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小説「15歳の傷痕」-21

-Resistance-

3学期の中間テストが2月1日と2日に行われ、なんとか終わった。

中学の時には3学期は期末テストだけだったので、一年前は驚いたが、2年生にもなると、却って期末の範囲が短くなるので助かる、と思うようになっていた。

その中間テスト後、演奏会も近いので部活もすぐに再開したが、どうも俺の体調が今一つだ。
2月3日には、3時限目の授業中に気分が悪くなり、保健室で休ませてもらっていたものの、保健室で嘔吐してしまい、母親に迎えに来てもらう始末。

翌4日は大事を取って休んだが、肝心の音楽祭の曲が全然まだ叩けていないので、5日には親の制止を振り切って登校した。

「ミエハル先輩、大丈夫ですか?」

と、多くの後輩に心配された。あ、俺は孤独じゃなかった…と感じ、嬉しかった。

「ありがとう。音楽祭明後日だもんね。体に鞭打って頑張るよ!」

と答えたが、打楽器の広田さんと宮田さんは、最近は常に個人練習中も一緒にいるからか、俺がしんどそうに練習しているのを見ていて、本当は大丈夫ではないと気付いたようだ。

「ミエハル先輩、本当に、本当に大丈夫ですか?絶対に無理しないでくださいね」
「ミエハル、本番なんて少し失敗してもいいから、早く帰って休みなよ」

と気遣ってくれる。

「ありがとう。2人の声援を受けて、元気100倍だよ」

そう思って必死に3曲を仕上げにかかった。

合奏もなんとかこなし、ミーティングも終わらせた後、流石に疲れ、しばらく椅子に座っていたら、大村が声を掛けてくれた。

「ホンマに調子悪そうじゃけど大丈夫?」

「う…ん」

「結構ツラそうだけど、無理しないで。明日もツラければ1日ゆっくり休んで、ぶっつけ本番でもええじゃん」

「ありがとう。最近は世話になってばかりでごめん」

「世話も何も、部長が大変な時の為の副部長じゃけぇ、何でも言ってくれよ。ホンマに無理せずに、ね」

実際、この時点で明らかに自分でも、体調に異常を来しているのが分かっていた。

体感で熱が高いのが分かるし、何より呼吸をしたら苦しいのだ。

でも本番に穴を開けるわけにはいかない。たった3人しかいない打楽器で俺が欠ける訳にはいかない。

俺は帰宅するために、タクシーを呼んだ。

とても宮島口駅まで30分歩ける自信がなかったからだ。

タクシーに乗って駅へ向かう途中、村山と若本が手を繋いで歩いているのが見えた。

(コイツらも体調悪化の原因じゃ!)

と勝手に被害者面しながら駅へ向かい、やっとこさ帰宅した。

帰っても食欲がなく、お茶漬け一杯がやっとだった。

「風邪気味だから、薬飲んで早く寝るね。おやすみ」

と言って早目に寝たのだが、翌朝遂に体が悲鳴を上げた。

呼吸困難に陥り、パニックになった母親が救急車を呼び、そのまま近くの病院に運ばれてしまったのだ。
診察の結果、1週間ほどの入院を告げられた俺は、翌日に迫っていた地域音楽祭に穴を開けてしまうことが、部のみんなに対して申し訳なかった。とりわけ打楽器の2人には大迷惑を掛けてしまう。

『ミエハルは何でも背負いすぎ…倒れちゃうよ』

とアンコンの後、広田さんが心配してくれた通りになってしまった。

病室は6人部屋で、ひたすら点滴を打ち、寝るか、起きてる時は読書かラジオを聴くぐらいの日々が始まった。

(今頃、本番前日になって部長のくせに入院しやがって!って罵られてるだろうなぁ…)

夕方になると余計に寂寥感が募ってきたが、夜には驚くことが起きた。

「上井~、元気か~、元気じゃないからここにおるんだよな~」

と言いながら、副部長カップル、大村&神戸の2人が見舞いに来てくれたのだ。

2人のその姿を見ただけで、俺は涙が溢れてきた。

「ごめん、本当にごめん。前日に穴を開けるなんて、最低だよね、俺は…」

「上井君、そんなに自分を責めないで…」

神戸千賀子が言ってくれた。

「打楽器、どうなってる?それが心配で心配で」

「心配は体に良くないよ。大丈夫。ドラムとかティンパニーは、村山君が代打に立候補して、広田ちゃんがどうしても目立つ箇所だけを念入りに指導してたから」

「村山が…」

俺は露骨に嫌そうな表情をしたのだろう。神戸千賀子が聞いてきた。

「何かあったの?村山君と」

「あっ、その件は俺が後で説明するから、上井はそのまま寝てていいよ」

事情を説明済みの大村が間に入ってくれた。

「あと、コレね」

と言って大村がバッグから出してくれたのが、吹奏楽部のみんなが藁半紙に書いてくれた緊急寄せ書きだった。

俺は思わず感激して、再び涙が溢れてきた。

「ありがとう、迷惑ばっかり掛けてるのに…」

「大丈夫だよ。上井が倒れたってことで、みんな逆に団結して頑張ろうぜ!って空気になってるから」

「じゃあ俺が退院しても、居場所がないんじゃ…?」

「何バカなこと言ってるの。上井部長がいなきゃ、2回目の定演どうなるの?」

大村と神戸が、流石付き合って1年半という阿吽の呼吸で、俺を励ましてくれる。

「じゃあ明日早いけぇ、俺たちはこの辺で失礼するね」

「本当にありがとう。退院したら、また頑張るから」

「上井君、頑張りすぎだったから、神様が強制的に上井君を休ませたんだよ。そう思って、部活はアタシ達に任せて、ゆっくり治療に専念してね」

じゃあね、と言って、大村&神戸の2人は病室から出て行った。

改めて寄せ書きをじっくりと見た。

ふざけて書いてる部員もいれば、真面目に書いてくれた部員もいる。

個性が出てるよな~と思いつつ眺めていたが、まず目に付いたのは広田さんの一言だ。

『打楽器のことは心配しないでいいから、完治させてね』

常に広田さんは俺のことを心配してくれていた。感謝の一言に尽きる。他に神戸さんも『部活のことは心配しないで。無理しないようにね』と書いてくれていた。
なんとなく少しずつ、神戸千賀子に対する思いが変わってきているのを、俺自身が感じるようになってきた。

ただ寄せ書きには、村山と若本の字はなかった。

(やっぱりね)

結局入院期間は5泊6日に及んだ。

初めての入院だったので知らなかったが、退院する時にはお医者さんや看護婦さんが拍手をして見送られるのかと思っていたら、あんなのは一流芸能人とか、ニュースになるような重病を克服した患者さんだけらしい。

退院翌日から登校は再開したが、丁度登校時に福崎先生が輪番で登校してくる生徒を見ていたので、声を掛けた。

「ビックリしたよ、お前が入院するなんて」

「はい、本当にすいませんでした」

「まあまあ、過ぎたことは気にするな。音楽祭も何とかなったから。これからは定演に向けて頑張ろうや。定演の時も入院したりしないでくれよ!」

「はい、気を付けます…それで先生、気持ちはすぐにでも部活に復帰したいのですが、今週いっぱいは体調回復に努めて、週明けから部活に復帰させて頂いてもいいですか?」

「ああ、ちょっとお前には去年の夏から暮れまで、負担が掛かりすぎてたからな。復帰は、焦らずゆっくりと体調が戻ってからでええよ」

福崎先生はブラックジョーク交じりで俺の体調を気遣ってくれ、翌週からの部活参加にOKをくれた。

クラスのみんなも、普段は殆ど俺とは話さないが、今回は入院したとあって、結構声を掛けられた。

その中でも、2年に上がる際のクラス替えで一緒のクラスになったアルトサックスの末田は、特に心配して声を掛けてくれた。

「退院出来て良かったね…。実はサックスの4人で、寄せ書き書いて、昨日病院に行ったんよ。そしたらついさっき退院したって言われて、ガックリしたよ~」

「えっ、そうなの?そりゃ悪いことしたね、ごめんね」

「ううん、何月何日何時に退院するなんて分からないから、気にしないで。でも寄せ書きはせっかくだから上げるね」

と末田は寄せ書きをくれた。ちゃんと4人分書いてある。ということは若本も書いてくれたということだ。

『ミエハル先輩、早く元気になってください』

とだけ書いてあったが、俺の気持ちはそれだけで少し暖かくなった。だがそれと村山との隠れ交際を許すのは別の話だ…。

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