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怪力乱心!内閣総理大臣VS東京都知事

 「私の代では無理だったが、君の代で消費税と相続税を全廃して欲しい」
 その内閣総理大臣は、応接室のソファーに座りながら、外務大臣にそう言った。
 「……と言いますと?」
 「国は税金を取り過ぎている。所得の再分配は地獄への道だ。最終的に共産主義化する」
 総理大臣はハイエクの『隷属への道』を紐解いた。すると秘書官が駆け込んで来た。
 「……総理!大変です!クーデタです!」
 「一体誰が起したのかね?」
 「……東京都知事です!」
 総理大臣と外務大臣は一瞬、互いに顔を見合わせた。
 「ああ、長野に遷都すると言ったからか?」
 先日、カルフォルニア陥没に伴う津波に備えて、海岸から内陸まで、最低50km避難するように国民に勧告している。その一環で、政府は東京を放棄すると宣言した。無論、一方的だ。
 「……でも実行部隊は何ですか?外国の傭兵?」
 外務大臣が尋ねると、総理大臣はニヤリと笑った。
 「特警の有志諸君と偵察総局の殺人機械だろう。東京都と偵察総局が手を組んだ」
 「……はい、警視庁のSATが確認されています。対テロ装備です」
 秘書官がそう言うと、総理大臣はやれやれと肩を竦めていた。
 「日本でクーデタとか、寡聞にして知らないし、もはや意味不明だが、私が総理をやっていると何でも起きるな。陸軍の予言を信じたくなる。早く君に代変わりしないといけないな」
 総理大臣はそう言って、本を閉じると、外務大臣と共にソファーから立ち上がった。
 
 東京大深度地下は、地下1,000mを越える要塞都市だ。最深部は地下2,000mを越え、大規模原発がある。ここを基点に、10万人規模の都市構造を持っている。歴代の内閣が半世紀かけて、少しずつ構築してきた。日本が誇る秘密基地である。
 そこに腕章を付けたSATと、偵察総局の殺人機械が急襲した。だが彼らは精鋭ではなかった。本当の精鋭はFTSのサキュバスだった。特に深紅の弐号機の活躍が目立った。
 東京都知事と偵察総局、そしてFTSの三者は、反総理で結束していた。全ての利害は一致している。あの総理大臣を除けである。最早、自分たちの害にしかならないと判断していた。無論、彼らの信じる正義でも、日本のためにならない。
 「……ここまで来ますかね」
 その秘書官は、モニターを見ながら、総理大臣に尋ねた。戦況は芳しくない。
 「来るだろうな。このままのペースで行けば」
 突入部隊は二手に分かれて、侵入して来たが、どちらも迷いなく、正解ルートで突き進んでいる。途中にあるトラップも、回避するか、破られている。原発を制圧するチームと、総理大臣を倒すチームに分かれているようだ。防衛する側は有利な筈なのに負けている。
 「後でどこから情報が洩れているか、洗っておけよ」
 総理大臣はそう言うと、地下司令室を離れた。秘書官が声をかける。
 「……どちらに?」
 「ちょっと都知事に会ってくる!」
 総理大臣は外務大臣と共に、エレベーターに乗って、地上を目指した。
 「……一体どうされるのですか?」
 「向こうが飛車角で、王手を掛けて来たから、こちらは玉で王手を掛ける」
 「……敵陣に直接乗り込むつもりですか?」
 外務大臣が驚くと、総理大臣は言った。
 「向こうの主力はこちらに回されている。攻撃するなら今だ。敵の本隊はがら空きの筈だ」
 総理大臣は、少人数でCH-47JAチヌークに乗ると、東京都庁のツインタワーを目指した。
 
 そのまま、屋上のヘリポートに着陸する。ヘリから降りたのは、総理大臣、外務大臣そして警備主任の左慈道士、あとは秘書官が数名だ。階下の東京都庁 45階北展望室に入った。ここは普段、閉鎖されている。だがすでに人がいて、戦闘が始まっていた。魔法戦だ。
 「お父さん!」
 魔法少女がいた。傍らにマグダラのマリア、そして白猫もいる。対峙している相手は、量産型サキュバスが三体。あとは黒衣を纏った2メートルを超える長身の男、白衣を着た白人男性、それから東京都知事だ。悪魔営業、偵察総局局長はこの場にいない。
 「……貴様!なぜここにいる?」
 東京都知事は、総理大臣を見て、驚いていた。
 「地下室に籠るのは好きじゃない。地下室に籠るのは文学をやる時だけだ」
 総理大臣はそう答えたが、皆スルーした。ちょっと意味が、分からなかったかも知れない。
 「……だがちょうどよい。返り討ちにしてやる。お前たち!やれ!」
 量産型サキュバスが一人向かって来た。両手から紫電を発している。スパーク寸前だ。
 「やらせないよ!シュート!」
 総理大臣の娘が、ファンシーステッキから光弾を撃った。見事命中して、後退する。
 「……マドカ!右!」
 別のサキュバスが突然、真横に姿を現した。姿隠しの類か。だが魔法少女は、ファンシーステッキを振るって応戦する。マグダラのマリアも加勢した。そのサキュバスは姿を消して、後退する。最後の一人は、右手で指鉄砲を作ると、光弾を撃った。味方の後退を援護している。
 「気を付けて!量産型も個性化している。得意技、隠し技があるかもしれない」
 マグダラのマリアがそう言った。魔法少女は黙って頷く。そう言えば、この二人、いつも一緒に戦っている。マスターとアプレンティスか。あるいはソロリティのスールか。
 「……主力を送ったのは失敗だったな」
 総理大臣がそう言うと、東京都知事は白衣を着た白人男性を見た。
 「それはどうかな?ヘル?」
 するとその時、白衣を着た外人が、ドイツ語で何か叫んだ。
 「Ich befehle im Namen Vaters. Meine Tochter! Nach Hause gehen!」
 (父の名をもって命じる。我が娘よ!帰宅せよ!)
 弐号機が一瞬で帰還した。東京大深度地下から、都庁展望台45階までワープした。魔法か?だが術式が見えなかった。科学かもしれない。宇宙人のオーバー・テクノロジー?
 「という訳だ。飛んで火にいる夏の虫だったな!」
 東京都知事は哄笑している。報告によると、この赤い弐号機は飛び抜けて強いらしい。地球外のテクノロジーが投入されており、人類の限界を超えている。LGBTQ仕様だと言う。
 「そしてこの場にいる全員が戦える!」
 黒衣を纏った2メートルを超える長身の男が、マグダラのマリアに触手で襲い掛かった。魔法少女には、三体のサキュバスだ。深紅の弐号機が、総理大臣に迫る。
 「ダメ押しだ!危機管理!」
 東京都知事も、スマホをかざして、変身した。マスクド都知事だ。レイピアを装備している。
 「……やれ!左慈道士!」
 総理大臣の警備主任である仙人が応戦した。宇宙人のテクノロジーVS東洋の仙術だ。どちらが勝つのか?だが火力で勝る弐号機を、技術で抑え込んでいた。仙人は伊達じゃない?
 「Sterben! Dummer alter Mann!」(死ね!ボケ老人!)
 「この娘?じゃじゃ馬過ぎて、手に負えんわい。ワシも仲間呼んでいいか?」
 「……好きにしろ!俺にも武器をよこせ!」
 総理大臣がそう言うと、左慈道士は、咄嗟に目に付いたマスクド都知事のレイピアをコピーすると、サンタクロースと花咲爺に電話していた。スマホだ。総理大臣はレイピアを手にする。
 「革命はインテリが始めると言うが、お前はインテリじゃない。ただのモンスターだ」
 マスクド都知事のレイピアは鋭かった。総理大臣はレイピアで防戦する。
 「モンスターは社会に隠れて生きる分には問題ないが、訳の分からない過去世とやらに引きずられて、この世で呪いを巻き散らすのはやめろ。万人の迷惑だ」
 マスクド都知事のレイピアは、突きの嵐を浴びせる。総理大臣は防戦している。
 「怪力乱心などと、人の革新のような事を言ってみたところで、極一部の能力者だけが、支配する世界を目論んでいるだけだろう!古いんだよ!そういうのは!」
 マスクド都知事のレイピアが、浅く右肩に突き刺さった。総理大臣の血が流れる。
 「ずっと貴様が憎かった」
 マスクド都知事はレイピアを抜いて、襲い掛かってきた。総理大臣は巧みに躱す。
 「……いつから知っていた?」
 総理大臣も応戦する。フェンシング?だが防具はない。
 「議員の予備選挙の時からだ。反DXって何だ?ふざけるのも大概にしろ!」
 「……まだ選管から正式な報告が出ていないが、選挙妨害をしたのはお前だな?」
 総理大臣とマスクド都知事は、レイピアを交叉させたまま睨み合った。
 「FTSにやらせた。だが証拠は出て来まい」
 実はあの後、選管から一回だけ連絡があり、Dear Barbizon 西麻布ビルのアドレスまで掴んだ。そこから悪魔営業とFTSによる工作の線までは、掴んでいると報告があった。最終的な報告はまだできないが、調査には時間が掛かると言う。恐らく間に合わないだろう。
 二人は鋭い金属音を放つと、互いに離れた。
 「DXも、AI管理も、全て世界の趨勢だ。管理社会が到来する。Follow The Science(科学に従え)だ。所得は再分配され、貧富の差は生じない。公平で平等な社会の実現だ。人類は気候変動を管理社会で乗り切り、宇宙の扉を開ける。スペース・ピープルはそこで待っている!」
 マスクド都知事がそう言った。総理大臣は、長い舌触手で、マグダラのマリアに巻き付こうとする、黒衣を纏った2メートルを超える長身の男を見た。あれがスペース・ピープルか。
 「……自分は江東区の生まれでな」
 その内閣総理大臣は、反論らしき事を言い始めた。
 「……昔から下町職人気質の環境で育ったが、どうにも馴染めなくてな」
 「何の話をしている!」
 「……だから欧州に行ったんだ。遊学だよ。そこでドイツとフランスを見てきた」
 「だから何の話をしている!」
 「……生い立ちの話だよ。相互理解は必要だろ?トレランスだよ」
 「貴様が寛容を説くか!ふざけるのも大概にしろ!」
 だがその時、爆発音がして、展望室が揺れた。弐号機がモード・ビーストに入り、暴走している。仙人・サンタクロース・花咲爺が橇に乗って、逃げ出した。天井が空いている。青空だ。
 「お父さん!こっち!早く脱出しないと」
 娘が駆け寄って来た。都知事はレイピアを床に投げた。床が崩れ始める。ビルの崩落だ。
 「貴様とは来世決着を付ける」
 それが怪力乱心!内閣総理大臣VS東京都知事だった。だが戦いの後はいつも虚しかった。

            『シン・聊斎志異(りょうさいしい)』補遺005

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