Vol.7 あなたは目の前の子どもに「夢」をどう語りますか?:卒業前の中学生に伝えたいこと
皆さん、1週間お疲れ様でした。ボクが勤めている中学校の地域では、私立高校の受験が終わり、「さぁ~いよいよ県立高校の受検だ!!」と意気込む生徒が増えています。この熱気は、どこの学校に勤務していても良いものです。ボクを含めて学年の先生全体が「頑張っていくぞ!!」という気持ちになってきています。しかし最近、ボクの頭の中に一つの「?(ハテナ)」が浮かんでいます。
この時期の中学校教師って、結構「受検指導ばかり」に追われてない?
人生のちょっとした先輩として、一人の人間として、どこまで「夢」のことを語れているの?
正直に言うと、「卒業や受検までに何とか良い形で締めくくらせてあげたい」という気持ちが先行していて、「目の前にいる生徒の夢(将来)に関わることを一緒に考えてあげれてないんじゃないか?」というハテナが浮かんでいるのです。どんな形であれ、中学生年代を指導した経験がある人は、同じ気持ちになったことはないですかね…。
そこで、今回は自戒の念を込めて、お恥ずかしい話ですが、HANABIの夢ロードマップを書いていきます。やっぱり、子どもたちにとっては、目の前にいる大人の姿が一番の指標になると思うので、初めての試みですが整理していこうと思います。
普通の人生ですが、それでもその時に追いかけていた「夢」は誰にだってあったはず(あるはず)です。このnoteを覗いていただいた皆さんに、少しでも「今からでも夢について少し話してみたろかなぁ~」というあたたかい気持ちになっていただければ幸いです。
誰もが「夢先生(ユメセン)」という発想
今回参考にさせていただいたのが、長年日本サッカー協会が取り組んでいる「JFAこころのプロジェクト」です。HPには、目的としてこんなことが書かれていました。
「夢先生(ユメセン)」として紹介されているのは、実績十分のアスリートの方たちばかり。そんな方たちとHANABIが肩を並べること自体おこがましいとは思うのですが、普通の人でも同じように語れることはできます。ボクたち指導者(保護者でも同じこと)の人生観を、一度は目の前の子どもたちにぶつけてみたい。そこから、「夢を見つけることって誰にでもできる」っていう希望を持ってほしい。そんな願いを込めて、HANABIの夢ロードマップをスタートしていきます~!
幼少時の夢
家族で、週末は国内のF3000レースを観に行ったり、テレビで「音速の貴公子」アイルトン・セナを応援していました。だから、夢はF1ドライバー(笑)でも、どうやってその夢に向かっていけば良いのかが分からなかったので、レーサーになり切って自転車をこいでいました。後輪にダンボールをうまく挟むとエンジン音が聞こえるの、知ってますか?(笑)
小学校時代の夢
イモラサーキットでアイルトン・セナが亡くなってから、F1ドライバーという存在が遠くなってしまい、小学校低学年なりに人生に悩みました。そこで出会ったのが、当時Jリーグが開幕しブームにわいていたサッカー!なんと、ここから中学校卒業まで続けて、地区のトレセンにも選ばれたり(笑)
また、モータースポーツにも興味があったことは事実で、6歳から中学校2年生までモトクロスバイクをしていました。kawasakiの125ccが愛機で、近くにある河川敷(モトクロス専用コースを作っていただいた)で、父親から厳しくともあたたかい指導を受けながら頑張っていました。あの頃が、純粋に何でも楽しめたなっていう印象があります。
中学校時代の夢
たまたま父親の知り合いからの紹介で始まった、レーシングカート人生。中学校2年生での出会いでした。中学校3年生になってからは、ある自動車会社のオーディションに合格し、そこからはプロになるための英才教育を受けることになります。つい最近まで、テレビの中でしか会えなかった憧れの人たちから指導を受けられるだけで嬉しかったですし、未来のライバルとして負けたくないという強い気持ちを持っていたことを覚えています。幼少時からの夢を実現できるチャンスが巡ってきたことに、かなりモチベーションが高くなっていました。
高校時代の夢
レーシングカートで全国を転戦し、念願のフォーミュラーカーに乗せていただくことができた時期。世の中はF1ブーム再来の雰囲気があり、ボクが所属していたチームも、スポーツ新聞やモータースポーツ雑誌に特集されることがありました。プロになれたかどうかの分かれ目はこの時期にあったと、今でも後悔することがあります。
この時の自分に言葉を伝えるならば、「天狗になったらアカンで」かな。自分自身の気持ちを上手くコントロールすることができず、物事が思ったように進まないと周りの人に当たり散らしていました。要するに、自分が置かれた状況を、しっかりとメタ認知できなかったのです。これができていた選手は、みんなプロになって、今でも現役バリバリのレーサーです。交友関係が続いている仲間もいますが、やっぱり羨ましいですね(笑)
大学時代の夢
一つの大きな夢が砕け散り、絶望の中で出会った恩師の言葉。その言葉に救われて、教育界に身を置く決意を持ちました。そして、モータースポーツやサッカーからは距離を置き、全てを新しい環境にしたかった自分がいました。
そこでボクが惹かれたのは「よさこい」。何より、踊り子はいつでも笑顔で楽しそう!!一目で虜になってしまいました。人生の中で学級委員や主将をしたことがなかったボクですが、ここで初めて主将に。150人近くいたメンバーをまとめることに生きがいを感じたとともに、初めて「生きていて楽しい」と思えるようになりました。これは、おそらくボクの自己肯定感が高まるきっかけになったんだろうなと思います。
大学院時代の夢
大学時代の4年間、絶対に欠かすことがなかった習慣があります。それは、一週間に最低1冊は本を読み、読書ノートをつける。このおかげで、4年間で300冊以上の専門書・新書を読むことができ、本当の意味で学ぶことの楽しさを味わうことができました。この楽しさをもっと専門的に特化して追究したいという純粋な気持ちが高まり、大学院の前期課程に進学。しかし、ここで大きな挫折を味わうことになります。
ゼミナールで提案した資料に対して、「ボツ」「これでは研究にならない」「今まで何してきたんだ」と厳しい指導ばかり。楽しさから苦しさへと変わっていく自分がいました。地元に帰ることを何度も考えましたが、高校時代の悔しさを思い出しながら、納豆ばりの粘り強さで、苦しみを乗り越えることができました。研究のイロハや厳しさを徹底的に御指導していただいた先生には、感謝の気持ちでいっぱいです。
教員生活・これからの夢
中学校教師になり早10年以上が過ぎ、たくさんの同僚の先生や生徒と良い出会いがありました。前半の6年くらいは、授業や分掌業務、部活動指導などを精一杯やってきたつもりです。周囲の人に助けられながら、結果として残せたものもありましたし、中学校教師生活を満喫していました。この間、結婚し子宝にも恵まれ、ものすごく幸せな生活を送っていました。
ただし、心のどこかで「これでいいの?」という自分がいたことも事実です。縁があって大学の附属中に勤務することになり、そこからは研究生活を再スタート。この5年で毎年査読論文を通していただくことができ、国と関わりがあるお仕事にも携わっています。
今の夢は、社会科という教科の素晴らしさを、世の中の人たちに知っていただくこと。目の前の生徒には、社会科で学んだ知識や見方・考え方を使うことの楽しさを実感していただくこと。
まだまだ人生は折り返し地点にも来ていません。家族のことを大切にしながらも、ボク自身の夢の実現に向けて邁進していきたいと思います。
夢ロードマップのまとめ
ここまで長いこと、ボクの自己満足にも近いお話をしてしまったことを少し後悔しながら、このnoteを書きながら人生の振り返りをしていることに満足感もあります(笑)
全ての年代においてボクの中心にあったのは、「どんな人に出会ったのか」だったように思います。
どの年代においても父親と母親(今は妻や3人の子どもたち)のサポートがありました。
サッカーやレーシングカート時代の指導者や仲間、よさこい時代の仲間との出会いは、ボクを人として成長させていただきました。
大学・大学院時代の恩師からは、学問の楽しさと厳しさという醍醐味を御指導していただき、社会人・研究者としての姿勢を身につけることができました。
中学校教師になってからは、同僚の先生からはボクになかった視点を教えていただいたり、生徒からは一人の人を成長させることの楽しさと難しさを学ばさせていただいています。
プロのアスリートの方たちのような格言はありませんが、「その時の出会いを大切にできる人が素敵な人生を歩める」ことは、ここに記しておきたいです。
*大したことないHANABIの語りに付き合っていただき、ありがとうございました。今後とも、noteでの皆さんとの出会いを楽しみにしております!
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中学校社会科教師のHANABIです!学校教育の現状、中学校社会科の面白さ、自分の生徒・卒業生や全国にいる中学生へのメッセージ、時にはHANABIのプライベートまで、いろんな角度から掘り下げて綴っていきます!!SNS初心者ですが、よろしくお願いします(*^▽^*)