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【短期集中連載小説】保護者の兄とブラコン妹(第3回)

《前回はコチラ》

いよいよ俺と由美の2人で一夜を明かし、本格的な2人暮らしが始まった。

平成元年9月30日(土)という、9月の末日スタートになってしまったが、曜日や家族みんなの都合上、仕方ない。

大学は9月一杯は前期試験ということもあり、後期の再開は10月2日の月曜日からになっていた。
個人的には、早く軽音楽のサークルに顔を出したかった。
気になる女子の後輩がいたからだが、由美や親には完全に秘密にしていた。今までモテたことがなかったからだ。

(ところで由美は?)

昨夜は手を繋いで寝たが、由美の方を見たらとっくに由美はいなかったし、由美の布団は畳まれていた。

(え?俺、寝過ごした?由美はまさか、俺に何も言わず学校へ?)

と思い、慌てて飛び起きると、台所から朝ごはんを作る音が聞こえた。

「あ、お兄ちゃん、おっはよー!」

由美が既に制服姿に着替え、何か台所で作っている。

「お兄ちゃんは今日は休みでしょ?だから、洗濯頼みたいなと思って。その分朝ごはん作りにアタシは頑張ってるよ!」

時計を見たら、7時を回ったところだった。由美は昨夜の甘えん坊っぷりが嘘のように、何時もの元気さを取り戻していた

「ごめん、ごめん。先にもう高校行ったかと思って。よく寝れた?」

「疲れてたから、爆睡したよ」

「そっか、なら良かった」

「…お兄ちゃんの手の温もりのお陰だよぉ…」

由美はちょっと照れながら、そう言った。

「俺まで照れるじゃんか」

「あっそうそう、アタシは今日から部活に出るから、ちょっと遅いんだけど、昼ごはんはコンビニででも買ってね。夜はどうしようか?お兄ちゃん、居酒屋のバイトは明日まで休みなんでしょ?」

「夜は、俺が作ってやるよ。昼の内に買い物に行ってくるから。居酒屋バイトの経験で、美味いもん作ってやるよ」

「本当に?やったー!」

由美は本当に嬉しそうだった。

「じゃあ、コレはアタシが作った朝ごはん。夕べ、お米研いでおくの忘れちゃったから、冷蔵庫にあったものでサラダと、お味噌汁。パンにする?お米が食べたいなら、コンビニでおむすびでも…」

「パンでいいよ。食パンだろ?トーストしてマーガリン塗れば大丈夫だから」

「…お兄ちゃん、その肝心なトースターが見付からないんだ…。金沢に行っちゃったかな…」

「マジで!じゃ、生パン?生パン…な、なんかエッチな響きが…」

「んもー、朝から何言ってんのよ、このドスケベ!我が家の一大事なのよ!お兄ちゃん、今日、トースター買っておいてね」

「はい、はい…」

「『はい』は一回!」

由美は登校時間が近付くにつれ、すっかり女子水泳部主将の顔になっていた。昨夜の甘えっぷりはなんだったんだ…。

「ま、まあそれより、俺よりも由美の方が時間迫ってるんだろ?早く食べて、持っていくものを確認して、高校に行っておいで。片付けはやってやるから」

「うん、ありがとっ」

由美は自分で作ったサラダと味噌汁、そして生の食パンを2枚一気に食べ、登校の準備を始めた。

「今日、持ってく物が多すぎる〜。学校に置いておけば良かったぁ」

「何がそんなに多いのさ。土曜だから授業は午前中だけだろ?」

「アタシって真面目だからさ、引っ越すんだからって、何故か教科書とか参考書、水泳部の道具も全部持って帰ってきてたの。今考えたら、別に持って帰る必要、なくない?」

「え、まあ…俺にはよく分からんけど」

「オマケに今日は体育まであるんだよ。見てよ、この3つのカバン」

パンパンに膨れ上がったカバンが3つ、確かに存在していた。

「何と言うか、女子は大変だよな、としか言いようが無いよ」

俺は呑気に生の食パンとサラダ、味噌汁を食べながら答えた。
由美は俺に見せ付けた3つのカバンを担ぐと、

「じゃあ行って来るね、お兄ちゃん!後片付けと洗濯と買い物と留守番よろしくね!」

と言い残し、慌ててアパートからS高校へと向かった。時間にして、7時半過ぎだ。
高校までアパートから5分程度なのだから、ちょっと早いような気もしたが、女子水泳部の主将ともなると、朝練的な何かがあるのかもしれない。

(今日は俺が休みだからいいけど、俺も1限目から講義がある日は何時に出なきゃいけないんだ?)


朝食後、俺は片付けも早々に、アパートに先に住んでいる方へご挨拶に出掛けた。

どの部屋の方も、兄と妹で住まざるを得なくなったというと、余程大変な目に遭ったような憐れみの表情で挨拶に応じて下さり、野菜をくれた方までいた。いい方ばかりでとりあえずホッとした。

野菜は早速今夜使わせてもらおう…。

続けて洗濯だ。

昨夜、俺と由美が突っ込んだ洗濯物が、洗濯機に入っている。
全自動は高いから従来の二層式でいいじゃないかと父に言われたのだが、母はまあまあ、2人とも忙しいんだからと、全自動を買ってくれたのだ。

全自動洗濯機にして良かったと、改めて母に感謝しつつ、電源を入れてスイッチを押した。洗剤は目分量で入れてみた。すると直結した水道の蛇口から、水が洗濯槽に流れ込んでくる。

これは楽だと思いつつ、今まで母は倍の4人分をほぼ毎日やっていて、何一つ文句も言わず、更にパート、料理、掃除とこなしていたのだから、改めて親の偉大さが分かった。

洗濯機を動かし、俺は台所と自分のスペースの荷物を片付けていた。
パッと見、俺の方が由美の方よりも荷物は少ないと思っていた。由美の荷物は、まだ開封されていない段ボール箱もあったからだ。
だがやっぱり荷物の開封は手間が掛かる。
俺はまだそのままになっていた衣服類をハンガーラックに吊るしたり、引き出しに仕舞ったり、本、雑誌類を本棚に並べていた。

これだけで汗が噴き出る。まだ9月下旬だというのに、ちょっと動いたら途端に汗まみれになってしまう。
タオルを首に巻いて…と思った矢先に、洗濯が終わったというアラームが鳴っていた。
洗濯物はすぐ干さなきゃ、シワが付いてしまうから気を付けなさい、と母に教えられていたので、自分の荷物の整理を後回しにして、洗濯物を干すことにした。

洗濯機から洗濯カゴに洗い終わった洗濯物を移していると、洗濯物の半分以上、いや2/3は由美のものじゃないか?と思うほど、女性衣類が大量にあった。

俺と由美の共通部屋が8畳で、そこからベランダに出れるようになっている。

ありがたいことに前の住人の忘れ物だろうか、物干し竿が2本そのまま残っていたので、それを再利用させてもらうことにした。ハンガーは事前に大量に持ってきておいたので、何とかなるだろう。

(えーと、由美の洗濯物から先に干せば、その後に俺の洗濯物が隠すように干せるから、由美の心配を解消出来るな。でも2階のベランダまで盗もうとする下着ドロなんかいるかな?)

俺は何から干そうかとカゴからとりあえず一つ取り上げてみた。

(なんだ?このベージュのパンツは…。母さんのじゃないのか?でも母さんのパンツにしてはえらいハイレグカット過ぎないか?)

俺はそのパンツが何なのかわからないまま、ビンチハンガーの記念すべき1枚目の干し物として、洗濯バサミに挟んだ。

その後は大体由美の衣類だと分かるものばかりだった。
流石に直接俺が手にして干すのはちょっと照れたが、こんなコトで照れていてはこの先、生活出来ないと思い、不純な気持ちを封印して由美の洗濯物を、ピンチハンガーに干し続けた。

(パンツとブルマーと靴下はピンチハンガーだな。体操服のシャツは…針金ハンガーだな。しかし何枚パンツ溜めてたんだ、由美は。でも水泳部だからどうしても1日に2~3枚穿き替えるのかな…?)

由美の洗濯物の複雑さに迷いながら、ひたすら俺は下着や普段着、水着を干し続けた。ブラジャーも由美の言ったとおりに干した…つもりだ。

何とか由美の洗濯物を干し終わった後、俺の下着やTシャツ他の洗濯物を、由美の洗濯物を隠すように干して、ようやく洗濯物を全部干し終えた。

気付いたらもう昼だ。洗濯だけでこんなに時間がかかるのか…と、俺は改めて母は偉い、尊敬出来る存在だと思った。
洗濯後に俺は夕飯用に米を研ぎ、昼飯と買い物を合わせて済ませようと、近くの牛丼屋へと出掛けた。


「たっだいまー!お兄ちゃん!愛しい妹が帰ったよ!」

由美の声でハッと目が覚めた。あ、買い物から帰ったらちょっと横になろうと思って、そのまま寝てしまったのか…。
外を見ると、なんとなく暗くなり始めていた。どんだけ寝てたんだ、俺は。

「お、お帰り…。いや、悪いな、由美。洗濯、買い物はしたんだけど、そのまま疲れて昼寝しとった…。今から、夕飯作るよ。ご飯は炊いといたから」

俺がヨロヨロと立ち上がると、

「いいよ、お兄ちゃん。疲れたんでしょ?夕飯は何作ろうと思ってくれてたの…。この材料だと、ハンバーグかな?じゃ、アタシがハンバーグ作ってあげる」

「当たり、ハンバーグだけど…。いいのか?由美も疲れてるんじゃないのか?」

「いいのいいの、帰ってきた勢いでこのまま作るから。あとお野菜は買ったの?これ」

「ううん、他の部屋の方に俺と妹で済むことになりました、って挨拶に行ったら、何故か同情されてさ、両親がいなくなった可哀想な兄と妹でも思われたのかな、とりあえずニンジンとかレタスとかもらったんだ」

「アハハッ!悲劇の兄と妹になっちゃったんだ?っていうか、アパートの方への挨拶、忘れてた~、アタシとしたことが。明日でもアタシも挨拶するね」

「いいよ、俺が全室回ったから。皆さん良い方ばかりで、妹は高2で忙しくて、って言ったら、またお顔見ることもあると思うから、その時に話しでもさせてもらうよって」

「本当?挨拶しないのはアタシの理念に反するんだけど…」

「まあ明日日曜だから、チョコチョコ出入りして、もし誰かに会ったら、今度引っ越してきた伊藤由美です、先日兄が挨拶させて頂きまして…みたいに言えばいいだろ」

「そう?お兄ちゃんがそう言ってくれるなら…。じゃ、アタシはハンバーグ作るから、お兄ちゃん、洗濯物取り込んでくれる?お風呂はアタシとお兄ちゃんしか入ってないから、今日は沸かし直しでいいよね」

流石にこういうテキパキとした部分は、由美が母の血を引いているなと思う部分だ。

「ああ、じゃ風呂沸かして、洗濯物取り込んでくるよ」

「お願ーい!」

由美はカバンを2つ持って帰ってきていた。1つは高校に置いてきたのだろう。そのカバンを由美のスペースに置いてから、制服姿のまま台所へ向かった。
俺は風呂のガスのスイッチを入れてから、洗濯物を取り込んだ。
2/3が由美のものなのでちょっと恥ずかしかったが、由美が特に気にしていないのが助かる。

「由美のものは、由美のスペースに置いとくぞ」

「はーい」

とりあえずそこまでやってから、テレビを入れたのだが、新聞を取ってないのでどのチャンネルで何が入っているか全然分からない。
かと言って押し売りがきっと来ると思うが、そんな連中とは契約したくない。
父が言っていたのが、新しく引っ越してきた住人を見付けると、必ず来るのがNHK、Y新聞、新興宗教だそうだ。
NHKは嫌かもしれないが、ちゃんと契約しておけ、とも言われた。
その他怪しい押し売りが来たら、由美を出すな、お前が矢面に立つんだぞ、とも言われた。

(明日とか日曜だから、家にいたら危なそうだな~、色々来そうで)

そう思いつつ台所に立つ由美を見ていたら、スリムで背が高く髪の毛もベリーショートで姿勢もよくて、男子からも女子からも人気があるだろうなぁ…と感じた。

「お兄ちゃん、風呂のガス止めた?」

由美がハンバーグと、サラダを作りながら声を掛けてくれた。

「あっ、まだや!」

「結構時間経ったから、釜茹でになるかもよ~」

慌てて風呂のガスを止め、浴槽のお湯に触れたら、沸騰したのかと思うほど熱かった。

「沸かし過ぎた~」

「昨日一度沸かしてるから、すぐに温かくなるんだよ。昨日と同じ時間ガスで沸かす必要はないんだ。お兄ちゃん、良かったね~、アタシが気が付いて」

「ははぁ…」

すっかり兄の威厳が無くなった状態で、由美が作ってくれたハンバーグとサラダが出来た。

「はい、出来たよ~。お兄ちゃん、材料買いすぎ!明後日までハンバーグが続くから、ちゃんと食べるんだよ!」

「な、なんかポンコツだな、俺…」

「でもトースターは買ってくれたじゃん。これは大助かりよ。お風呂は1時間ほど冷ましてからじゃないと入れないかな?先に食べよう、お兄ちゃん」

「ああ、そうしようか」

いただきまーすと2人で合掌してから、夕飯を食べ始めた。テレビではクイズダービーが始まっていた。もう7時半か…。

「そうそうお兄ちゃん、先生に引っ越したーって報告したら、なんかね、いろんな書類を書かなきゃいけないらしくてね、後で見せるから、書いてね」

「ああ、分かったよ。俺も大学に何か出さなきゃいけないんだろうなー」

と2人で夕飯を食べながら会話していたら、突然由美がこんなことを言った。

「ねえお兄ちゃん、アタシってブラコン?」

俺は思わず食べていたサラダを噴き出した。

「あーっ、お兄ちゃんったら…。でもビックリさせたのはアタシよね、ゴメンゴメン」

由美はテーブルを拭きながらそう言った。

「なんなんだ、突然。誰かに言われたの?」

「そう。今日体育で友達に言われたの。朝礼の後に、担任の先生に、両親が引っ越したので、アタシとお兄ちゃんでアパートに住むことになりました、って言ったら、色々書類がいるから、お兄さんに書いてもらって…って、放課後に職員室に取りに来るように言われたんだけど、その話を聞いてた友達が、体育の前に体操服に着替えてたら、アタシにそう聞いてきたのね。ねえお兄ちゃん、アタシってブラコンかな?」

ブラコンという言葉は知っていたが、改めて聞かれると意味がよく分からない。
ブラザーコンプレックスの略だと思うが、俺のイメージでは、ちょっと濃い少女漫画の世界の話じゃないかと思った。

「由美はどう思うの?」

逆に投げかけてみた。

「えーっ、漫画とかで見るとさ、お兄ちゃんと妹が、禁断の恋に落ちるのがブラコンじゃない?だからさ、アタシは違うと思う。お兄ちゃんとキスしようなんて思わないもん」

「俺だって、お前とキスなんか…」

何故か俺はそこで言い淀んでしまった。

「お兄ちゃん、何でそこで止まるの〜。もしかしてアタシのこと、女として意識してんの?」

由美はちょっとからかうように言った。

「いや、そんなんじゃないよ。ヘタな言葉使ったら、お前を傷付けるかもって、ちょっと考えただけだよ」

「そうなの?まあいいや。アタシはブラコンじゃないってことでいいよね!」

丁度食べ終わったので、2人してご馳走さまと合掌した。

「俺が台所の片付けやるから、由美は荷物片付けたり、洗濯物畳んだりしてろよ」

「本当?ありがとう、お兄ちゃん」

「そうそう、一つ聞きたい洗濯物があるんだけどさ…」

「何?」

「ベージュのパンツ。母さんのパンツだろ、多分。間違ってこっちに来たのか?と思ったから、一応お前に確認してから、金沢に送ろうかと思ってさ」

「アハハッ、ベージュのパンツ?アタシのだよ」

「え?由美ので良いのか?」

「あのね、競泳用水着を着る時に、そのベージュのパンツ…インナーって言うんだけど、それを穿いて、下半身を守るの。これは女の子に限らないよ。男子もインナーパンツある…はずだよ、知らんけど」

「そうなのか?知らんかった…」

「水着と同じ数あるから、もう数枚あるよ。慣れてね、インナーってのに。あと、パンツはもう少しちゃんとした形にしてから干してね。クシャクシャのままじゃん。畳むの大変だから」

「ごめん、ごめん。恥ずかしくてさ。色々勉強になったよ」

「今更妹のパンツを干すのに恥ずかしがってたら、生活出来ないよ。あ、そうそうお兄ちゃん、これだけのプリントを、お兄ちゃんに書いてもらわなきゃいけないの。テーブルに置いとくから、見てね」

「はいよ」

俺は台所を片付け、テーブルに置かれたプリントを見た。

(住所変更届、保護者変更届、緊急連絡先変更届、通学路略図……一杯あるなぁ。保護者変更って?)

「なあ、由美。保護者変更って、もしかして俺がお前の保護者になるってこと?」

「そうだよ。お兄ちゃんが、アタシの保護者になるの」

「待てよ、ってことは、俺が保護者会とか懇談会に行かなきゃいけないのか?」

「あっ、そうなるね〜」

「ちょっと待ってくれ!え?先生がそう言ったの?」

「うん。懇談会とかの為に、その都度金沢からお母さん呼ぶ訳にいかないでしょ?だからお兄ちゃんに保護者になってもらって、って先生に言われたの」

「俺が?保護者?えー?」

何やら先行き不安になってきた。もしかしたら水泳部関係でも保護者会とかに行かなきゃいけないのか?

…えーっ、困ったことになったな、これは…。

<次回へ続く>


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