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貧乏神の正体、それは元経営者でコンサル。そして今は透明人間

 貧乏神は存在する。
 実はオレがそうだからだ。
 いや、待て。疑うな。確かにいるんだ。
 貧乏神ってのはなぁ、コンサルなんだよ。コンサル。
 怪訝な顔をしているな。考えるな。感じろ。ほら、お前も利益薄いだろ?
 俺はなぁ、そんな困っている奴に、耳元でアドバイスしてやるんだ。
 ――ケチれ!ここに利益がある!これはリスクマネジメントだ!
 これでも元経営者だ。100人前後の会社を経営していた。施設を管理する事業だ。ビルとかボイラーとか、そういうのだ。24時間365日だ。人を派遣する。IT系もあるが、製造業が多い。残念ながら、この人数で、年商が10億に達せず、会社は薄利だった。
 だが法律が変わり、夜勤は年二回健康診断を受けないといけなくなった。
 その時、オレは経営者として、会社負担で、年二回も健診は嫌だった。
 会社の利益が削れる。なぜ年二回も健診を受けなければならない?
 だから従業員と結託して、本人が嫌がっている事にして、健診逃れした。
 まぁ、ちょっとした節約だな。別に人道に反している訳でもない。
 だがある時、従業員の一人が、業務中に死んだ。不健康だったらしい。
 そいつは夜勤で菓子を食って、いつもボリボリしているような奴だった。
 会社に調査が入り、組織的に健診逃れをやっていた事が発覚した。
 遺族はオレを断罪し、裁判所に訴えると言い出した。
 それまで健診逃れに協力的だった社員たちも、口を揃えて非難し始めた。
 何だよ。お前ら。お前らだって、健診ダルイとか言ってたじゃないか!
 オレは追い詰められた。たかが健診じゃないか!不健康な本人が悪い。
 だがオレはお縄を頂戴した。東京都は健診逃れを許さなかった!
 マスコミにも、でかでかと「健診逃れ組織的犯行」と書かれた。
 いや、待て。健康診断で、なぜそこまで騒ぐ?死人が出たからか?
 だが健診を受けない本人が悪いんだぞ。
 オレは「健診ってダルイよな」とか、ちょっとそう言っただけだ。
 これが罪になると言うのか?最終的には本人の判断だぞ!
 結局、次々契約を打ち切られて、鮮やかに会社は倒産した。
 それから世を呪ったオレは、高い処からダイブして、異世界転生した。
 コンサルだ。経営者を指南する。利益が薄くて困っている奴はいないか?

 そいつは食品卸売業者だった。うなぎを扱っている。
 だが近年、日本うなぎが激減し、大陸うなぎが増えた。
 困っていた。利益が削れたからだ。大陸うなぎは売れない。
 オレはそいつの耳元で甘く囁いた。
 ――うなぎなんて、タレで誤魔化せる。タレをかけろ!
 その日から、そいつの業績は、うなぎ登りに上昇した。
 無論、お店の方も根回しはしておいた。共犯だ。
 ――とにかく、タレを塗れ!素材の味が分からなくなるまで。
 お客は、首を傾げて、うな重を食べている。わかりゃしない。
 そう利益とは、共犯関係なのだ。皆満足なら、それでいいだろ。
 食品卸売業者も、うなぎ屋の店主も、全部自分の考えでやったと思っている。だから自分の手柄だと考えている。そそのかされた方は、オレの存在に全く気が付いていない。まぁ、いいだろう。コンサルとして、オレは仕事をした。鼻が高い。天狗だ。次を探す。

 それからオレは、利益が薄くて困っているコンビニオーナーを見つけた。
 早速、お店の調査に入り、コンサルとして目を光らせる。どこに問題点があるのか、チェックする。ふと、廃棄直前の総菜パンが並んでいた。コロッケパンだ。
 三個仕入れて、一個売れて、二個廃棄だと赤字だ。利益が出ない。
 二個売れて、一個廃棄でやっと利益が出る。だが廃棄分、利益が削れる。
 ――ケチれ!ここに利益がある!
 オレはコンサルとして、コンビニオーナーにインスパイアした。
 そいつは、ふらふらとレジに行き、商品バーコードを読むと鳴る廃棄ブザーをオフにした。レジの設定変更だ。これで売れる。廃棄は出ない。買う時、期限なんて見る奴はいない。
 どうせ食べられるのだ。スーパーなら、ディスカウントして売る。
 なぜコンビニではそれをしない。これは改革だ。いや、革命だ。
 コンビニオーナーは、心ここにあらずという感じで、ぼーっと立っていたが、アルバイトの子たちは、廃棄ブザーが鳴らないお弁当やおにぎり、総菜パンを売って行く。黒字だ。
 仕入れた分だけ、必ず売れるのだから、お店にとって、利益しかない。
 こいつも、全部自分の意思でやったと思い込んでいる。オレの存在に気が付いていない。どれ、ちょっと挨拶してやろう。オレは笑顔で、コンビニオーナーの後ろに立つと、ポンと肩に手を置いた。何となく、振り向いたそいつの顔は、真っ青な顔をしていた。
 傑作だ。ちょっと気が晴れた。経営者がケチって、何が悪い!

 それからもオレは、牛丼屋で同業者に、村娘をしゃぶしゃぶに連れて行くと発言させたり、旅館経営で、お風呂のお湯を取り替えないとか指導をした。全部、オレのインスピレーションだ。困っている経営者を助けている。善行だ。オレはいい事をしている。鼻が高い。
 「……ちょっとそこの貧乏神。人をそそのかすのはやめなさい」
 呼ばれて振り返ると、死神美少女が立っていた。大きな鎌を持っている。
 「オレはコンサルだぞ。元経営者だ。知見がある」
 そう凄むと、死神美少女は嘆息した。
 「……あなたが指導した人は皆、破滅している。完全な悪行」
 死神美少女がそう言うと、簡易版、照魔の鏡(スマホ版)が出現して、ニュースを映した。
 うなぎ屋が潰れていた。大陸うなぎを日本うなぎと偽って売っていたためだ。卸売業者と結託して行われた、組織犯罪であると報道されていた。
 ああ、バレたのか。だが生き残るためだ。仕方ない。
 それから、コンビニオーナーが、お店を畳んでいた。廃棄を売っているのが客にバレて、本部にタレ込まれたらしい。それがマスコミにリークされて、一大事になっていた。ブランドイメージに大打撃を与えたとして、賠償金まで課せられた。
 ああ、これもダメだったか。いい手だと思ったのに。
 「……この人たちも、放っとくと、あなたのお仲間になる。助けないと」
 「高い処からダイブして、異世界転生?そして透明人間?」
 オレが尋ねると、死神美少女は頷いた。
 「……牛丼屋は放っとくとして、旅館経営の人は助けたい」
 「なぜ?」
 「……あなたみたいな貧乏神が増えて、人をそそのかしたり、人を乗っ取って、活動されるのは大迷惑。関係者は全員、地獄行きになる。やめて」
 「そうなのか?誰もオレの事なんか、分からないんじゃないのか?」
 どういう訳だが、誰もオレの存在に気がつかない。話し掛けても皆、無視する。見えていないのか?透明人間になった気分だ。だが皆に干渉する事がゼロになった訳ではない。ルールのようなものは存在する。オレが薄利で困っている経営者に、耳元で甘く囁く時だけ、魔法が発動するのだ。奴らの心とオレの心が通じて、オレのインスピレーションが届くのだ。
 ――ケチれ!ここに利益がある!これはリスクマネジメントだ。
 だが、経営とかそういう事に関心がない奴には、オレの声は届かない。
 「……あなたは後でエンマ様の処に送るけど、罪滅ぼしに手伝いなさい」
 死神美少女は、むんずとオレの襟首を掴むと、引きずった。
 「何処に連れて行く?それになぜオレに触れる?」
 オレは異世界転生して、全部、ものが通り抜ける体になった。透明人間だ。そうだ。透明人間は存在する。実は街中、透明人間だらけなのだ。無論、透明だから見えやしない。
 「お前は何者だ?どうしてオレに干渉できる?」
 「……私はあなたより上位の存在。だから干渉できる」
 そうだったのか。貧乏神は死神より格下なのか。残念だ。だが美少女だからいい。
 「……私の本当の顔を見る?」
 いや、それは止めておこう。ドクロなんか見えた日には、縁起が悪い。
 オレが指導した旅館に着くと、早速二人で経営者の処に行った。青い顔をしている。
 その経営者は、良心に耐えかねた従業員によって、保健所に通報されていた。ずっとお湯を取り替えないで、客にお風呂を提供していた。だから衛生上、問題が起きていた。
 お湯を取り換えれば、済む問題だが、手間をケチった。貧乏神の囁きのせいだ。
 「私は取り返しのつかない事をしてしまった。お客様の信頼を損なった」
 その旅館経営者は、全身から真っ黒な煙を吹いていた。貧乏神がそっと寄り添う。
 ――だが生き残るためだ。仕方ないじゃないか。世の中が悪い。
 オレがそう囁くと、後ろからポカ!と叩かれた。振り返ると死神美少女がいた。
 「もう!またやった。せめて一件くらい自分で止めなさい。これはあなたのせいだから」
 そう言われたが、オレは途方に暮れた。もうバレたものはしょうがない。大体、お湯で死ぬ奴なんているのか?オレは健診逃れで、死人を出した事になっているが、アレも納得いかない。それに比べれば、軽微な方だろう。何も死ぬ事はない。どうせ世の中、すぐに忘れる。
 「その経営者が自殺すると、今度は保健所に通報した人が苦しむ。だから死なせちゃダメ」
 死神美少女が言った。そうか。まぁ、そうかもしれない。自殺防止は大切だな。
 「私は死神だから救済力はない。貧乏神のあなたが救いなさい」
 ちょっと意味が分からない。だがコンサルの仕事だ。貧乏神の正体、それは元経営者でコンサル。そして今は透明人間だ。実は何でもやりたい放題だが、オレは道徳的人間なんだ。
 ――お前の罪はオレが背負おう。お前をそそのかしたのはオレだ。
 その時、微かにオレの体が光って、天井から電気の光がペカーと射した気がした。
 ――先に地獄で待っている。オレと同じ道を辿るんじゃないぞ。経営者としてケチるな。
 その旅館経営者は静止している。通じたのかどうか分からない。
 「間違った節約だったのか」
 そんな事を呟いていた。まぁ、そうかもしれない。だが生き残るため、ついついケチに手を出してしまう。これほど甘い罠は、経営者にとってない。分かるか?分からないよな。
 「……とりあえず、これでいい。この人の運命が変わり、世界も変わる」
 死神美少女が、不思議な事を言っていた。この後、オレが閻魔庁に送られて、公開裁判の後、地獄に行ったのは言うまでもない。だが多少、減刑されていた。善行だ。

         『シン・聊斎志異(りょうさいしい)』エピソード102

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