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日本はもうだいぶ寒いらしい
「ハーイ、ゲンキ?ノミイコウヨ」
これがボブの常套句だった。
ボブは繁華街から少し離れたところにあるおっぱいパブのキャッチだ。
でもいつ見ても全然仕事してねえ。
「ワタシト イッショニ ノモー!」
これだけ聞くと商魂たくましい思われるだろうが、ボブは真剣に私をキャッチするつもりはない。
仕事中に
"うちの店でも、どこでもいいから飲もうぜ"
と言っているのだ。
とんでもねえ。
それでも一応、彼は女の私も隙あらばおっパブに連れ込もうとする。
「ダイジョウブ、ノンデテクレレバ
ワタシガ オッパイ サワルカラ」
「なんで私が金払って乳揉まれに行くんだよ(笑)」
表情が読みづらいのでボケもわかりづらい。
まあとにかくボブは陽気な男ではある。
新宿の飲み屋街。
その入口に立つ黒人キャッチ集団。
そのうちの1人がボブだ。
「イツモ アナタ チガウオトコト イルネ」
そう声を掛けられてLINEを交換してからもう半年以上が経っただろうか。
ただ顔見知りと言っても、正直なところ私は彼が着替えてしまうと他の仲間と見分けがつかなくて、いつも彼から声掛けされるだけだ。(ごめん)
待ち合わせした知人が大幅に遅刻したある夜のこと。
その日もボブは一応仕事をしている(フリ?)ようだった。
「ハーイ、ゲンキ?ノミイコウヨ」
いつもは聞き流すその言葉も、既に1時間待ちぼうけし、更に何時間待たされるかわからない状況の私にはいい暇つぶしに思えた。
とはいえ、ボブの言うがままおっパブに入ることは躊躇われた。
ボッタクリかもしれないし。
コンビニならと、近くのローソンに入る。
私はお茶のペットボトルを、ボブはワインをレジに運ぶ。
「489円です」
「・・・」
え、ボブお金払わないの!?
私は心の中で爆笑した。
財布出すそぶりすらしない!
仕方なく私が500円玉を出すとボブが何かボソっと呟き財布を出してきた。
え、ボブ、自分のポンタカード出すの!?
私のテンションは最高潮だった。
人の、人の金で買い物してポイントつけるの!?
表情は平静を装っていたが、私は心の中で手を叩きながらそこら中を笑い転げていた。
この面白さを味わえたならワイン1本は安いもんだ、と私は何も言わず支払いを済ませた。
買ったドリンクは路上で座って飲んだ。
ここぞとばかりに出身を聞いたり、どのくらいの頻度で帰るのかを聞いたりしたが、ボブはとにかく私のブラジャーのカップ数や彼氏の有無を聞き出すことに夢中だった。
ふと人通りが途絶える。
野生の勘はお互いほぼ同時に働いたようだった。
私はボブと一定の距離を保つために、ボブは私との距離を詰めるために立ち上がった。
そのとき私は初めてボブの身体が日本人とは全く違う、筋肉で覆われた厚く大きな身体だと意識した。
あんまり調子にのると怖い目に遭う、とヒヤリとした瞬間だった。
通りにカップルが歩いてきたのをいいことに、あえて大きな声で騒ぎながらボブをキャッチの定位置まで慎重に誘導する。
結局この日はワイン1本の出費で、ボブがバハマ出身、来日8年、相模原在住、帰国するのは1年に1回程度。
それだけしか聞き出すことができなかった。
それからしばらくボブには会わない日が続き、いつの間にか夏が終わっていた。
週末の新宿は人で埋め尽くされている。
いつもの店に入ろうとするとお店の外まで立呑み客が溢れていて、終電がなくなるまで適当にどこかで潰そうと徘徊。
すると後ろから肩を叩かれた。
ボブだった。
まだ初秋だというのに茶色の革ジャンを着込んでいた。
「元気?もうこんなの着てんの?真冬に着るものなくなるじゃん」
ボブにどこまで日本語が伝わったのかはわからないが
「サムイ! キルモノアルヨ
ナニシテンノ? ノミイコウヨ!」
と豪快に笑うので私もつられて笑ってしまった。
前回のポンタカードのくだりはどこの飲み会でも鉄板ネタとして元はとらせてもらった。
とはいえ彼がそんなに豊かでない外国人であることと、若干の小狡さと過剰な腕力を持ち合わせているのは確認済みだ。
飲みに行こうと言われれば、私の判断は『NO』だった。
なのでその日は趣向を変えて楽しもうとボブにこんな提案をした。
「ボブ全然仕事してないでしょ?」
「シゴト シテルヨ!ダイジョウブネ!」
「じゃあ今日はボブがお客さん連れて行くとこ、見させてよ?」
そう言って私はキャッチ集団の集まる飲み屋街の道路脇に座り込んだ。
座り込んでしばらくはボブも
「ノミイコウ、ノミホウダイ、カラオケアルヨ」
と私に営業をかけていたが、15分座り込みただただ人の流れを見ている私に観念したのか、ようやく本来の仕事をし始めた。
金曜の夜。
終電まであと1時間もあれば目まぐるしい数の人間が行き来する。
「ホントハ モットオソイジカンノホウガ ヒト イッパイネ」
ボブがウインクする。
終電を逃した客が狙い目ということか。
ボブは総当たりはせず、声をかける人間を選んでいる様子だった。
ボブがハーイと声をかける。
無視を決め込み立ち去る人、ハイタッチをするがまた今度ねと巧く交わす人、行く気もないのに断りづらくなり長々と話をしてしまう人、大体がそんなところだった。
中華系?の外国人だろうか。
スーツを着こなしたいい男がやってくると空気が締まる。
「あれボス?」
「ソウヨ」
「怖そうね」
「チョットダケネ」
どうやらキャッチ集団は皆違う店舗のキャッチのようだったが、ボスは同じ。
つまりキャッチ集団の所属する数店舗は経営者が同じということだ。
怖いはずのボスが現れても一向にボブは客引きに精を出さなかった。
むしろボブよりも黒人集団の中にいる私の方が悪目立ちしてしまい、「なにしてるの?」「今日何人お客さん捕まえたの?」と売春婦扱いをされるハメになった。
そこに50代と思わしき男女。
会話の内容からビジネスパートナーなんだろう、どこかで飲んできた帰りのようだった。
ボブがハーイと声を掛けると、女性が陽気に英語で応対した。
「ノミホウダイ4000エンヨ」
そう伝えるとボブは2人組を連れてお店に向かったようだった。
ええ、おっパブでしょ?
入店時にモメるんじゃ?
ハラハラしていると少ししてボブが笑顔で戻ってきた。
「イエーイ!」
ボブの大きな手とハイタッチする。
「え、今の成功!?おっパブ??」
「ハイッタヨ! オミセノマエデ カクニンシタヨ」
なるほど、飲み放題カラオケ歌い放題のお店と称して店舗まで連れて行き、おっパブを面白がれる人や店舗の前で今更断りきれない人間を入店させるということか。
「ボブは時給?」
「ソウヨ ソレト オキャクサン バックネ」
バックあるならもうちょっと頑張れよとも思ったが、ボブがいいならいいんだろう。
ラテンノリというべきか。
そもそもバハマがラテンなのかどうかは知らんけど。
気付くとボブは若い日本人サラリーマン3人組を捕まえていた。
「ノミホウダイ4000エン〜!」
「4000円高いよ!このおっぱいはタダでしょ?」
3人が一斉に私の顔(というよりおっぱい)を見る。
とりあえずボブの応援のために愛想だけは振りまく私。
「おっパブじゃヤれないじゃん。
ヤれる店ないのー?」
ここらの飲み屋街は初めて来たという彼らにそういうお店のある場所じゃないことだけ伝えると、3人はまたお店を探してフラフラと消えてしまった。
気付くと1時間以上が経って終電はなくなり、ボブが言うとおりだいぶ肌寒い。
さすがにもうどこかの店には入れるだろうと、ボブにはお礼を言い、この日は別れることにした。
すると途中の小道で先ほどのサラリーマン3人組がどこの店にも気後れして入ることが出来ずにまごまごしていた。
「あれ?追ってきてくれたの?」
「ううん。
さっきも言ったけどこのへんは
ヤれるような店はないよ?」
「おねえさんはどこに行くの?」
「私は行きつけの店に。」
「・・・」
「一緒に来る?
合わなきゃ先に出ればいいよ。」
そう言うと誘われるのを待っていたかのようにサラリーマン3人組は和気あいあいと私の後ろをついてきた。
外の窓から店内を見渡す。
補助イスも使ってギリギリ入れそうだ。
「こんばんは!」
「いらっしゃい!
どうしたのイケメンいっぱい連れて!」
「うん、そこでキャッチしてきた!」
おしぼりで冷えた手を拭きながら
『ボブが1時間で2人。私が1時間で3人…』
『…もしかしてボブより私の方がキャッチの腕あるんじゃない!?』
そう気付いた瞬間から笑いが止まらなくなり、居合わせたお客さんには大分気持ち悪い思いをさせた夜だった。
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