「若者のすべて」についての考察
9月も中旬を過ぎ、だいぶ涼しくなった。
暗くなるのも早い。
私の「若者のすべて」月間がもうすぐ終わろうとしている。
「若者のすべて」とは、フジファブリックの名曲だ。
多くの音楽ファンに愛されている。
昔、兄の彼女がフジファブリックのファンで、時々家にあるCDで「茜色の夕日」を耳にしていた。
それがフジファブリックと私の出会いだった。
兄は「若者のすべて」という曲がとてもいいと言っていた。
かかっていたような気もするがじっくりと聞いたことはなかった。
そして彼女が志村さんの死にとてもショックを受けているとも話していた。
私が久しぶりに聞いたのは、それからもう何年も経ってから、You Tubeを漁っていたらフジファブリックの名前が出てきて聞いたことある!となったからだ。
出会いから10年は経っている。
だいぶ遅咲きのリスナーだ。
そして「若者のすべて」を初めて、じっくりと歌詞を見ながら聞いた。
最初のイントロから初夏ではない夏も中盤くらいという雰囲気を漂わせている。
私は、「真夏のピークが去った〜」の「さっ」の言い方がすごく好きでいつもマネしている。
「若者のすべて」のすごいなと思うところがある。
ある曲を聞いて、"この曲が出たとき、こんなことしてたな、あんなことしてたな"とか、好きだった人のことを思い出す曲とか、"あの時""あの人"など、ポイントの思い出が蘇ることはあっても、何年にも渡って色んな場面が蘇ることはない。
しかし、私がこの曲を聞くと、小学生の頃から社会人、そして子供を産んでからも毎年のように見ていた地元の花火大会の思い出がぶわーっと走馬灯のように思い出されるのだ。
ある年の思い出だけではない。
何年も何年も場面がカメラロールのように思い出されるのだ。
もちろん、小学生で親と見た花火、初めて友達だけで行った花火、初めて彼氏と見た花火など色濃く覚えている思い出もある。
まさに「何年経っても思い出してしまうな」だ。
しかしだ、聴き終わった後の余韻からも、そういえば、、と忘れかけていた夏の記憶まで呼び起こしてくれるのだ。
「若者のすべて」がたくさんの思い出を、もう一度私の頭に焼き付けてくれた。
この曲がとてもとても好きになって、毎年8月の終わりから1ヶ月くらいずっと夕飯を作りながら歌っている。
すると3歳の娘が私の歌を何度も聞いたせいか
「ないかな〜ないよな〜ないよね〜ないよな〜」
と間違えて歌っていた。
私は、笑った。
「全部ないじゃん!」と。
でも、よく考えたら笑えなかった。
本当に、コロナウイルスのせいで花火も夏祭りもないのだ。
去年も、今年も。
悲しい。
ないかな?→あるかもしれない、でもないかも
ないよな→すこし諦めてきている
ないよね→やっぱそうだよねという開き直り
ないよな→諦め
そんな風に聞こえてしまった。
(ファンの方すいません。)
「若者のすべて」が教科書に乗ることになったとネットニュースに出ていた。
素直に羨ましい!そして嬉しい!と思った。
どうか、この曲を多くの若い人たちに聞いてほしい。そして、この曲を聞いて蘇る花火のようにキラキラとした思い出をたくさん作って欲しい。
来年は「大人のすべて」ではなく、「若者のすべて」の1ページになる夏になりますように。
そして、願わくば30代子持ちの母となった私にも大人になったけど「若者のすべて」の1ページを刻む夏の思い出ができますように。
志村正彦さん、フジファブリックさん、この曲を作って、歌い続けてくれて本当にありがとうございます。
midorin
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