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連載小説「15歳の傷痕」85~迷い道

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<77回までのまとめ>

- 逃したもの -

(まさか電話で涙が出るなんて…、ケイちゃん。やっぱり親友って何でも話せていいな)

神戸は土曜日、高校での授業中、昨夜の山神恵子との電話を思い出していた。

(でも結局、アタシがまた上井くんのことを傷付けちゃったのは消せないよね…。せっかくみんなのお陰で仲直りして、普通に話せたり遊べるようになったのに、アタシから扉を閉じちゃってさ…。上井くんは頑なだから、一度アタシがあんな態度を取ったら、いくらケイちゃんが間に入ってくれたとしても、絶対にアタシを避け続ける…。なんでアタシ、上井くんが二股かけてるとか、女遊びが酷いとか思い込んで、上井くんを拒否するような態度を取っちゃったんだろう…。どうにかしてたな…)

神戸が二晩通しての電話の中で一番ショックを受けたのは、上井が玖波駅で下車後、ベンチに座って悔し涙を流していたというのを聞いたことだった。

(アタシが宮島口でガン無視した直後よね…)

結局この日の授業は全然頭に入って来ず、ボーッと過ごしてしまった。神戸にしては滅多にない、珍しいことだ。

そして土曜日は彼氏の大村が、予備校の授業に出るため4時間目が終わるや即広島駅へ行ってしまうために、このモヤモヤを誰かに話して発散することも出来ず、ポツンと1人で下校しようとしていた。

そこに現れたのが、村山だった。

「あれ、神戸さん、1人なん?」

「あっ、村山くんも1人?」

「1人だよ。上井は生徒会室に入っていくのを見たけぇ、体育祭の仕事でもあるんじゃろ」

「……そうなのね。上井くんとその後、話すチャンスはあった?」

「一回廊下ですれ違ったよ。でも彼女が出来たんかとか、そんな話までは出来んかった」

「そうなんだ…」

「そういう神戸さん、大村は?」

「例によって予備校直行」

「そっか、じゃ、珍しい組み合わせで帰る?」

「村山くんと2人って、大竹駅からなら珍しくないけど、高校と宮島口だと珍しいよね」

そう言って、2人は宮島口駅に向かって歩き始めた。

「少しは上井の事は恋愛面的には忘れたん?」

村山がいきなりそう聞いてきた。
前に大竹駅から一緒になった時、どうしても上井の事が忘れられないと言っていたからだ。

「あ…実はね…」

神戸は、ちょっとした勘違い、嫉妬から、話し掛けてきた上井を完全に無視し、壁を再び作ってしまったこと、壁を作った以上、せっかく仲直りしたが上井と話すことはもうないだろうということを、少し涙混じりで村山に一気に伝えた。

「…なんや、それ…」

「村山くんにも謝らなきゃいけないね。竹吉先生のお家で、アタシと上井くんの仲直りの場を作ってくれたのに…」

「俺はともかく、竹吉先生や武田さん、松下さんに合わす顔が無いんじゃないん?」

「そうよね…。竹吉先生はアタシと上井くんが話してるのを見て、本当に喜んでくれたから」

「まず、上井とまた仲直りしたいとか、思う?思わん?」

「したいかどうかより、もう無理だと思ってる…」

「無理?」

「うん…。上井くんは頑なな性格じゃない?そんな彼が話し掛けてくれたのを、アタシが完全に無視して目線も合わせなかったから、完全に上井くんのスイッチはアタシとはもう話さない…だと思うのね…」

「そんなん、分からんじゃん。話し掛けてみなよ」

「ううん、無理。上井くんは同じ高校に決まった時、絶対にアタシを許さないって頑なだったでしょ?」

「ま、まあな…」

村山は江田島合宿に行く時のフェリーで、上井の痛切な心境を聞いたのを思い出していた。今思えばあれは、SOSだったのかもしれない。

「上井くんが吹奏楽部の部長、アタシが副部長になった時に、少しは話すようになったけど、プライベートなことは一切話さなかったから」

「まあそうじゃったよな…」

「それぐらい上井くんって、傷付けられた相手には心を閉ざしちゃう性格なのを知ってるから…」

「それは…俺も若本の時に経験したからなぁ…。分かるよ」

「だからアタシが話し掛けたところで、無視されるだけだよ。アタシと上井くんの仲が戻ってたのって、2ヶ月半で終わっちゃった。何してるんだろ、アタシ…」

村山には、神戸は本当に悩んでいるように見えた。上井との仲はもう戻らないと言いつつも、本音は違うとも思った。だが村山は、敢えて厳し目に神戸に言った。

「ホンマに何してるんだ、やな。上井に、彼女さんじゃないけど一緒に帰ってた女の子って誰なのか、直接確認した訳じゃないんやろ?」

「うん…」

「あかんよ、それは。上井にしたら原因不明で突然嫌われたってことになるから、余計に心が硬くなるよ」

「だよね…。アタシが上井くんを無視した日、上井くんは玖波で降りたら、悔しくて泣いてたんだって」

「そうなんや。え?でもそれって誰からの情報?」

「村山くんには懐かしいかな?山神のケイちゃん」

「山神さん?そっか、あの子も玖波駅利用者じゃのぉ。じゃ、偶然上井がショックで落ち込んでた所に、山神さんがやって来たんだ?」

「そうらしいの。それで上井くんから事情を聞いて、心配してアタシの家に、電話をくれたのよ」

「なるほど、それで山神さんを間に挟む形で、上井の事情を知ったんだ?」

「そうなの。上井くんの彼女じゃない女の子は、同じクラスの子で、その子もまた玖波駅で乗り降りしてるんだって。アタシが見掛けた時は、本当に帰り道の途中で偶然一緒になって、世間話とかして帰っただけなんだって。体育祭近くなったねとか、フォークダンスは誰と踊りたいのとか…」

「神戸さんには、その会話の内容は聞こえず、上井がN高生の女子だけど神戸さんは見たことが無い子と、彼女が出来たばかりなのに親しげに話してるってなった訳じゃね」

「うん…」

「それで、浮気しとるとでも思ったん?」

「今思えば、なんでそんなことを思ったんだろう…なんだけど、上井くんってこんなに女の子に節操がないの?とか女にだらしないって瞬間的に思って、頭に来ちゃったのよね」

「なんか…。神戸さんらしくない思考回路じゃん。上井の性格、考えてみなよ。女の子に対しては、好きだと思った子には本当に一途だよ。ピュアな奴だよ。だから失恋したら反動が大きくて、物凄い落ち込むんじゃけど、他人にはそれを悟られたくない…。だから無理して吹奏楽部現役の時、俺や若本が上井を避けとった時も、全くそんなことは表に出さなかったし。そんな男が、神戸さんに無視されてショックを受けて玖波駅で動けなくなっとったんじゃろ?」

「……」

「アイツには、かなりのダメージだよ。でも神戸さんも最近、ムシャクシャするようなことがあって、それが上井へ反動として跳ね返っていったとか、何かあるんとちゃうの?」

「アタシの場合は…。アタシは…」

神戸は大村の影響だと言おうとして、言葉に詰まってしまい、涙が溢れてきた。

「ごめん、ごめん。泣かすつもりは無かったんじゃけど。一度ゆっくりとさ、何も無い日を作って、ボーッと過ごしてみなよ」

「…うん…」

村山と神戸は宮島口駅に着いた。

(アタシって今、負のスパイラルに落ちてるのかな…)


何だか雲行きが怪しくなっていたので、俺は4時間目の後、職員室から生徒会室の鍵を借り、屋上ではなく生徒会室で裕子を待ってみた。

しばらくしたら、体育委員長の鈴木がやって来た。

「よお、ミエハル。何か体育祭の準備?」

「あっ、そうだ!風紀委員のタイムスケジュール案を作らなきゃいけなかった。忘れとった〜」

「月曜日に各委員長で話し合わにゃいかんもんな。忘れとったん?じゃあ逆に生徒会室には何で来たのさ」

「いや、それはだね、あのぉ…」

と困っている所に、裕子が現れた。

「ミエハル先輩!屋上にいなかったから、生徒会室かな?って思って…。あ、鈴木先輩、お疲れ様です!体育祭のお仕事ですか?」

裕子は天然な感じで鈴木にも話し掛けていた。

「あっ、もしかしてお前ら…。付き合ってんの?」

鈴木は当然の疑問を聞いてきた。ここは俺が答えねば…。

「はい!2学期が始まった日に、アタシがミエハル先輩に告白して、OKしてもらったんです!」

裕子が先に嬉しそうに答えていた。俺の年上としての面目が…。

「そうなんか〜。ミエハル、良かったのぉ。お前の口癖が、俺はモテない、だったもんな。だけど森川さんは、お前の頑張りを見ててくれたってことじゃんか。森川さんは、ミエハルがコツコツ頑張ってる姿を見て、好きになったんじゃろ?あんまり深くは追求せんけど」

すっかり俺は蚊帳の外になってしまった。

「はい!ミエハル先輩っていつでも何事にも全力投球で、とても優しくて、お話しててもいつもアタシのことを気遣って下さるんですよ。素敵な先輩です!」

「だってよ、ミエハル!もう後は俺がやっとくから、お前らは仲良く帰れ!ワッハッハ」

「悪いね、鈴木…」

「おうっ。俺は俺でやることがあるから、しばらく生徒会室におるけぇ。鍵も職員室に返しときゃええんじゃろ?」

「そうそう。鍵がズラーッと並んでる所ね」

「分かったよ。じゃあな、お幸せに〜」

思わぬ見送りを受けて、俺と裕子は帰宅の途に着いた。

「裕子、なんか凄い俺の事を褒めてくれて…嬉しかったよ」

「だって、全部本当だもん。先輩のいい所、アタシは一杯知ってるよ!」

裕子はそう言って、満面の笑顔で俺の顔を見上げてくれた。

(この笑顔が堪らないんだよなぁ)

俺は思わず裕子の頭を撫でてしまった。

「わ、どうしたの、先輩?」

「いやね、裕子が可愛いなぁって。こんないい子が彼女だなんて、俺は幸せだなぁって」

「エヘヘッ、アタシも幸せです!」

校内で、まだ多くの生徒が行き交っているため、手を繋いだりはしなかったが、裕子の笑顔のお陰で俺はここ数日のモヤモヤが薄まっていくのを感じた。

下駄箱で靴を履き替え、外に出たら、やはり雲行きが怪しい空の色だった。

「そうだ、ごめんね裕子、雨降って無いのに生徒会室で待っちゃって」

「やっぱり先輩、最初から生徒会室だったんだ!アタシも、空が怪しいから、どっちかなって思ったんだけど、一応最初は屋上に行ったの。で、先輩の姿が見えなかったから、生徒会室に行ったんだよ」

「でも会えて良かったよ。またすれ違ったら、俺、寂しいから」

「決まりを作っておいて、良かったね!先輩」

裕子はそう言うと、周囲に生徒がいないのを確認して、腕を組んできた。

「いい?先輩…」

「もちろん!ところでさ、明日、宮島に渡るつもりだったけど…」

「先輩、宮島チャレンジ、オッケーしてくれたんだね!」

裕子と会話しながら歩いているが、時折裕子の胸が俺の肘に当たる。その都度、煩悩を追い払うのに必死だった。

「天気が怪しくない?」

「う、うん…。それはアタシも気になってるの」

「もし雨だったら、せっかく宮島に行くのに、気分が盛り上がらないなぁ、って思ってね」

「そうだよね、先輩…。雨だったらどうしよう…。あっ先輩!雨が降ったら、アタシの家に来ない?」

「はいっ?裕子のお家へ?ま、まだ早いんじゃないの?」

唐突な提案に、俺は驚かざるを得なかった。

「あのね、明日は家にいるのはお母さんだけなの。でね、先輩と付き合ってることは、お母さんにはもう伝えてあるの。お母さんはね、先輩に一度会ってみたいんだって!」

「いや、その…。えっ?ちょっと心の準備が…」

動揺を隠せない。

「だから明日が雨だったら、宮島口から田尻へ行って、先輩とバスに乗って、アタシの家に行くことにしよう!ねぇ先輩、いいでしょ?」

もう裕子は宮島に渡ることより、自宅に俺を呼ぶ方に主眼を置いているようだ。

「じゃあ、雨だったらね…」

「うん!今日帰ったらアタシの部屋を掃除しなきゃ!」

という訳で、明日は雨が降る確率が高そうな感じなため、俺は早くも彼女の母親に会うという試練を乗り越えなくてはいけなくなりそうだ。

どうなるのやら…。

<次回へ続く>









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