ハングリー
数日前から食べても食べても満腹にならない。今日自分が何をどれだけ食べたのか把握できていない。コンビニで食べ物を買いすぎて、一人分なのに「お箸何膳必要ですか」と尋ねられた。ずっと寝るか食べるかしている。巨大化したカオナシみたいに手当たり次第に食べ物を胃に入れていく。こんなに食べているのおかしいなと思ったら、どうやら生理前で食欲がバカになっているようだった。それが分かれば少し安心だ。生理前だという理由が見つかれば、何だか自分を許すことができる気がした。昨晩大盛りのカレーを食べたあとに全然満たされなくて、半泣きで味噌汁とうどんを食べた自分に早く教えてあげたかった。
アルコール3パーセントの甘い缶チューハイを飲んだけれど全然酔えなくて、やっぱり9パーセントのレモンのやつにすれば良かったなと思った。無気力で頭がぼおっとして、その頭でSNSを追いかける。楽しそうな金曜の夜を過ごす人々の様子が流れてくる。ふーん、と思いながらスクロールして、何だか遠い世界にいるみたいだなと考えた。私はいまどこにいるのだろう。
「ハッピー」「まごころ」「ナチュラル」という言葉がとても似合う同級生がいて、学生時代私は何度も彼女の「てづくりの優しさ」に救われてきた。大人になった彼女はどんな状況にあってもSNSでマイナスな言葉を呟かない。可愛らしい写真や彼女や彼女のまわりの人のはじけるような笑顔や素直な言葉が並ぶ。彼女のつくるものは、癒しだ。あたたかさがある。学生時代の三年間、毎日一緒にいたのに、あんなに仲良しだったのに、どこでどう道を分かれて彼女は彼女、私は私の生活を選んだのだろうと不思議に思う。
数日前、心がとても腐っていた私がSNSを眺めていると、彼女の投稿が流れてきて、思わず少し泣いてしまった。久しぶりにコメントを残す。【おめでとう!私まで幸せになっちゃった!ありがとう❤️】一言も嘘はなかった。彼女にまっすぐ届けばいいなと思った。もう何年も会っていない古い友人のSNSで自分の心の狭さを実感するなどしている。
それにしても、よく食べる。恋人にこれだけ食べたなんて言ったら確実に引かれるくらいには食べている。食べているその瞬間だけ満たされた気分になっているけれど、一旦食べるのをやめるとやっぱり満腹にはなっていない。少しでも食べる速度を落とそうと、普段は持たない右の手で箸を持ってみる。慣れなくてイライラする。左手に持ち替える。次から次へと食べてしまう。なんだこの地獄は。
心が満たされれば満腹感を得ることができるのだろうか。ひたすら食べながらふとそんなことを思う。【生理前 食欲】で検索すると、私と似たような人がたくさん出てきて、私だけじゃなかったんだと安堵する。インターネットを眺めていると、「生理前でイライラしていて、食欲もすごいことになっている彼女をいたわる彼氏」みたいなのが出てきて、その彼氏が称賛されていた。途中まで見てみたけれど、なんか無理になってやめた。私はこんな優しい人に出会ったことないから、信じられなかった。本当に個人的な勝手な意見だと思う。それでも、たまに目にする「生理中の彼女の背中や腰をひたすらさすってくれる彼氏」のようなエピソードを見ると耐えられなくなってしまう。そんな優しい世界の中で生きたことがないし、そんな優しい世界で生きたいと思うタイプでもない。辛い時は誰にも会わずに暗めの部屋で静かに過ごしたいし、生理痛が酷い時には誰とも関わらずに隅っこでうずくまっていたい。ほっといてほしい。そっとしておいてほしい。なんて寂しい人間なんだろう。でもそれしか術を持っていない。私が急に弱いところ見せても、不意に泣いてしまっても、相手はスルーするかあたふたするか、大体どちらかだ。そんな環境にしかいたことない。私は強くて気が確かで自立しているから、不用意に涙なんて見せちゃいけない。
「手に入らなかったもののことを考えながらこの先ずっと生きていくのがつらい」と、手に入らなかった人が呟いていた。手に入らなかったというか、私の手が届かなかったという方が正しいかもしれない。誰にでも悩みや葛藤があるのだなと思う。無い物ねだりでずっと生きていく。私の本名を検索すると、自分の写真がたくさん出てきて不快だ。SNSはこわい。ネットの記事や写真は自分で載せたものではないけれど、本名で何かしらを行うことはリスクがあるなと痛感する。やましいことがあるわけではないけれど、これだから本名も写真も簡単には出せないなと実感する。少し前に、とてつもなくむしゃくしゃして、昔好きだった人の名前を検索してみたことがある。ヒットした記事に、今のその人がいた。相変わらず【邁進】という言葉が似合うなと思った。嫌味のない、真面目すぎることのない、ひたすらまっすぐに光る【邁進】。人が何かに夢中になって打ち込む姿が子どもの頃から好きで、その姿を見て私も負けたくないと思う相手しか恋愛として好きになれなかった。その人が今も変わらないんだなと安心して、ああ、私も負けたくないなと思った。大人に近付いて、そういう気持ちを忘れかけていて、全部がなあなあになってしまっていた。昔の自分をがっかりさせたくないな。昔の恋も捨てたもんじゃない。もう二度と会うことはないであろうその人が、幼い頃に手に入っていたら今思い返すこともなかっただろう。実らなかったからずっと思い出せる。叶った夢なんてすぐに忘れてしまうのだから。手に入らなかったものがあること、少しだけ肯定できる理由が見つかった気がした。
食べても食べても満腹にならない。手に入らなかったもののことを考えるといつもヒリヒリする。無い物ねだりの私は、これからも心に空腹を残して生きていく。
ゆっくりしていってね