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ウィーン国立音大で学んだ事①オペラプロダクションあれこれ


全体ページのタイトルを「ウィーン国立音大で学んだ事」としてみました。大学外で参加したプロダクションやウィーン市立音楽芸術大学のオペレッタ科についてもいつか番外編的に…とりあえず時系列ではなく書きやすいトピックから書いていけたらと思っています。


私は2013年秋から2016年の初夏まで3年間ウィーン国立音楽大学オペラ科に在籍(Postgradualer Lehrgangと言って大学院を卒業している者が専門的な科目だけを継続して学べる学科で、博士課程ではありません。)していたのですが、その間

フィガロの結婚 (伯爵夫人)

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コジ・ファン・トゥッテ (フィオルディリージ)

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ジャンニ・スキッキ (チェスカ)

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カルメン(ミカエラ)※稽古中の写真

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ホフマン物語(アントニア)

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人間の声(女)

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の主に6つのプロダクションに参加させて頂きました。
(最初の3演目は学部生から院生、科目履修生まで声楽科に属している学生は誰でも受けることが出来るオーディションで受かった役で、後の3演目は大学院のオペラクラス内で教授陣が配役したものです。その他ハイライト公演や本番を踏まなかったけれど勉強した演目は他にもあります。)
どのプロダクションも非常に面白かったのでいずれ詳細を書くとして、今日はオーディションについてのエピソードを書きたいと思います。

当時のウィーン音大はシェーンブルン宮殿のオランジェリーで現在も定期的にコンサートをしているウィーンシェーンブルン宮殿オーケストラと提携しており、シェーンブルン宮殿歌劇場で夏の間オペラ公演がありました。キャストは音大に在籍している人の中からオーディション、指揮者は近年フォルクスオーパー,メルビッシュ湖上音楽祭で振っているG.Mancusi先生、演出は演目毎に違う演出家でした。

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(写真)小さいけれど豪華絢爛なシェーンブルン宮殿歌劇場

チケットは日本でいうチケットぴあのようなサイトで観光客向きに売り出され、オーディションに受かった生徒達は例えば伯爵夫人でいうと(250ユーロ+カテゴリーAチケット2枚)×公演数で契約して出演する形を取っていました。私は伯爵夫人としては2公演だったので500ユーロ+カテゴリーAチケット4枚の報酬で、もちろん学生価格なので大した額ではありませんでしたが、オペラ公演でお金を頂いたのがそれが初めてだったのでとても感動したのを覚えています。(ちなみに普段の大学主催のオペラ公演ではギャランティは発生しません。)例え金額が少なくとも、労働保険や税金処理など全てその他の公演と同じように契約を結んでいたので、フリーランスの場合今後どのように働いていくのかも垣間見え非常に勉強になりました。

2014年の夏はモーツァルトのダ・ポンテ三部作の公演が予定されており、フィガロの結婚は前年からのレパートリー演目(再演)、コジ・ファン・トゥッテドン・ジョバンニは新プロダクションでした。

1番最初にオーディションがあったのはドン・ジョバンニ。ウィーン音大に入ってすぐの週でしたが、とにかく受けられそうな役は全て受けてみる精神(これはメリットもデメリットもありますが、基本的にこちらではあまり賢いとされないと思います。もちろん受かる事が出来たなら素晴らしいチャンスが広がっていることでしょう。でもその同じ期間に他にもっと自分にぴったりのチャンスがあるかもしれません。そしてオーディションに対してもその後の稽古、本番に向けても準備万端である必要性もあり、チャンスを吟味するというのも大事なことだとこの後学びました。ただ受けないと始まらないというのもあります。)で、ドンナ・アンナを受けました。

そして見事に落ちました。


今までに落ちたオーディションの事を全て覚えているわけではないのですがこの時のことはよく覚えています。ドンナ・アンナは日本で自主公演ではありましたが、オーケストラとの公演をしたので、もちろん譜読みからという訳ではなかったのですが、定期的にメンテナンス…していなかったので、オーディションの事を知った時にはアリアだけを取ってもテクニック的にかなりさび付いていました。それでも何とかオーディションを受けられる状態にしたとは思ったのですが、そこはやはり急ごしらえ、大学にも入ったばかりという事も相まって精神的に余裕がある状態ではありませんでした。   でもそれを抜いてもこのオーディションは受からなかったと思います。その時受かったロシア人ソプラノの圧倒的な声といったら!本番も見に行きましたが、レベルが違いました。彼女は美しく、人間的にも素晴らしい人。既にエージェントに所属してプロとして仕事をしていて、ドイツから引っ越したばかりのオーストリアでのVISAとコネクション作りの為という明確な目的があって大学に在学していたのです。ウィーン音大の特徴として、そのような人は珍しくなく、私が在籍中もウィーン国立歌劇場の専属歌手が3人普通に授業やレッスンを受けたりしていました。前日にウィーン国立歌劇場で歌っていたり、午前中に稽古があったりする中で凄いバイタリティです。   その他、こちらは私立であっても学費が安いので、レッスン、語学系の授業等諸々を全てプライベートで受ける事を考えると学生の方がお得、という事も間々あります。

オーディションの話に戻りますが、オペラに関わらす、俳優の方々のオーディションなどでもよく「入ってきた瞬間に決まる」という話がありますね。
大抵のオーディションでは

入室
挨拶


審査員からの指示(何を歌いますか?ではどうぞ、または、このアリアのここから歌って下さい等々)
(ピアニストとテンポの確認)←自分自身の100%に近いパフォーマンスをする為にも不安要素は歌う前に減らすべきです。この曲なら当然そのテンポだろうとあしらわれても気にしないことです。ピアニストを同伴する場合はもちろん要りません。
歌う

↓↑ この繰り返し、または1曲で終了(曲の途中で切られる事もある)

挨拶
退室

という流れだと思うのですが、オペラ歌手はもちろん入ってきた時の第一印象もさることながら歌いだしの一声が一番重要です。ドンナ・アンナのアリアでいうとレチタティーヴォ。緊張していた私は一言歌った所で、

あぁ、力みすぎている。このままではどんどん喉が締まってアリアの最後の技巧的な見せ場できっと自滅するだろう

と思ってしまい、すぐに歌唱をやめ、

「すみません、もう一度最初から歌いなおしてもよいですか」

と聞き、ピアニストにも謝り、一息ついて歌いなおしました。

きっと偉人伝ではその後の歌唱が素晴らしく、そうやって受かったというお話もどこかにはあるでしょうが、私レベルで、その後最後まで歌わせて貰えたのは一重に学生だから温情をかけて頂いたに違いありません。お陰で自尊心がズタボロにならずに済みましたが、いかに精神的な準備が必要かがわかった今でも忘れられない思い出です。


たかが一つのオーディション、されど一つのオーディション。

長くなってしまいましたが、ダ・ポンテ三部作、捨てる神あれば拾う神ありという事で、その後受かったオーディションもあったわけで…その話は次の機会に書きたいと思います。



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