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小説「年下の男の子」-15

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第17章-1「GW前夜」

「今年は明日から奇跡の3連休ですが、学園祭も近いので、自主練習したい方は音楽室を開けられるよう、先生に言ってあります。私も3日間の内、全部は無理ですが、出来るだけ部活に出てくるようにしますので、楽しい演奏が出来るよう、頑張りましょうね!」

今年(昭和61年)のゴールデンウィークは、久しぶりの曜日配列の良さで、3日、4日、5日が三連休になった。

部長の原田朝子の一言が、連休前日の締めの言葉となり、解散となった。

部員は、3連休をどうやって過ごすか、仲良しのグループで話をしていた。

井田はいつも部活終わりのミーティングでは、同期の男子3人衆とまとまっていたので、解散後は即3人組のリーダー的存在になった山村聡から提案を受けた。

「なぁなぁ、俺ら3人、彼女いない組としてはさ、連休中に彼女欲しくない?」

井田は秘密にしているだけで、部長の原田と付き合っているから、そんな必要は特になかったが、もう1人の同期、ホルンの森田勝正が同調した。

「だよな。で、山村は何か考えでもある?」

「ここ最近、同期の女子に、GWにどこかみんなで遊びに行かん?って、誘ってたんだ。用事があるって言う女の子もいたけど、なんとか3人、明日の3日なら大丈夫って女子を確保したよ」

「おっ、やるじゃん山村。もちろん、大賛成!井田も賛成だろ?」

森田の同調圧力を受け、井田も

「まあ、明日は空いてるよ」

とだけ答えた。

「よし、男子3人OKだな。ちなみに明日OKもらった女子は、フルートの山田さん、クラリネットの小谷さん、サックスの燈中さん、以上の3人だよ」

井田は体がビクッとするのが分かった。

(燈中さんがいるのか…。どうしよう…)

燈中には、下校中に目の前でハッキリと井田のことが好きと告白されている。ただその返事は後からでいい、吹奏楽部に慣れた頃に返事してくれれば良いと言われていて、今のところは普通の友達感覚で接している。
とは言え、刻々とタイムリミットは迫りつつあるわけで、そんなグループデートみたいなお出かけをしても良いのかどうか、井田は悩んでしまった。

「と言うわけで、よろしくね、明日!」

と、フルートの山田明子、クラリネットの小谷順子が、揃って男子軍団に声を掛けに来た。

「助かるよ、せっかくだから楽しもうぜ!」

山村が言うと、女子の取りまとめ役なのかクラリネットの小谷が、山村と打ち合わせをしていた。

(燈中さんは?)

と井田が周りを見渡すと、原田に何かを聞きに行っている。
多少のやり取りの後、小谷の所まで来て、森田と井田に目で話し掛けた。
特に井田には、

(明日よろしくね)

という強烈な視線がぶつけられた。

「はーい残ってる皆さん、GWの計画もいいけど、もう高校を出なきゃ校門閉められちゃうから、続きは高校の外まで出てからにしてね~」

と原田が井田達以外のグループも含めて退室を促した。

その際、井田の制服のポケットに、原田はサッとメモ用紙を入れた。
その手際よさに感心しつつ、今すぐ内容が確認できないことに、ちょっとした苛立ちを感じた。

「じゃ、明日は11時に駅で待ち合わせってことで。よろしくね」

山村と山田の打ち合わせが終わり、男女それぞれのグループに伝えられ、解散となった。
井田達6人が音楽室を出た後、原田が鍵を掛け、職員室へと鍵を届けに行く。
その原田の背中を見ながら、他の5人はゆっくりと歩き出したので、数歩遅れて井田は歩き始め、その間にメモを見ることができた。

(きっさてん)

と慌てて平仮名で書いたメモだった。
これだけで井田には十分だった。


第17章-2

井田は一旦いつもの駅の改札を出て、燈中とまた明日ね、と言って別れた後、終点までの切符を買って、再び改札を通って列車を待った。

一応まだ燈中と話す時は、友達関係で話している。
燈中も吹奏楽部にまだ慣れていないことから、告白の返事を催促することはなかった。

だがたまに、ドキッとすることを言う。今日の帰りも、

「明日のグループデート、途中で井田くんと抜けたりしたら面白いよね」

と言うので、井田もとりあえずそうかもね、と返しておいたが、燈中が好きな男子は井田であることは揺らいでいないようだ。

一方で明日のグループデートを企画した山村の狙いは、その燈中由美である。
絶対に明日は、燈中と2人になる機会を狙っているはずだ。
井田はむしろ、山村を応援したいような気も、少々芽生えていた。

色々考えている内に次の列車がやって来たので井田は乗り込んだが、いつも原田が座っている付近に、原田はいなかった。

(間に合わなかったんだね。じゃあ先に行って、喫茶店で待ってるよ)

と心の中で原田に呼び掛け、井田は先に終点駅の脇の喫茶店を目指した。

「マスター、こんにちは」

「いらっしゃい…あ、今日は君1人?」

「いえ、一応彼女と待ち合わせはしているのですが…」

「じゃあどっちに座る?カウンターにする?テーブルにする?」

どちらもちょうど空いていたので、井田はたまにマスターの意見も聞いてみたい場面があるかもしれないと思い、カウンターに座った。

「今日は何にする?丁度今日、ブルマンのいい豆が入ったから、ブルーマウンテンでも淹れようか?」

「はい、マスターのお勧めなら間違いないですから。お願いします」

「はいよ、じゃあちょっと待っててね」

今は列車は15分間隔で動いている時間帯だ。だから早くても原田が喫茶店にやって来るのは、15分後になる。
井田はその間に、原田が先日1人で来た時の様子を訊いてみた。

「あぁ、あの子が1人でポツンと来た時かい。寂しそうに店に入ってきてね…」

そして彼氏が後輩の女の子から告白されたけど、アタシは全部後輩の女の子よりも劣ってる、どうすればいいですかと相談したらしい。

「そんなこと言ってたんですね。一応、同期の子から告白は受けたんですが、返事はまだあとでいいって言うから、返事はしていないんです。それに俺は、確かにその子を中学の時に好きだったこともあるんですけど、今は彼女一筋です。だから安心してほしいんだけどな…」

「そうなんだね。多分彼女さんは、君がまだその同期の子に返事をしていないってことに、不安があったんだろうな」

井田はマスターの言葉に、ハッと気付かされた。
いくらその前の夜に公園で慰めても、最後まで不安そうに泣いていた原田の顔を思い出した。
その翌日、思わぬ土砂降りから突如原田家に泊まることになった際、夜に井田の体を求めてきたのも、もしかしたら不安感からかもしれない。
そういう女心のデリケートな部分が、まだ井田には分らなかった。

「マスター、いい言葉をありがとうございます!実は俺、明日吹奏楽部同期の男女6人でグループデートするんですよ。俺に告白してきた子もいます。もしチャンスがあれば、その時に返事保留中のその子に、俺は彼女がいるから付き合えない、と言います」

井田はそう言ったが、マスターはあまりいい顔をしなかった。

「うーん、明日それを言うのは止めといたほうがいいね」

「え?どうしてですか?」

「絶対に相手の女の子は落ち込むだろ?そしたら一緒に行ってる他の子はどうしたの、何があったの?ってなるだろ?雰囲気がメチャメチャになっちゃう。だから、明日は止めたほうがいいよ。別の日にしな」

「なるほど…。そうですね。せっかくグループデートで盛り上がってるのに、俺が水を差しちゃいますよね」

と井田が言うと、マスターは入り口に向かっていらっしゃい、カウンターへどうぞ、と声を掛けた。

そこには、原田朝子が立っていた。


第17章-3

「正史くん、一本後の列車に間に合ったんだね!アタシはギリギリ間に合わなくて、二本後の列車になっちゃった。ゴメンね」

原田の表情が、明るくなる。そう言いながら原田は、カウンターの井田の席の隣に座った。

「良かった〜。実はあのメモで大丈夫かどうか、不安だったの。でも終点で改札を出たら、正史くんがカウンターに座ってるのが見えたから…」

「大丈夫だよ。魔法の合言葉だもんね」

井田が原田の頬を突っつくと、原田も井田の頭をヨシヨシと撫でた。マスターはニコニコしながら、原田に注文を聞き、正史くんが飲んでるのと同じやつ!と元気に答えていた。

「ねえ正史くん、明日って、3vs3のグループデートなの?」

「うん。断る間もなくって、勝手に行くことにしちゃってゴメンね」

「ううん、アタシは前から見てたけど、あの状況だと、断れないよ。仕方ないよ。明日はアタシ、我慢する。その代わりに…」

「その代わり?」

「次の4日は、アタシの為に空けてね♪」

「もちろんだよ。3日が勝手に埋められちゃったから、朝子とは4日と5日のどっちでデートしようか、考えてたんだから」

「本当に?」

「本当だよ」

「両方でもいいよ」

「えっ、マジで?部活とか、大丈夫?」

「アタシ、明日は部活に行くことにするけど、GWで3日間の連休が当たるなんて珍しいじゃない?だから部員のみんなには、部活参加は強制しないの。そういうことは、部長が率先しなきゃ。なーんてね」

と言って原田は首を傾げながら、伊田の方を見た。井田の弱いポーズだ。このポーズをやられると、完落ちしてしまう。
このタイミングで、原田にもブルーマウンテンが提供された。

「アタシのも来たから…カンパイ!」

「あっ、カンパイ!」

2人は軽くカップを当てた。

「ところでGWって、原田家にお父さんやお兄さんはいらっしゃるの?」

「お兄ちゃんはGWは帰ってこないよ。今年4年生だから、卒論とか就職活動とかで忙しくて、当分帰らないって、3月に帰省した時に言ってたから。お父さんは…いるかもしれないし、いないかもしれない…」

ちょっと父親については、言葉を濁していた。ただ絶対にいるとも言わなかったので、井田は不思議に思い、その意味を尋ねた。

「あのね、お父さんのお母さん側のお祖父ちゃんの弟の娘さんが亡くなられたの。かなり縁が遠いし、アタシは会ったことすらなくて名前を聞いてもよく分からないくらいなんだけど、お父さんは小さい頃によく遊んでもらったとか言ってて、その…オバさんのお通夜とお葬式に出ようかどうか迷ってるみたいなんだ」

「なるほどね。それはご冥福をお祈りします…ってとこだけど、結構遠い所に住んでらっしゃったの?」

「うん。鹿児島なの」

「鹿児島?!そりゃ遠いね」

「近かったら当然お通夜もお葬式も出るけど、ちょっと遠いから、お父さんも出席を迷ってるの。お通夜が4日で、お葬式が5日だから、飛行機で行ったとしても1泊2日だよね。まあホテルに泊まる必要はないから、飛行機代くらいは何とかなるし…って、言ってはいるんだよね。だからもしお父さんがそのお通夜とお葬式に行ったら、4日は、泊りに来れるよ」

「そうなんだ。いつ、行かれるのかどうか分かる?」

「飛行機のチケットもGWだから空いてるかどうか分かんないしね。電車で行くにはちょっと辛いし。だから、飛行機次第かな?もし分かったら、正史くんに電話しようか」

「うん、この前原田家に泊まらせてもらって、凄い楽しかったから、この前みたいに慌ただしいんじゃなくて、ゆっくりと泊まれるものなら泊まってみたいなって思ってさ。でも親戚のご不幸を利用して泊まるってのも、失礼かな…」

「全然!ウチでそのオバさんと関わりがあるのはお父さんだけだし、お母さんは年賀状で名前を知ってる程度で、結婚式にも来られたかどうか覚えてないとか言ってたから、ケロッとしてるよ」

「ハハッ、じゃあもし泊れたら、遠慮なく…で大丈夫?」

「大丈夫よ。またお母さんと裕子と一緒に、楽しく過ごそうよ。夜も…ね」

少し妖しげなウインクを、原田は井田に送った。

「今日も元気に帰れそうかい?」

マスターは2人に聞いた。

「はい!いつもありがとうございます!」

と答えたのは、井田だ。

「俺も2人が元気なのを見ると嬉しいから、これ、サービスね」

マスターは、ショートケーキを1つ出してくれた。

「えーっ、いいんですか?ありがとうございます!」

今度は原田が答えた。

「いただきまーす!」

ケーキを分け合って食べる原田と井田を見て、マスターはニコニコしていた。

原田も井田も、翌日のグループデートで起きることなど、全く予想もせずに…。

<次回へ続く↓>


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ミエハル
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