連載小説「15歳の傷痕」86~緊張の一瞬
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- 吐息でネット -
1
「ミーエハールセーンパーイ!」
広電の田尻電停を降りたら、裕子が迎えに来てくれていた。
日曜日は、結局雨模様となった。
朝起きてカーテンを開け、雨がしっかり降っているのを見た俺は、裕子の家でお母さんに挨拶せねばならない覚悟を決めた。
雨の場合は、宮島口ではなく、田尻電停で10時に待ち合わせにしていたのだった。
しかし裕子といい、神戸といい、母親と娘というのは彼氏が出来たとかフッたとか、恋愛について、そんなに何でも包み隠さず話すものなんだろうか。
俺はまだ裕子と付き合っていることを、父はおろか、母にも話していないが…。
待ち合わせは10時だが、いつも裕子は早く来て、俺を待っていてくれる。
宮島口なら屋根付き待合室があるが、田尻電停にそんな場所はない。
雨も降っているし早く行かないと、と思い、9時前には家を出、田尻には9時半頃に着いたのだが、裕子はやはり早目に来てくれていた。
「裕子〜、やっぱり早いんだから」
「エヘッ、だってミエハル先輩に早く会いたいもん」
「雨だから、寒くなかった?濡れなかった?」
「うん!大丈夫!」
そんな裕子の服装は、珍しく膝上スカート丈の白いミニスカートで、上は黄緑色の長袖ブラウスだった。
「ミニスカートなんて、初めて見るね。前から持ってたの?」
「…前から持ってたけど、男の人に披露するのは、先輩が初めてよ」
「そ、そうなんだ…」
「だってミエハル先輩が、アタシの初めての彼氏だもん」
「な、なんか、照れるね」
実際、ミニスカートよりももっと露出のあるビキニ姿や体操服姿を見ているというのに、俺は物凄く照れていた。
「あとね、バスは10分後に出るよ。もうバス乗り場に着てるから、乗ろうよ先輩!」
裕子が積極的に俺の手を引っ張り、バスへと案内してくれた。
「前に座りましょ、先輩」
裕子はバスの前側の、ギリギリ2人掛けの席に座った。
俺はちょっと窮屈かな?と思って、立っていた。
だが裕子は、俺のポロシャツの裾を引っ張って、座って、と合図してくる。
「いいの?」
「だって…。先輩だけ立たせるなんて。ね、一緒に座ろうよぉ」
「なんか、すごい密着しちゃうけど…」
「いいよ、アタシは気にしないもん。アタシは先輩の……彼女、だよ」
「だよね、遠慮する間柄じゃないね。じゃあ…隣に座るよ」
俺は少し空いている空間へと腰を下ろした。
電車と違って、二人掛けだとはいえ、かなり狭い。
当然、俺の体と裕子の体は、殆ど密着してしまう。
(殆ど全身くっ付いてるよ…。裕子の体、柔らかいな…やっぱり女の子だな…)
また俺が座る際に俺のジーンズと裕子のスカートが擦れ合って、ただでさえ短い裕子のスカート丈が、更に太腿へとずり上がってしまい、角度次第ではスカートの中まで見えてしまうのではないかと思ってしまった。
だが裕子は特にスカート丈を気にする素振りもなく、俺に昨日見たテレビのこととか、話し掛けてくれた。
『では阿品台北口行き、発車します』
運転士さんがそう言い、バスのエンジンを掛けると、ドアが閉まり、バスは発車した。
車内は他に乗客はおらず、日曜の朝10時前だとそんなに需要はないのかな、と思った。
「裕子はこのバスによく乗るの?」
「んっと、先輩と宮島口まで歩いた後の帰りでしょ、後は市内にお買い物に行く時かな?」
「今は空いてるけど、混んでる時もあるのかな?」
「市内にお買い物に行った帰りは、たまに混んでるかな?お休みの日の夕方だから…。今日の夕方とか、混んでるかも?でもいつも座れるよ〜」
「なるほどね。田尻から上がる時は結構坂がキツイから、バスがあると助かるよね。宮島口からもあればいいのにな〜」
等と会話していたら、歩くとかなり時間がかかる区間なのに、流石にバスだと速い。
もう俺らのN高校前のバス停に着いた。
「裕子のお家は、高校から歩いて7分だったっけ?」
「先輩、覚えててくれてたんですね!嬉しいな」
「だからさ、バスだとあっという間に着いちゃうよね、きっと」
「あ、確かに…。もう終点だなぁ」
裕子は寂しそうに呟いた。
「で、でもさ、今日はこれからが本番じゃん!」
「ですね!バスが終点に着く時って、いつも寂しいから、今日もついつい…エヘッ」
そうこう喋っていると、すぐに終点に着いた。
バスから降りると、裕子に森川家を案内してもらわないといけない。
裕子もご近所の目があるからか、ここでは手をつなごうとはしなかった。
「アタシのお家はね、ちょっと上がった所だよ、先輩」
「この団地自体、結構高台だよね。高校を少しだけど上から見下ろす感じになるのが不思議だよ」
少しずつ森川家に近付くに連れて、俺の緊張も増してきた。
今日はお母さんだけしかおられないから、ということで招待されたのだが、途中でお父さんやお兄さんが帰ってきたりしないだろうか。
またそのお母さんに対しても、ちゃんと考えてきた通りの挨拶が出来るだろうか…。
「はい、ここがアタシのお家だよ、先輩!」
「わ、綺麗なお家だね…」
沢山の季節の花が飾られていて、香りも穏やかだ。
さあ、いよいよお母さんにご挨拶をする時間だ。
2
「ただいま〜。お母さーん!先輩をお連れしたよ!」
裕子は玄関先でそう言うと、靴を脱いで中へ入って行った。
俺はまだ入る訳にはいかないから、玄関先で待っていた。
しばらくすると、奥から2人分の足音が響いてくる。
俺の緊張もマックスになる。
「いらっしゃい、こんにちは」
裕子のお母さんとの初対面だ。ドキドキしながら顔を見上げ、挨拶をする。
「はじめまして。私は裕子さんとお付き合いさせて頂いている、N高校3年7組の上井純一と申します。この度は裕子さんのお宅にお呼び頂き、ありがとうございます。これはつまらぬ物ですが、どうぞ…」
「まあいいのよ、こんな気を使わなくても…」
俺は宮島口駅の売店で買っておいた、もみじ饅頭を差し出し、改めて裕子のお母さんの顔を見た。
(わ、若い!)
ヘタしたら裕子のお姉さんと言っても通りそうなほど、外見は若かった。
「さあ、どうぞ。えーっと、上井くんだったわよね。ウチの娘がミエハル先輩、ミエハル先輩とばかり言うから、ご本名が分からなくなっちゃって」
「だって、今更上井先輩なんて、呼べないもん…」
裕子が少し唇を尖らせて言った。
「まぁまぁ、お母さんまでミエハルくんなんて呼んだらおかしいでしょ。狭い家ですけど、上がってくださいね」
「はっ、はい。お邪魔いたします」
最初はリビングに通された。
(うわぁ、綺麗だなぁ。俺んちとは大違いだ…)
大きなテレビがあり、テレビに向かってソファが4人分ある。
それとは別に、食事を摂るテーブルがあり、そこにも4人分の椅子がある。
森川家は4人家族と考えて間違いないだろう。
「上井くん、どうぞ座って下さいね。ほら、裕子もちゃんと案内しなきゃ」
「だって、アタシも緊張してるんだもん…」
そう言ってちょっと拗ねている裕子が、可愛く思えた。
「じゃ、一緒に座ろう」
俺は裕子の手を取り、ソファに並ぶように座った。
「あら、仲良しね〜」
「あっ、すいません、お母さん」
「いいの、いいの。いつも裕子は、今日はミエハル先輩とこんな話をしたの、って嬉しそうに話してくれるのよ」
お母さんが、紅茶とイチゴのショートケーキを持って、ソファへと来てくれた。
「へえ、仲良し親子でいらっしゃるんですね」
「でもそれは、アタシと裕子だけの秘密なのよ。ウチは4人家族なんですけど、お父さんとお兄ちゃんには、まだ言ってないのよ。ね、裕子」
「…うん」
裕子は恥ずかしそうに小さな声で言った。
「あ、そうなんですか?今日はお父さんとお兄さんはどちらに?」
「お父さんはね、変則的な勤務体系だから、お休みも不規則なのよ。今日も仕事に行ってるのよ」
「そうなんですか。ではお兄さんは…」
「今はね、大阪の大学に通ってるから、大阪で一人暮らししてるのよ。先週、夏休みが終わって大阪に戻ったところ」
「はあ、凄いですね、大阪の大学なんて…因みに何年生ですか?」
「裕子とは3歳違いだから、今年大学2年生よ」
「じゃあ今は、裕子さんが一人娘みたいな感じなんですね」
「そうね、この子も上にお兄ちゃんがいたから、何となく同じ学年の男の子よりも、上井くんみたいなお兄さんタイプに惹かれたのかしら」
「んもー、お母さーん!」
裕子が照れながら口を挟んできた。
「だってあなたが、1つ年上の素敵な先輩見付けた!って、去年の体育祭の日に興奮しながら教えてくれたの、お母さんは忘れられないよ」
「恥ずかしいよぉ、お母さん!」
「でも一年越しに夢が叶って、良かったじゃないの。お母さんも上井くんみたいなしっかりした男の子なら、安心して裕子を任せられるわ」
俺まで照れてきた。
「お母さん、失礼な質問かもしれないんですが、裕子さんは俺の事を、結構お母さんに話してくれていたんですか?」
「ええ、去年の体育祭で上井くんのことを好きになってからは、お父さんがいない時に、アタシに、こんなに男の人を好きになったことがないから、どうすればいい?とか、ね!裕子」
「お母さーん、もうアタシの恥さらしは止めてー」
ちょっと裕子の方を見てみたら、真っ赤な顔でそうは言いつつも、満更ではない表情をしているように見えた。
「今年の4月だったかしら?初めて上井くんとお話できた時だったかな、物凄い嬉しそうに帰ってきたのを覚えてるわ。あと文化祭の時、先輩のドラムが格好良かった!って興奮して帰ってきたのも覚えてるわよ。上井くんは吹奏楽部なの?」
「あっ、はい。8月末のコンクールで引退したんですけど…」
「引退されたのね。そうよね、裕子が2年生だから、上井くんは3年生ですもんね。そしたら、裕子とお付き合い始めたのって、吹奏楽部引退後なのかしら?」
「そうなります」
「ミエハル先輩が彼氏になってくれたの!ってね、お父さんがいない日を狙ってアタシに教えてくれた時の、裕子の目の輝きは、アタシまで嬉しくなったわよ。良かったね、って。先輩のことを好きになって1年でしょ?よく思い続けたね、って」
「いや、スイマセン、なんだか俺みたいな男をそんなにも思ってくれてるなんて、もっと早く気付いてあげなくちゃいけなかったです」
「でもこれから受験勉強とか、大変なんでしょ?裕子と会ってもらえるのは嬉しいけど、勉強の邪魔になるようなら、少しは控えてもいいのよ」
「とんでもないです!裕子さんという彼女がいることで、俺…いや、僕は凄い前向きな気持ちになれてますから。それこそ本番の時期とかはちょっと会えなくなるかもしれませんけど、とても精神的に支えられていますから」
「良かったね、裕子。本当に素敵な先輩で。じゃあ、アタシはお昼ご飯の準備するから、ここにいてもいいし、裕子の部屋に上井くんをご案内してもいいわよ」
「うっ、うん。じゃあ先輩、ケーキと紅茶を持って、アタシの部屋に…」
「分かったわ。じゃ、ご飯が出来たら呼ぶから、待っててね」
と言い、お母さんは台所へ向かった。
「先輩、アタシの部屋、行く?というか、行こうよ?」
「いいのかな?女の子の部屋に入るなんて…」
「いいの。お母さん公認だから、大丈夫だよ、先輩!」
「本当に?後悔しない?」
「アハハッ、先輩、アタシがいいって言ってるのに~」
そんな俺と裕子のやり取りを見て、お母さんがニコニコしていた。
<次回へ続く>
【筆者より】
ここまで連載してきましたが、需要の低迷、ニーズの不一致さ等により、noteでの連載は中止いたします。
現在、小説専門サイトにて新たな試みに挑戦しております。
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現在、この小説も「中学3年生の傷痕」と改題し、新たに加筆修正したうえで連載を続けております。