見出し画像

記憶と記録と変化②

順序めちゃくちゃです。書ける、つたえられるところから。

高校1年の半ば文化祭近くだったと思う。
季節は秋。雨が降っていたその日家を出た。
家を出たことについてはもう少し時間がかかるのでまた今度。

こうして新たな環境で変わらず高校に通う。
楽しいは変わらない。
でも高校2年になってから家出で疲れストレスかわからないがニキビや、身体中の痒み(このときは胸の下みぞおちや胃の部分)電車での吐き気めまいが止まらなくなった。

学校は楽しい、友達も楽しいが身体が追いついていかなかった。電車の途中で降りて落ち着くまでまって家に帰り休んだことも何度もあった。

このときはとにかくみんなと同じように。を頑張っていたのだと今思う。
普通に楽しく不自由のないどこにでもいる高校生になりたくていたのだと思う。

みんなは何かを察していたのかもしれないし何も気づいていないかもしれないしそんなのはどうでも良かった。

ただこの時期に誰にも言えない心のもやもやの積み重ねがさらに積み重なって重い重いものを背負って生きていた。よく頑張ったと自分で褒めてあげたい。

そして、時が流れ10年経ったがようやく人にもやもやを少し、少しずつ言えるようになった。
言えること伝えることが全てではないと思う。ほかのことでもやもやを放出していくのも一つの手。でも自分の場合は大切な人たちに理解をして欲しい。理解してもらえなくても一緒に考えて欲しい。自分を知って欲しいと思った。
みんなからしたら迷惑かもしれないけど。
でもみんなのおかけで今日も生きていける。
ありがとう。

人それぞれ抱えられる容量があって、溢れてしまう前に助けを求められる人がそばにいる人はその人に。誰もいない人はsnsでも、人ではなく趣味を通してでも。そうして自分が壊れてわからなくなる前に白旗を。誰か察してくれる人はいる。何年もかかるかもしれないけど。断言はできないけど。

一緒にがんばろう。明日何があるかわからないし。今日がんばれば一先ずじゅうぶん。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?