「悩みを聞いて」つらい時に手を伸ばせる場所でありたい。 一人ひとりの困りごとに寄り添う、三重県生活相談支援センター

「ひきこもりの方について、どんなイメージを持っていますか?」

そう聞かれて、私は戸惑った。部屋の中で膝をかかえてうずくまっていたり、部屋から出てこれずに髪がぼさぼさだったり。イメージするその姿は、何かのドラマや映画の中で描かれた姿だ。本当のところは、何も知らないのだ。

コロナの影響を受け、相談者が急増

津市桜橋にある「三重県生活相談支援センター」。2015年に施行された生活困窮者自立支援法に基づき、生活の自立に向けたあらゆる相談を受け付ける場所だ。就職氷河期世代やひきこもりの方への支援にも取り組んでいる。センター長の中川博さんに、その成り立ちや役割について伺った。

この場所が設立された背景には、「リーマンショック」が大きく関与している。多くの人が仕事を失い、失業手当の受給期間が終われば、生活保護に頼るしかない状況だった。そこで生活保護に至る前に就労支援などを行い、生活の立て直しをサポートする機関として、全国に自立相談支援機関が設立された。「三重県生活相談支援センター」はその中の一つだ。

その後、就職率も安定してきたことで、自立相談支援機関の役割も変化してきた。失業以外にも「多くの借金を抱えてしまった」「子供がひきこもっている」など、あらゆる相談を受けつけるように。相談内容に応じて適切な機関へつなぎ、それぞれの状況や気持ちに寄り添いながら、一緒に解決方法を探している。

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しかし、新型コロナウイルスの影響により、再び失業者が急増。前年の5倍以上の人が三重県生活相談支援センターに訪れた。日が経つごとに、派遣、パート、アルバイト、飲食店や観光業に従事している人などを中心に、「生活が立ち行かなくなった」という相談が増えていった。仕事や研修で日本に住む、外国人の方からの相談もあった。

「私どもの機関は、200万円まで無利子で貸付を受けられる『新型コロナウイルス特例貸付』の申請をする人の生活相談や、離職中の家賃を支援する『住居確保給付金』の受給資格があるかどうかなどの面談を行う機関でしたので、たくさんの方が相談に来られました。自分がその制度の対象なのか、どのように書類を書けばいいのかわからないという質問も多くありました」

みんなで悩むことで解決策を見つけたい

中川さんは、「どんな些細な悩みでも、一声かけてほしい」と言う。1人で悩むよりはみんなで悩む。誰かが持つ情報やアイデアによって、解決の糸口が見つかることもある。

「1人で考え込むと、どんどん悪い方へ考えてしまうこともあります。話し相手でも、辛い時のはけ口にしてもらってもいい。どんな形でもつながりが持てれば、そこから変わることもあるんじゃないかと思うんです」

2年前からは、就職氷河期世代の支援と同時に、ひきこもりに対する支援に力をいれている。内閣府の調査では、全国で100万人以上のひきこもりの方がいると言われている。これについて中川さんはこう語る。

「100万人の中の、1人でも多く社会に復帰していただくことによって、社会は大きく変わると思うんです」

新たな可能性を広げる支援

三重県生活相談支援センターには中川さん以外に、5人の相談支援員がいる。そのうちの1人が、ひきこもりの方専門の相談支援員である「アウトリーチ支援員」の田中智志さんだ。

田中さんは生活相談支援センターに配属になってすぐ、北勢地域の住居確保給付金に関する相談を担当することに。早速、来所者の面談に同席することになった。

「家賃が払えないので住居確保給付金を受けたいという相談があり、先輩の相談支援員が面談を進めていました。和やかなやり取りから始まったのですが、ある質問をしたところ、みるみるその方の表情が変わり、『もう結構です!』と泣いて部屋を出ていかれたんです。突然のことで、何が気に触ったのだろう、どの言葉がこの方の琴線に触れたのだろうか。その時の私にはわかりませんでした」

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本当はお金に困っていることなんて、誰にも話したいはずがない。辛い思いを抱えて、ここへ足を運んでいるんだ。田中さんは、もっと深く当事者の気持ちを想像したそうだ。その方は面談場所を出た後に、落ち着くまで別室で過ごし、「田中さんになら…」と話をしてくれた。田中さんは、その方の人格を傷つけないように、敬意をはらって話を聞くことを心に留めながら、その後も面談を進めていった。

その後、この方は住居確保給付金の支給を受けながら、半年間、職業訓練施設で資格の取得に向けて取り組まれたそうだ。

「『パソコンも触ったことがなかった私が、CADの勉強しているんですよ。前から一度やってみたいと思っていた住宅リフォームの仕事につけそうです!』と電話でとても楽しそうに話してくださいました。これまで病院の給食関係や、スーパーのレジなど夜間の仕事をかけもちをされていたそうです。資格を取得することで、自分の仕事の幅が広がったと喜んでくれています」

勇気を出して、生活相談支援センターの扉を叩いたことで、どんな支援や制度が受けられるのかを知ることができた。それだけで、もっと自分の可能性を広げることができるのだ。田中さんは、「今は仮の姿だと思ってほしい」と言う。苦しい時期がずっと続くのではなく、いつか違う自分になれるのだと。

この人なら大丈夫。信じられる存在を目指して

そうした想いは、アウトリーチ支援員として関わるひきこもりの方へも同様に感じている。

ひきこもりについては、本人からはもちろん、家族からの相談を受けることも難しいのだという。高齢者を介護する支援者から「訪問しても、息子さんがいるはずなのに出てこない」という情報を聞き、お宅を訪れることも。

「最初は、『何か困りごとはありませんか』と声をかけるところから始めます。家族にとってナイーブな部分に触れるわけですから、会ってすぐの人間に自分のことを話したいと思う人はいません。訪問を重ねながら、話してくださるまで待つことが大切なんです」

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家族と会う回数を重ね、時間をともに過ごすことによって、ひきこもっている本人とも会えるようになったという。ある方とは、その人の好きな歌手のことを話題にして一緒に時間を過ごしているという。

「その方の興味があることを聞き、楽しく話を聞かせていただく。ひきこもられた時間が長いほど、簡単に解決はできません。その方には歩んでこられた人生があり、プライドがあります。触れられたくないことだってあるんです。一緒に過ごさせてもらい、話に耳を傾ける中で、この人なら話しても大丈夫だと信じていただく。こうした思いを語っていただくことができる支援員になっていきたい。まずはそこからなんです」

少しずつ未来とつながる、ゆるやかな支援

私にひきこもりの方に対する偏見があったように、田中さんも初めのうちは、ひきこもりの方と接することに、どこかで怖さと感じていたという。しかし、実際に対話を重ねる中で、それが曲がった見方であると気づいた。

「話の流れで、突然ご自身から『僕の部屋めっちゃきれいなんよ、見る?』と言って部屋の中を見せてくださった方もいます。その部屋は整然と片付けられており、普段からそのような生活ぶりであることがわかりました。心が傷ついたり、環境についていけなかったり。みなさんそれぞれに理由があって、外に出られなくなっただけなんです」

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ただひたすらに、その人が心から話してくれることを聞き、自分で歩きだしてくれることを待つ。田中さんが目指すのは「ゆるい支援」だ。

「今はこもってエネルギーを溜めているとき。私はそのように捉えています。こうあるべき、こうするべきだと意見を押しつけないこと。私たちができるのは、その人に合う情報や知識をたくさん持っておき、いつかその人が手を伸ばしたいと思ったときに渡せるように準備することなんです」

三重県生活相談支援センターでは、「断らない相談支援」をモットーにあらゆる人の悩みに寄り添う。どんな些細なことでもいい。1人で抱えている悩みがあるのなら、まずは相談してみよう。ほんの少しの勇気が、明日を変えるきっかけになるかもしれないのだ。

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文・三上由香利(OTONAMIE)

【施設情報】

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