないって話の時は、明らかにそれは嫌だって顔になってたから」

「うん、そんな自由がない大学生活は、嫌だよ。もし大学に行けたら、水泳は一番に頑張るけど、プライベートだって楽しみたいし…」

「彼氏もほしいだろ?」

「え?そ、そんなの、要らない」

「またまた〜。年頃の女の子が彼氏要らないなんてこと、ないだろ?」

「いや、アタシの彼氏はね…」

由美は、お兄ちゃんが好きだから、と言いそうになったのを、必死に抑えた。

「アタシの彼氏は水泳だから」

「うーん、まあ今はそれでもいいよ。そうだ!色々大変だった今日1日のご褒美!」

「えっ、何々?」

俺は押入れに隠しておいた、勝負パンツが入ったラッピングされた箱を取り出した。

「さ、由美、開けてごらん」

「お兄ちゃん、これってもしかしたら…アレ?」

「期待に添えるような柄なら良いんだけど」

由美は炒飯2杯目を急いで食べ終わって、ごちそうさまと合掌してから、ラッピングを丁寧に剥がし、中に入っている女性用のパンツを見た。

俺は由美がどんな反応をするのか内心ドキドキしていたが、由美は…

「うわぁ、可愛い!これはカッコいい!ありがとう、お兄ちゃん、今まで持ってないようなパンツを3枚も!嬉しいーっ!」

予想以上に喜んでくれた。俺はホッとした。
今日の最後に、由美を喜ばせることが出来て、俺自身も荷が降りた感じになった。

「お風呂湧いてるんだよね?お兄ちゃん!」

「うん、湧いてるよ。少し湧かし直しした方がいいかも…」

「アタシ、お風呂入るね!わー、お風呂上がり、どのパンツにしようかなっ」

由美はパジャマとブラジャーを持って来て、

「じゃお兄ちゃん、後でね〜」

と、風呂に入っていった。

(新しいパンツだけで、あんなにテンション上がるのか…。女の子だからか?)

俺は苦笑いしながら、台所の後片付けを始めた。

風呂場からは、由美の鼻歌が聞こえてくる。よほど嬉しかったんだな…。俺もパンツを何枚か買ってみようかな…。

<次回へ続く>

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ミエハル
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