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ダムでの事
※これは恐い話です。怖い話やグロテスクな表現が苦手な方は、読むのをご遠慮くださいませ。
一体、いつになったらこの苦しみから抜け出せるんだろうか?
そんなことを考えていた。
ここから落ちれば…でもどうしても踏み出せない。
死ぬのも怖くて、でも生きぬのはもっと怖いはずだ。
もう、あんな思いをするなんて絶対に嫌だ。
ここから上がって手すりに足を掛けて落ちればいい。
たったそれだけの事なのに、どうしても勇気が出なかった。
いっその事、誰かが私を押し出してくれたら…とダムの底を覗き込んだ時だった。
「オイ」
「ヒャ!!」私は尻餅をついた。見上げると、そこにはフードを被った男が立っていた。
「お前、こんな所で何してんの?」
暗くて顔が良く見えなかった。
「え、イヤ、あの…」言葉が詰まってしまう。よく見ると、フードの中から何かが流れ落ちている。男が近づいてきた。
私は、腰を抜かしたまま尻を地べたに擦りながら男と距離を取った。
ゆらり。ゆらり。と近づいてくる男。
「お前さ…」と男がボソッと呟いた時に、男のフードから私の頬に何かポタっと水滴が落ちてきた。何?と手で拭うと、少しぬるっとしたものだった。
手に付いたそれをみてみると、血だった。驚いて男を見ると
顔が半分潰れて脳がはみ出ていた。
「い、イヤあーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
私は、勢いよく立ち上がって一目散に逃げた。
(な、何!?あれ!?)
全力で走って、ダムの入り口の道路まで戻ってきた。死ぬつもりでここまできていたので、タクシーはもうすでに走り去った後だった。
どうしよう…?振り返るとダムへの道には僅かな街灯がポツポツと点在しているだけで、道は暗く深い漆黒に包まれていた。男の姿はよくわからなかった。
「ふ、ふ、ふふふふふふ。あは、あはははははは!」
急に笑いが込み上げてきた。これから死のうっていうのに無事に帰ろうとしている自分が可笑しかった。
もう、この世に未練なんかないなら、あの男に取り殺されようが八つ裂きにされようがどうだって良いじゃないか??…でも…本当に怪我人だったら?
「お前、こんな所で何してんの?」
男の言葉を思い返す。やけに落ち着いた声だった。助けを求めているようには思えなかった。じゃあ、あれは一体何だったの?もしかして、幽霊?
そんなバカな?でも、彼から人ではない何かを感じ取った。
このまま帰るか、また戻るかで迷った。でも、私はここに死にに来たのではないか?今更何を怖がるのだろうか?
私は、キッと暗闇の広がる道を睨んで踵を返して来た道を戻って行った。
あの男に呪い殺されるならそれでも良いじゃないか?どうせ戻っても生き地獄なんだから!ほとんどヤケクソになって逃げて来た道をどんどんと戻って行った。
すると、先程の道にあのフードの男がまだ同じ場所に立っていた。
私に気付いて、こちらをジーーーーーーーーっと見ている。
怖かったが、ちょうど男が立っている辺りで飛び降りようと思っていたので、構わずに進んだ。男の前で、ピタリと立ち止まった。
「…………。」男は何も言わない。
「あの、其処、どいてもらえますか?」思い切って言った。
男の立っている前に、階段があってダムの内側に入れる入り口があったので
「ちょっとあなたが邪魔なんで」というと男は黙って顔を近づけて来た。
フードからボタリボタリと血が流れ落ちている。ダムにある街灯の光が男を照らした。潰れた顔とはみ出た脳の臭いがグッと近くなり思わず、口と鼻を押さえてやはり逃げてしまった。今度は叫び声も出なかった。胸から込み上げてくるものを抑えて涙目になって走って走って走った。
ハア、ハア、ハア!うええ!無理無理無理無理!やっぱ無理!
吐き戻しそうになりながら、必死に走って逃げた。
ダムに近い、大きな道に出て膝に手をついて息を切らしながらうなだれていると、遠くから車の走行音が聞こえてきた。顔を上げると遠くから車がこちらに向かって走ってくるのが見えた。車のライトがどんどん近づいてくる。
あ!助かった!!!と思って、その車の前に飛び出した。
すると、その車は、急ブレーキを掛けて止まった。
「あの、あのすいません!助けてもらえますか?」と言い終わらないうちに、車の中のドライバーと同乗者たちが悲鳴を上げて、ドライバーは勢いよくハンドルを切って猛スピードで走り去ってしまった。
「え!?何?なんで!?」その時だった。ふと人の気配がしたので、バッと振り返るとあのフードの男がすぐ真後ろに佇んでいた。私は腰を抜かしてその場に倒れ込んだ。
「…………お前さア〜〜〜〜〜!」男が何か言い始めたが、無視して今度はダムがある奥の道へ走って逃げた。
どうしよう?どうしよう!?さっきの車の人たちにも、あの男が見えてたんだ!
やっぱり幽霊?単に大怪我してるだけ?でも、全然痛がってもなかったし!とわけもわからなくなっていた。
そうだ!ポケットに手を突っ込んであるものを探した。飛び降りる前に、最後のお別れの投稿をしようとスマホ持ってたんだった!もう、バカなことを考えるのはやめよう。ママに電話して迎えに来てもら…………
ポケットからスマホを引っ張り出すと、なぜかずぶ濡れになって画面もめちゃくちゃに割れていた。電源も付かない。
なんで?なんで?どっかで落としたっけ??どうしよう?戻ったらアイツが居るし、このまま奥に進んだらどうなるのかわからない!
隠れて朝が来るのを待とうか。その間に、アイツが来たら?とパニックになりそうになってキョロキョロとしていると、視界の外側に白いものが映った。
そちらを見てみると、白い着物を着たお爺さんが居た。
おじいさんは、ふらりふらりと近づいてきて、「おや?」と言った。
「あの……!助けてください!」声を振り絞って出した。
なんでこんな所に?と思ったが、やっとまともそうな人に出会ったので構わず声をかけた。
「こんな所で彷徨いていたら駄目じゃあないか」とお爺さんが言った。
「すみません。あの、でももう帰ろうと思って、お爺さんはこの辺の人ですか?」
「帰る…………?」
「はい…………」
「何処へ?」
「えっと、うちです。」
「ほお。」とおじいさんは長い顎髭を触って私を上から下まで舐めるように見つめてきた。
…………なんか気持ち悪い…………と思いつつ、
「あの、タクシーも行っちゃってスマホも壊れちゃったし、すみませんが、朝までおじいさんの所に置いてもらえませんか?」と言うとおじいさんは私をしげしげと見つめながら「私に家なんてありませんよ?」と宣った。
(え?家ないのかよ……ホームレス?)
「あ…………そうなんですか。じゃあ、良いです…………」とガッガリして去ろうとすると
「あなたも、もう帰れませんよ?」
「え…………?」
引き攣った顔で振り返ると、額から生ぬるい液体が流れ出て来た。
何?とそれを手で拭うとそれは、赤くてぬるっとしたものだった。
どんどんと液体が顔に流れてきて、目が見えづらくなって来た。
何?何?なんなの?と、片目を瞑って手首で必死で液体を拭っているとおじいさんは、後ろに手を回して伸びをしながら「ほっほっほっほっほーーーーーーー!」と高笑いした。
「お前さん、もしかして気付いておられんのかい?」
「え…………?」
臨時ニュースをお伝えします。
●日未明、Hダムにて女性の遺体が発見されました。女性は頭や胸などを強く打って激しく損傷していますが、刺し傷などはなく、事件などに巻き込まれた可能性は低いとみられています。なお、このダムは自殺の名所としても有名で…………
終。
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