見出し画像

沖縄県の日本離脱、ジャパジット

 その言葉は、誰が言い出したのか分からない。だがSNSで広がっていた。
 沖縄県で県知事選があり、沖縄県の日本離脱、ジャパジットを公約に掲げる立候補者が当選した。本来であれば、大きなニュースとして、取り上げられるべき内容であったが、昨今の東日本大噴火、西日本のボートピープル、北海道情勢の大きさの前に、霞んでしまった。
 新知事は、沖縄戦、琉球処分等、本土に対する歴史問題を公然と発言し、公務初日で公約を実行すると言った。日本政府は、国会議事堂ミサイル攻撃以来、首相が連続して交代していた事もあり、誰がこの問題に責任を持って対応するのか、不明だった。そのため放置された。
 だが折しも、東京都知事主導による日本知事会の発足もあり、その中に沖縄県だけ入っていない事が、判明したため、改めて沖縄が意識された。ただどちらも、日本政府に対する不信から成り立っていたので、水面下で、何度も話し合った形跡はあった。
 結局、不参加という形となり、沖縄は琉球に名前を変えて、大陸の傘下に入る方向で、調整に入った。当然、日本政府は認めないし、地元でも反対派が激しく抵抗した。特にデジタル選挙で、不正があったと主張した。だが沖縄選管は不正を否定し、調査を拒否した。
 沖縄離脱は憲法違反である。本土側からよくそう言われたが、新知事は、選挙で沖縄離脱の公約を掲げて、当選したのだから、民意があり、ジャパジットは正当性がある、と主張していた。本土側は全く了解していないし、そもそも沖縄単体でやっていけるのかと指摘した。
 この問題は、「どうせできない」という見方もあり、実行面の困難さが指摘された。そのため新知事の発言は、あまり真面目に受け取られない向きもあった。一種のポーズ、プリテンドである、という批評家さえいた。ただ大陸が歓迎を発表し、毎日、報道官がこの件に触れた。
 実際問題として、県知事の行政命令でも、動かない下部組織は幾らでも存在した。マスコミのインタビューでも、公然と新知事の公約に反対を唱え、現状維持を宣言する警察や消防がいた。新知事が初登庁する日が近づいたが、さほど波乱の様子もなく、沖縄県は静かだった。
 ただ本土から、偵察総局の沖縄担当者の出張が相次ぎ、大陸関係と折衝している様子が、各国の諜報関係者の間で、分かっていた。これは対外的には、日本政府にその意志があるという風にも見えた。新知事は新知事で、本気だったかもしれないが、全く別の問題が起きていた。
 沖縄に利害を持つのは、日本と大陸だけではなかった。ここに一つの軍がある。
 
 沖縄の嘉手納(かでな)飛行場に、そのサングラス姿の黒人は降り立った。合衆国海兵隊の制服を着ている。階級は中尉だ。軍の主力輸送機C-17 グローブマスターIIIで到着した。
 「Hey! taxi!」(タクシー!)
 空港を走る軍のジープを捕まえると、勝手に飛び乗った。タクシー・ドライバーが見る。
 「……Until where?」(どこまで?)
 「To Camp Butler!」(バトラー基地まで)
 キャンプ・バトラーとは組織名称である。具体的な基地名ではない。沖縄米軍基地の司令部が置かれ、海兵隊中将が四軍を統括する。所謂、沖縄基地司令官と言われる役職だ。この組織は、キャンプ・フォスター、もしくはキャンプ瑞慶覧(ずけらん)にある。
 ジープを運転する若い軍曹は、空港を出て瑞慶覧を目指した。通りのヤシの木が見える。
 「……What a Southern country! I feel good.」(流石、南国!気分がいい)
 市内を走るジープは風を切る。吹き抜ける風が温かく柔らかい。天国のようだ。
 「From which state?」(どこのクニから?)
 「……Washington. It’s a desk work!」(ワシントン。デスクワークさ!)
 そのサングラス姿の黒人はおどけてみせた。
 「Are u elite?」(エリートか?)
 「……No! I'm a jack,…of all trades. I'll do it from peep to peep!」(何でも屋さ。覗き屋だ)
 そのタクシー・ドライバーは首を傾げていた。ふと見えてきた基地の外で騒ぐ群衆を見た。
 「……What is that?」(アレは何だ?)
 その中尉は、プラカードを持っている人達を指差した。
 「They are protesters. An anti-base movement?」(デモさ。反基地運動?)
 「……Oh, I see.」(へぇ、そうなんだ)
 若い軍曹にそう答えていたが、中尉は問題が分かっている訳ではない。
 「We'll be at the base soon. What's your name?」(基地はもうすぐだ。名前は?)
 「……Me? known as Clairvoyance Joe」(俺か?覗き屋のジョーさ)
 
 クレール・ボイヤンス・ジョー。通称、透視能力のジョーと言われていた。彼は六大神通力のうち、天耳通(てんにつう)と他心通(たしんつう)を持っていた。彼はワンマンアーミーとも言われた。階級は中尉だったが、合衆国大統領と直接会話してよい権限を持っていた。
 合衆国が彼を重視した理由は、彼が弾道ミサイルを見分ける力を、持っていた事だった。
 飛んでいる弾道ミサイルが、核ミサイルなのか、通常ミサイルなのか、見分ける術はない。
 だがクレール・ボイヤンス・ジョーは、天耳通でこの区別が付いた。そのための核関連の専門知識さえ持ち合わせている。合衆国にとって、誠に得難い人材だった。
 元々、ニューヨーク市警察に雇われていた探偵だったが、幾つもの迷宮入り事件を解決しているうちに、軍からお声が掛かり、その実績から本物の超能力者と認定された。最初は他心通を使った、対人諜報活動が中心だったが、最近は天耳通で、敵基地偵察まで任される。
 まさにワンマンアーミーだった。
 彼は一人で戦略級の価値があり、とても便利な存在だった。何よりも、天耳通と他心通で対象や相手を調べても、決して足が付かない。一方的かつ安全に情報が取れるのだ。尤も、向こうにも同等の能力者がいた場合、話は別だった。その場合、超能力戦が発生する。
 各国、秘密裏にESP部隊の創設に躍起になっていた。それこそ、旧軍の陰陽師部隊を遥かに上回る規模で、予算が組まれ、本気で取り組まれた。クラスやカテゴリーまで作られ、何やらゲームやアニメめいた研究が行われた。無論、マッドサイエンティストたちも暗躍していた。
 合衆国には、他にも大統領特別警護隊の中に、秘密の役職が存在し、霊的なスクリーンを張って、大統領の心を読んで来る超能力者を防ぐ者がいる。これも代々担当者が引き継がれていた。現在、軍に数人、政府に数人、民間に数人というのが、合衆国が把握している数字だった。
 合衆国は、ESP部隊の創設までは漕ぎつけていない。各部署が、人材を出したくないからだ。こんな有為な人材、どこも手放したくない。当然、自分の部署で使い倒した。
 クレール・ボイヤンス・ジョーも政府や軍から引っ張りだこだったが、今回は特殊任務で沖縄に赴任する事になった。彼が北米本土を離れるのは、珍しかった。特に欧州で限定核戦争が起きてからは、いつ何時でも呼び出しを受ける可能性があったからだ。
 基地の入口でタクシー・ドライバーと別れると、中尉は基地司令部に入った。
 
 「Welcome to the front line. Lieutenant!」(最前線にようこそ。中尉!)
 その海兵隊中将はオフィスでそう言った。中尉はサングラスを取って、不動の姿勢を取った。
 「Don't be afraid. Clairvoyance Joe」(畏まらなくていいぞ。透視能力のジョー)
 中尉は姿勢を楽にした。天井で大きなファンが回っている。
 「Do you hear the mission?」(話は聞いているか?)
 「……Yes, I attended the briefing before departure」(出発前にブリーフィングを受けました)
 「OK. Vacation is over. Mr. President will be leaving Florida soon.」
 (そうか。休暇はお終いだ。大統領閣下も近くフロリダを出るだろう)
 それは聞いている。だが沖縄が最前線とは穏やかじゃない。
 「……Are ballistic missiles flying?」(弾道ミサイルが飛んで来ますか?)
 「Is there any other reason why I should call you?」(それ以外にお前を呼ぶ理由があるのか?)
 中尉はOh My God!と呟いた。最悪だ。まぁ、核ミサイルじゃなければいい。
 「Are they form the continent? The Taiwan issue?」(大陸からですか……例の台湾問題?)
 「Yes! That's it. Here under attack.」(そうだ。ここが攻撃を受ける)
 中尉は頷いた。それは理解している。基地司令は続けた。
 「But Okinawa says it will leave Japan's administration.」
 (だが沖縄は、日本の施政から離れると言っている)
 中尉は目を白黒させていたが、海兵隊中将の言葉を待った。
 「It's a special presidential order. Our army takes control of Okinawa.」
 (大統領特別指令だ。我が軍が沖縄を掌握する)
 その後、基地司令は解説した。要するに、沖縄返還の1972年以前の状態に戻すらしい。
 「……Aye, Aye, Sir!」
 
 それからクレール・ボイヤンス・ジョーは、個室で、沖縄関係者のアルバムを広げて、待機状態に入った。沖縄新知事の顔写真を見ていると、他心通で、心の声が聞こえてきた。
 ――沖縄は独立だ。大陸に朝貢して、保護してもらう。米軍も追い出す。
 新知事は自宅で、明日の初登庁を心待ちにしていた。自宅の周囲は人の気配がやけに多い。
 ――まずは親方(おやーかた)就任だ。王朝再興だ。琉球を処分し、沖縄戦で見捨てた本土に復讐だ。絶対に許さない。同じ目に合わせてやる。だから大陸と手を組み、本土進撃だ。
 ジョーは首を傾げた。何の事か分からない。だがこの男の影が、動いている事が分かった。何かに取り憑かれている。いつもの事だが、悪霊の類か。どっちの考えか、区別が付かない。
 自宅の周囲で動きがあった。海兵隊と警護の者で戦闘が起きた。遠隔で様子を見ていたが、やけに敵は強い。これは日本人ではない。新知事を警護する者たちの強さは、普通ではなかった。謎のメカまで登場した。だが困難を突破して、海兵隊は新知事を自宅軟禁した。
 作戦の第一段階は成功だ。だが大陸側も次のフェーズに移るだろう。サイバー戦だ。
 だがそれは30分もしないで起きた。コーヒーを飲んでいると、脳裡にビジョンが閃いた。
 大陸からの弾道ミサイルだ。全部で16発。目標はバラけている。沖縄本島に8発。離島に8発。天耳通で見る。通常ミサイルだ。いや、一発だけ違う。これは……。核だ。核ミサイルだ。
 クレール・ボイヤンス・ジョーは戦慄した。本気で撃ってきた?何て事だ。基地に報告を上げるか。いや、こちらで対処しよう。一発くらいなら、遠隔で起爆装置を破壊できる。
 ジョーは、自分の能力を隠していた。物理的な念動も使える。遠隔でピンポイントで物が壊せる。金属でもOKだ。この能力はできれば、隠しておきたかった。情報を取るのとは違う。物理的な力だ。周囲に警戒心を引き起こすだろう。ただでさえ他心通で警戒されているのだ。
 ジョーは、ありのままに報告した。だが同時にサイバー攻撃も始まっており、基地は混乱していた。それでも基地はミサイル迎撃態勢に移行する。レーダーで追跡して、迎撃ミサイルで全弾撃ち落すつもりだ。だが沖縄に、Xバンドレーダーはない。迎撃失敗の可能性がある。
 だが一発だけ、どうしても、外してはいけない奴がいる。核ミサイルだ。一発だけ紛れ込んでいるが、それはこのキャンプ・フォスターを狙っている。つまり、沖縄本島だ。
 恐らくこの後、台湾沖で戦いも始まるのだろう。しかしその前に、こいつを始末しないといけない。今までやった事がないが、ぶっつけ本番だ。飛んでいる核ミサイルの爆縮レンズを破壊しにかかる。間に合うか?流石にジョーも焦っていた。できる。できる筈だ。
 沖縄の蒼い空に、大きな放物線を描いて、東風4号が15発、東風21号が1発飛んでいた。
 
          『シン・聊斎志異(りょうさいしい)』エピソード77

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?