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小池百合子氏に問いたい、無痛分娩助成の意義とは

助産師 Beniです。
助産師として働く中で、社会全体が女性の身体のことを理解できたら、
考え方や仕組みがアップデートされて、女性がもっと生きやすくなると考え、
日々考えていることや伝えたいことを綴っています。

昨年の7月に出産しました。
noteへ書きたいことも多々ありつつも育児に没頭しているためなかなか書けずに一年。
ですが、どうしても声を挙げたい!と思うことがあり、久しぶりに書きます。

「小池百合子氏 無痛分娩への女性検討 都知事選公約」(日本経済新聞2024年6月17日)
声を挙げたくなった理由はこれです。
2024年7月7日に投票日を迎える東京都知事選の公約について。

産婦人科医療に携わってきた一医療人として、つい最近出産し子育て真っ只中の一女性、母親として、この公約には思うことがありすぎて、我が子を寝かしつけた夜間授乳の合間に書いています。

「無痛分娩」は確かに諸外国と比べて日本での普及率は低いと言われています。
女性が自ら出産方法を選択して、自分らしい満足感のある出産をすることはとても意義があることです。
ただ、無痛分娩はメリットだけではなく、デメリットも存在します。
そして、そのデメリットはなかなかヘビーです。
私自身、大学病院で無痛分娩を担当した経験がありますが、無痛分娩を担当する医療者側の分娩進行を見守る目はとてもシビアかつ真剣です。
なぜなら、多くのリスクが母体、胎児にあるからです。
例えば、もし、麻酔が母体に必要以上に効いてしまった場合に起こる呼吸困難感。
これは、母体が危険に晒されるだけでなく、母体の酸素飽和度が下がることで胎児への酸素供給も低下するため、胎児が低酸素状態になる可能性があります。
また、麻酔を使って陣痛を緩和したことにより分娩進行が停滞することもあります。
これにより、胎児が長時間ストレス下に晒されること、娩出力(胎児を子宮外へ押し出す力)が低下することにより吸引分娩や鉗子分娩(これらを器械分娩といいます)という処置が必要になること、器械分娩により多量出血のリスクがあること、など。
例を挙げきれないほどのリスクを想定し、医療者は無痛分娩に立ち会っています。
(無痛分娩のリスクの話がメインではないのでこの程度にとどめておきます。)

医療的介入によって母体、胎児にリスクが伴う可能性にあるため、医療者の手は自然分娩より必要になります。
自然分娩ならば、出産に立ち会う医療者は母体担当の助産師、新生児担当の助産師(または看護師)、医師で良いのですが、無痛分娩の場合、施設によって多少違いはあるかもしれませんが、麻酔科医や新生児科医の手を必要とすることもあります。
もちろん、手だけでなく、緊急時の対応への知識、対応力も求められます。

もし、小池氏が本当に女性たちに無痛分娩という選択肢を今よりも広げ、安心して出産できる社会を、と考えるのならば、産科スタッフの十分な人員配置、医療者に向けた「無痛分娩での著変時の対応」講習会なるものの開催などの教育に注力した方がその目的を果たせるのではないか、と考えます。
受け皿が盤石なものとなって初めて安全な無痛分娩の実現となる、と考えるからです。

そもそも「無痛分娩」とは「無痛」という言葉にはとてもインパクトがあるものの、完全に痛みをとることができるわけではありません。
また、無痛分娩を希望した女性全てが無痛分娩の適応となるわけでもありません。
また、少子化対策という視点から考えた際に、無痛分娩を選択できるか否かがどれほど出生率低下を後押しするのかは不明です。
「無痛分娩にお金がもらえるから産もう!」と考える女性が果たしてどれほどいるのでしょうか?

子育てを実際に経験していて感じることは「産んでからがスタート」ということです。
これは子どもを育てている親みんなが感じていることではないでしょうか?
経済面においても、正直、出産費用なら安いところを見つければ出産できるし、ラグジュアリーを求めればキリがありませんが市民病院などの公共の比較的料金の低い病院でもしっかりとした医療が受けられるのが日本の強みです。

その先に不安があるから産まない、産めないのです。

本当に少子化対策を考えるのならば、安心して出産できる社会を考えるのならば、「無痛分娩助成」というキーワードは出てこないのではないだろうか。

これは邪推ですが、開業医への忖度もあるのではないか、なんて考えてしまいます。
最近ニュースでも目にすることがありますが、出産費用を保険適用にしよう、という流れがあります。
知り合いの開業産婦人科医の先生から聞いた話ですが、出産費用が保険適用になってしまうと経営が厳しくなるそうです。
そのため、自由診療になる美肌点滴などといった美容医療を導入することを検討する先生もいるとか。
もし無痛分娩に助成金が出るならば無痛分娩希望者が増える、結果として出産費用保険適用により収入が落ちた産婦人科にお金が入る、なんていう流れで医師会からの票集めも考えているんじゃないか、と考えてしまいました。
繰り返しますが、これはあくまでも邪推ですが。

小池氏は女性目線、という言葉を目にしますが本当に女性目線で考えるならば、この公約自体もっと練るべきではないでしょうか。
8年を費やした結果、東京都の合計特殊出生率0.99という驚きの数字を叩き出した小池氏には、無痛分娩の助成がパワーワードに思えたのかもしれませんが、子育て世代の助産師から見たこの公約は、真剣さを疑うほどに的外れな施策だと感じます。

痛みをとってもらいたいのは出産方法ではなく、育てる過程においての痛みです。

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