毒・農薬・添加物、そして肉食と東京オリンピック
肉食・添加物・たばこ・コーラを離れ1年経過した我が身
ひとがこの世の中に生(せい)を受け、好むも好まざるもなく与えられたもので成長し、やがて自らの足で立ち自らの意思で自らが好むものを選択して食して生を維持していく。その姿する中で得た数々の食に関しての知識、生活環境の中で得た情報は時として正しく、時として正しくはないまま自らに備わって自身で影響を与えていく。ただその中において正しくとも実践しない人もいる。
昨年、突然我が身に訪れた「肉は食べ物ではない」「添加物は毒」「農薬まみれの食材」という知識はまず実践する事から始まり、1年をかけて自らの脳裏に毎日のようにアップデートされながらも1年間繰り返されて来た。それはある意味、いい意味での洗脳に近い形で自然にこの思考はこの1年後の現在の身体とともある。そしてこれからもこの身体はこの食生活に影響を与えられ続けていくだろう。自らは健康を意識するでもないままに確実に健康になっている。
肉を食べないという生活はそれまでも実生活の中にもあった。だが日本だけでなく欧州を駆け巡っていたこの身にとって、もし今同じように行動していたら、もしかしたら毎日海鮮パスタだったのかもしれない。この世界全てを巻き込んだ現在の世界情勢・状況に陥って渡航できなくなった事は、地中海の海鮮パスタを食べ尽くすチャンスを逃してしまったのかもしれない。しかし現実に外出すら控えている身としては、それらを食べたいという気持ちもあまりなく、毎日の食に対しても楽しく、制約を自らかけながらも苦痛ではないままに1年を経過して来れた。
日本を離れること以前に外出する事も極端に少なくなり、出先での食事は全くと言って良いくらいに無くなった。今更思うに世界の制限下の中、この自ら課した食事制限の中での外食もきっと料理の内容物に気を遣い、一緒に赴く伴侶を気遣い選択肢は自ずと狭まったであろう。実際、緊急事態宣言を挟んでそれが解除されても好んでまで外食はしないようになっており、献立を考えることから始まるそれがむしろ毎日の生活の糧となっている。食材を買い込み、家で料理を作る事が日課の楽しみとなっている。そしてそれはまるでヴィーガン宣言をしたかのように野菜中心、玄米食というまるで健康志向のセレブのような食生活が出来ている。
ヴィーガンになった人は突然友人を失い孤独になると考えつく。しかしそれ以前に今の世界情勢、時期も時期という事も手伝って、「じゃぁ、今度逢おう」という話もなければ「飯食いに行こうよ」という根本的に会話する機会すらなくなっている。反面、この現状に無策な政府に対して不信感や不満は募るばかりであり、それに加えて理不尽なオリンピック強行開催に向かっている姿は呆れるばかり。そんな無能政治はともかくとしても五輪、ワクチン報道で広告主様の言いなりでしかない事が明らかになってしまったテレビを今更ながら斜めに観ていていても気は紛れず、今回もテレビ新聞各社、日本政府の金儲け主義ばかりが目立って鼻についてしまっている。この感染オリンピック騒動は、これまで1年で学んだこの国の肉や添加物など「毒」への扱いも今回のこれらと同様に気持ち良いほど大胆に堂々と行われている。どれもこれもが『国民の健康や命を犠牲にした金儲け』として結びつく。
肉を扱う番組はすべて焼肉関係産業の広告ありきの内容で、番組内で安いタレントが食して有り難がる事で視聴者にそれを自らの感情のように植え付けて刷り込んでいる。料理をするとわかる肉の色、すぐに黒くなってしまう死体の肉をなぜあそこまで赤、ピンクに保てるのかを考える事が出来る人は肉は食べない結論になる。同じくワクチンの政府広告が入る情報番組内でのワクチン情報に「痛くない」という幼稚園児を相手にしたかのような情報のみで死亡者数は提示されない。番組内での肉、ワクチン情報はどちらもメインは広告主であり、プロパガンダのように美化された広報番組でそれらを悪く言うはずもない。
同様に駅などの大きな看板にも肉広告は登場する。そんな広告における正規のお金は広告代理店や末端の撮影者、設置場所の所有者などにまで及んでいる。しかし正規ではない流れがあるのも食肉業界。和牛券を主張した政治家との癒着にはまだ警察は立ち入ってはいないが、鶏肉業界では業界主と政治家が検挙された。それらの肉業界&政治家・テレビ局の戦略を私自身が今更ながらになって深く理解出来た現実であり、自ら思い返せば1年前まで私もそれまで肉食や添加物まみれとともに確実に洗脳されていた一庶民に過ぎなかった。
街を歩けば日本における海外との大きな違い、日本の便利さに道端の自動販売機とコンビニエンスストアがある。しかしこの1年を経て私の思考はその便利であったはずの自動販売機やコンビニの存在にまで影響が及んだ。私自身が自ら自動販売機やコンビニで陳列されているそれらを見るだけで「これ添加物」「これ農薬のお茶」「これゴミの果物」と購入する購入しない以前にこの1年でそれらを学んだ知識が披露できる。もちろんそれらは購入しないようになっているものは、そこにあるのは健康志向だからでは無く、「騙されない」という意思の元である。
まさに日々、政治献金、広告費を使い、政府やメディアを逆に先導する毒物産業が国民を犠牲にしてまでも行なわれてきた。その経済活動は購入者を殺してまでも金儲けに走って来たもの。現代の日本の「食」である。しかし片や健康志向をうたい、それを売りにして騙していたりもする。
世界が禁止にしているマーガリンひとつとっても企業ありきな行政というものを現在この世界を取り巻く状況でのオリンピックというひとつの物差しを置いてみるとわかりやすくなる。そう、政治家の国民犠牲の金儲け構造が食でもオリンピックに対しても同じに行われている。感染オリンピックによって誰がどの利益のための悪行なのかも説明つけやすくなった。そう考えるとこの感染状況、巻き起こされた現実社会は悪いことばかりでもないように思えてくる。この過酷な状況があるからこそ見えてくる本質だったり、それらがキチンと本当に必要なものは何なのか、本物と偽物の違いを明らかにしてくれている気がする。
ただそういった日常の風景の中として『コンビニエンスストアからおにぎりを持って嬉しそうに出てくる少年』を見かけてしまうと逆に憂鬱になってしまう。子供達が本当に安全で安心できる食生活とは?!それは日本に訪れるのだろうか!?日本がまともな国になるにはどうしたら良いのかを考えてしう。とりあえずは選挙に行くくらいしか出来ないのだけれども。
これまでの私自身、肉を食べる機会がそうはなかったり、着色料入りのものや添加物で出来ているようなモノは避ける傾向にはあった。しかし1年前までは必ず飲み物と言ったらコカ・コーラであった。
とりあえずビールではなく、とりあえずコカ・コーラ。世界各国を飛び回る中でそれはどこででも飲めた。スイスでは1本800円くらいした。しかし幼少、小中学生の頃に親に禁止されていたのもコカ・コーラだった。理由は「毒」ではなく、「骨が溶けるから」であったが、高校時代には自らで解禁を選んでしまった。自らの文化祭で歯科医の息子であった友人が持って来た抜歯した歯をコカ・コーラに浸け、柔らかくして包丁で簡単に切れるという親の禁止理由を証明するかのような実験、研究発表も行ってもいたにもかかわらずその前後してそれを好んで飲んでいたのである。
昨年まで自らの体はあんことコーラとタバコで出来ていると言っていた身、すでにコーラもタバコも肉食と同じくこの身から消えて1年が経過している。最後に残された『あんこ』ですらそれを包み込んだ『たい焼き』であったり『今川焼き』の皮の部分が乳製品、卵を使用している。こちらは健康に悪いという意味合いよりもそれらを産み出している環境が悪いという事を学んだ。今思うに、なぜ牛の乳を飲む事が当たり前になってしまっていたのだろう。なぜ根拠のないカルシウムを摂るのは牛の乳からと思い込まされていたのだろう。全く疑問に思わなかった問題も見る角度が変わると見えてくる。狭い狭いゲージに入れられた雌牛と雌の鶏。どのような状況でそれらが生み出されていたかは知っていた。今となって考えてみたら私自身も含めて酷いありさまだ。
あんこを含んだ製品、もちろん一番多く食していたスーパーやコンビニの和菓子は今となっては工業製品でしかない。裏面に記されている添加物の多さ、それは和菓子にあらずという事が手を出さなくなった最大の理由。そしてこれからの夏シーズン、アイスクリームしかりなのであるが、あんこ製品から離れた最大の要因は自らが無添加で家で作るようになったことが大きい。これらも実は現在の世界情勢にのった『おうち時間』の最大の恩恵なのかもしれない。
私自身がこれらを経験しながら1年を経過してみてわかった事、それは何も知らずに身体に悪いとされている「毒」そのものを摂取し続けなくて良かったという事になるのであろう。それは私自身の健康問題よりもこの国の毒を売ってまで商売をしている企業とそれを裏で認可し、引き換えの献金という形で儲けている政治家の罠にハマらなくて良かったという事に尽きる。
それぞれ各自の長いか短いかの人生を全うする人の中で、それら全ての悪行を消費者として国民として理解してそれらを避けて生活している。しかし全てをわかってはいても愛好品として好んで摂取し続けている人もいれば、そして全く知らずに摂取させられてしまっている人もいる。そこにはきっとそれぞれがそれぞれに幸せがあるのだと思うが無知のまま騙されたまま全うするのは勿体ない。
ワクチン接種もたばこも添加物もこの国では禁止薬物ではないがために自己責任で摂取(接種)できる。私に限らず一人一人に選択の自由がそこにある。選択したどれが一番幸せなのかはひとそれぞれであり「たばこは体に毒だよ」と言われたり自らが自覚したりしていながらも喫煙を続けている気持ちも良くわかる。同様に「肉は身体に毒だよ」「添加物は身体に毒だよ」「日本のコカ・コーラは世界でも最悪な成分で毒だよ」と言われてもそれらを好んで摂取し続けているひともいる。しかしそれが自らの身体に影響が及び、症状としてわかる時にはすでに手遅れとなる。ただ自覚や知識はありながらも摂取を続けている人もいるという行為自体、今を生きる事であり、今の選択が将来に影響になるといことを忘れてはならない。
テレビの料理番組で使う表現「うま味調味料」なるものは、同じものが表現を変えると「化学調味料」になり、身体に悪いという事で「不使用」が売り文句になる。でもそんな事は味の素が広告主のテレビでは語られない。身体に悪い化学調味料を売って、企業イメージをあげるためにスポーツ施設に多額の広告宣伝費を投じている。オリンピックではなくともスポーツの政治利用がここにある。広告主様が神のような商業メディアの垂れ流す巧みな騙しに人々が引っ掛からなければ「味の素」は企業として「毒」を売らずに真っ当な製品開発をするようになる。それを推し進めるのがこの国に生きる国民の最も大切な事であり、次世代の子供達に安全な食を引き継ぐ義務となる。感染拡大となる東京オリンピック強行開催に進む事でテレビ新聞メディア、政治家が行っている事がどれほど酷い事であるかを知り、食や生活においても全く感染オリンピックと同じことであるということを広める良い機会となっている。
大腸癌や各種癌の要因となる肉食を推奨し、毒物添加物の日常の多量摂取で身体を壊させる。喫煙で肺がん、心臓病、各種疾患の種を税金という名で種を撒き、壊しておきながらも病院での再度の有償で治療。治りかけても製薬会社で薬漬けにして息の根が止まるまで薬漬けで完璧にむしり盗る。有名タレントを起用してメディアに広告を出し、製薬会社の政治献金でシステムを維持する。政治家は肥えて誰も止めるものもいない。これはそのままこの東京オリンピックの仕組みと同じなのである。日本たばこ産業株式会社の大株主はどこでしょう?!それを調べるだけでも学びは前進をする。
国民を不健康に陥れて医療費でむしりとるは今回に始まった訳ではなく、今回のワクチン接種で儲かる企業、儲かる政治家はいつもの繰り返しの事でしかない。癒着と天下りと税金無駄使いの温床大国、その国の感染オリンピック。これは厚生労働省に限らず通産省、そして話題にもなった感染オリンピック人材派遣会社パソナの8割中抜きにもあたりまえとしてこれまでもあった。日本の土木事業は普通におこなわれていることであり、元請け、孫請け、ひ孫受け、夜叉孫請け・・・末端な労働者は発注金額では想像もつかない最低賃金を受け取れるだけである。「国土交通省がある限り安泰だ」今回のオリンピックにはまったく擦りもしなかったある土木事業経営者は教えてくれた。
肉を食べないという自らが課した制約、添加物を摂らないという制約、不都合にも思えるこれらは、不都合さゆえに工夫を凝らして活路を見出すことが出来る。そして立ち位置を変えれば今まで見えなかったものまで見えてくる。世界的に起きているこの状況もそんな不都合な事態も良いきっかけとして活用出来たならば、これまで見えなかったものまで見えるようになって来るのであろう。
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