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自分の"ナリワイ”ができた~緑のふるさと協力隊を経験して~

過疎化・少子化に悩みながらも地域を元気にしたい地方自治体と、農山村での活動や暮らしに関心をもつ若者をつなげるプログラムとして1994年にスタートした『緑のふるさと協力隊』。

これまでに107市町村で830人以上の隊員たちが活動してきました。

今回は、2020年度の27期隊員として、高知県大川村で活動をした山田さんに協力隊時代と現在について書いていただきました。



① なぜ、緑のふるさと協力隊に応募したか?

私がサラリーマンとして働いている時、初めはとても受動的に働いていました。

そんな中、上司から「仕事は人生の1/3の時間を費やすもの。どうせなら楽しく働きたいよね」という言葉があり、どの様に仕事をしたいかを考える様になりました。その後転職し、主体的に働こうとしましたがうまくいかずとても悩みました。

なぜダメなんだろうと考えて、コーチングを受けたりして「自分のワクワクする事」に対するアンテナ感度がとても下がっている事がわかりました。

そこから時間をかけて自分のワクワクを探して、最も興味のあった事が「自給自足的な暮らし」でした。そこから地方移住を考える様になりました。

当時私は東京に住んでいて自給自足的なことには縁がなかったので、どの様に実現するかが問題でした。

そんな中たまたま知った緑のふるさと協力隊は、特定のミッションがないボランティアであるため活動の幅が広く、かつ生活費が支給されるという点で、スタート地点として最適だと思ったので、応募しました。


② 協力隊時代を振り返って。今のわたし。

私の緑のふるさと協力隊時代と今を比べて、一番違うのは「自分に対する自信」ではないかと思います。

緑のふるさと協力隊になった当初は、まだ自分の力に半信半疑で、周りのこともかなり気にしていました。(全く新しいコミュニティに飛び込んだのですから当然と言えば当然ですが)

でもそこから、自分なりにマイペースに、できる範囲のことを徐々に実践して、自分の直感であったり、自分が良いと思ったことに価値があると思える様になっていきました。自分のオリジナリティを出していくことに、だんだんと積極的になっていったと思います。

誰に急かされるわけでもなく、マイペースにそれをやっていける環境というのが自分にとってこの上なく大事な時間となりました。

私は伊藤洋志さんの「ナリワイをつくる」という本に大きな影響を受けて、自分のナリワイを作りたいと思っていましたが、緑のふるさと協力隊になった時点ではそれができる自信があまりありませんでした。

しかし、緑のふるさと協力隊の1年間で地域とのつながりの基盤ができ、その上で3年間の地域おこし協力隊としての時間がプラスされたことで、自分のナリワイを作る事ができました。

恐らく緑の1年がなかったら、こうはならなかったと思います。
自分の生き方を変える基盤を作ってくれた、かけがえのない時間です。

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