見出し画像

8月、お〇パブに通う生臭坊主と金色大仏

 そこは宇宙だった。
 金色の大仏が鎮座している。
 巨大だ。巨大過ぎる。物凄い光だ。
 目が動いた。黙ってこちらを見降ろす。
 大きな手が動いて、バァン!と柏手を打った。 
 
 気が付くと、そこはお〇パブだった。寝落ちしていた?
 『Come on, let’s go?』お店の名前だ。いつも来ている。
 ドコドコと密林のリズムが刻まれ、ミラーボールがガンガン回る。
 夜だ。お店だ。お〇パブだ。今日も呑むぞ?
 乳、乳、乳、乳。それしかない。
 商品だ。売りものだ。酒池肉林だ。一時間8,000円だ。
 「……あ、また来ている~。いらっしゃ~い」
 嬢が挨拶して同席すると、寺の和尚は、相好を崩した。
 「ああ、いつもの奴頼む。特濃だ」
 黒服がリキュールの入ったグラスを持って来る。カルーアだ。
 「……え~。お坊さんが来ちゃダメなんじゃない?」
 嬢が受け取り、謎のサービスをしてから、寺の和尚に渡す。
 「いいんじゃよ。ワシは生臭坊主だからな」
 破戒僧だった。不飲酒どころではない。流石に袈裟は着ないが。
 「……どうしたの?連日じゃない」
 「ああ、纏まった金が入ったからな。衆生に金を回しておるのよ」
 生臭坊主はご機嫌だった。この一杯を呑むために生きている。
 「……へ~。何かいい事でもあったの?」
 嬢は流し目で、生臭坊主の膝に手を置いた。サービスだ。
 「ああ、新しいビジネスを始めてな。当たったのよ」
 「……へ~。興味ある。どんな事を始めたの?」
 「AIだよ。AI。AIが葬儀をやるんだ」
 「……え~?それどういう事?」
 生臭坊主はグラスを傾けると、説明した。
 「ボカロを積んだロボットが読経して、木魚を叩く」
 「……え~?なにそれ?見て見たい!」
 生臭坊主は自慢した。
 「売れ残りのホワイト胡椒君が袈裟を着る。読経も倍速だ」
 大手通信キャリアが開発して、大量に余らせた例の白い奴だ。
 生臭坊主は、そこに目を付けて、ロボットを救済した。
 「……え~?なにそれ、面白い!」
 嬢はぱちぱちと小さく拍手さえしてみせた。
 「戒名だって自動生成してくれる」
 「……すご~い!でも大丈夫なの?」
 嬢は何となく、疑問を感じているようだった。
 「大丈夫だ。全ては金次第さ」
 葬儀の格安サービスだ。飛ぶように売れている。
 「地獄の沙汰も金次第と言うじゃないか」
 「……もう~。お坊さんには敵わないな~」
 嬢は生臭坊主の肩を軽く押した。
 「……でも死んだ人はボカロで倍速読経とか意味不明だろうね」
 「死んだ人なんていない。死後の世界なんかない」
 生臭坊主は言った。全ては物と金だ。大学でも教えている。
 「葬儀をやる坊主が言っているんだ。間違いない」
 断言した。嬢は黙って話を聞いている。
 「だから新しいサービスを作って提供している」
 お寺とIT会社とタイアップして、新葬儀を始めた。AI供養だ。
 「……お坊さん、すご~い!実業家だね!」
 嬢は賞賛した。全て自分のアイディアだ。
 葬儀にAI革命をもたらしたと思っている。
 社会のDX化は不可避なのだ。これは歴史的必然だ。
 
 大きな手が動いて、バァン!と柏手を打った。
 金色の大仏が鎮座している。
 巨大だ。巨大過ぎる。物凄い光だ。
 目が動いた。黙ってこちらを見降ろす。
 
 そこはお〇パブだった。また一瞬、寝落ちしていた?
 『Come on, let’s go?』密林のリズムがドコドコと音を刻む。
 生臭坊主は目を瞬いた。何だ?今のは?
 「……あっ!久しぶり~!元気してた?」
 不意に嬢が入口を見た。どやどやと客が入って来る。
 「お久しぶり」
 嬢に挨拶した後、黒の剣士は、生臭坊主と目が合った。
 「アレ、○○和尚、奇遇ですね」
 その男たちは、AI供養の顧客だった。IT会社だ。
 「……不味い処を見られてしまったな。退散退散」
 生臭坊主がわざと肩を竦めると、男たちも気が付いた。
 「あ!○○和尚!先日はありがとうございました」
 データサイエンティストが一礼した。生臭坊主も微笑む。
 「お蔭様で、奴好みのいい葬儀ができました」
 好きなボカロを選んで、読経してもらった。無論、倍速だ。
 「きっと奴も喜んでいたと思います」
 「……え~。ボカロで倍速読経とかもはやイミフじゃない?」
 不意に嬢が突っ込んだ。空気が凍る。だが生臭坊主は言った。
 「ああ、そうだ。意味はない。だが死者も存在しない」
 供養なんて形だけだ。生者のためにやっている。金儲けだ。
 「……そうかもしれないけど、今そんな事言わないで下さいよ」
 黒の剣士が悲しそうな顔をして、そう言った。
 「今日は呑みに来たんだよね?」
 嬢が笑顔でそう言うと、データサイエンティストは答えた。
 「……ああ、死んだ奴に代わって呑みに来た」
 「いや、呑みに来たというより、吸いに来た」
 黒の剣士も言った。嬢は笑顔だ。営業スマイルだ。
 「好きだよね~。でも何で男の人って、お〇ぱい好きなの?」
 また場がフリーズした。フリーズドライだ。嬢は笑顔だ。
 「……それは哺乳類だからだ」
 生臭坊主が静かに答えた。皆が注目する。
 「……哺乳類だから、お〇ぱいを吸う。大自然だ」
 皆が「お~」と反応する。いい事言ったみたいな雰囲気が漂う。
 「あは!もうお坊さんには敵わないな~」
 嬢が笑顔で、生臭坊主の肩を軽く押した。
 
 大きな手が動いて、バァン!と柏手を打った。
 金色の大仏が鎮座している。
 巨大だ。巨大過ぎる。物凄い光だ。
 目が動いた。黙ってこちらを見降ろす。

 気が付くと、そこはお〇パブだった。また寝落ちしていた。
 『Come on, let’s go?』ミラーボールがガンガン回っている。
 生臭坊主は目を瞬いた。冷や汗を流す。さっきからおかしい。
 「……どうしたの?」
 嬢が心配そうに、生臭坊主を見た。
 「ちょっと、所要を思い出してな。先に失礼する」
 生臭坊主は立ち上がると、IT会社の連中に一礼した。
 「……また来てね。でも人間は哺乳類じゃないよ。霊長類だよ」
 生臭坊主は立ち止まって、嬢を見た。笑顔だ。営業スマイルだ。
 何かおかしかった。この会話は何だ?誰かに見られている?
 生臭坊主は支払いを済ませると、タクシーに乗る。
 脳裡に先程の光景がフラッシュ・バックする。
 段々、間隔が短くなってきている。どういう事か?
 生臭坊主は、スマホを取り出すと、電話を掛けた。
 「……え?それはどういう事ですか?」
 「だからサービスは停止だ。問題が発生した」
 生臭坊主は、AI供養をタイアップした会社に連絡していた。
 「とにかく、サービスは停止だ。いいな」
 生臭坊主は電話を切った。深く嘆息して、目を瞑る。
 
 そこは宇宙だった。
 金色の大仏が鎮座している。
 巨大だ。巨大過ぎる。物凄い光だ。
 目が動いた。黙ってこちらを見降ろす。
 生臭坊主は身の危険を感じて逃げようとした。
 だが大きな手が動いて、バァン!と柏手を打った。
 生臭坊主は、大仏の手の平で、蚊のように潰された。
 それが8月、お〇パブに通う生臭坊主と金色大仏だった。
 
            『シン・聊斎志異(りょうさいしい)』補遺015

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?