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その魔法少女は深夜にお邪魔する

 ニートは、たまたまネットで見つけた英語の動画を見て、おかしいと感じた。
 インタビュイーの女性は、宇宙人の恋人がいると言っているが、表情がおかしい。恍惚としている。アブダクションが疑われたが、あえて地上に泳がせておく理由が分からない。
 単に頭がおかしいと言うのとは、違うと感じた。これは何か別の理由がある。
 だがそもそもこんな番組に出演して、一体何をしているのか意図が分からない。このインタビュイーの女性は、洗脳されているだろう。そして確実に、背後で誰か操る者がいる。
 ニートは、もう一度再生ボタンを押した。動画を最初から見直す。
 アメリカ西部の話のようだが、全体として判然としない。科学に従えとか言っているが、それは枝葉末節だろう。あとは宇宙人との性〇為の話だった。快楽が凄いとか言っている。
 番組の司会者たちが凍っているが、狙いとしては、この辺りにありそうだった。
 もしかしたらこの動画自体に、大した意味はないのかもしれない。だがその背後で動いている事態を想定すると、何かとんでもない事が進行している可能性があった。
 これは悪い宇宙人かもしれない。だがこれだけでは分からない。情報が足りない。
 動画を見終わると、キーボードを操作して、再び検索の旅に出た。
 ニートは、UFO、宇宙人にずっと関心を持って、追いかけていた。そこに自分のテーマを感じていた。もしかしたら、これを追い掛ける事がライフワークではないかと思い始めていた。きっかけは夢だった。宇宙人の夢を見たのだ。だから宇宙人は実在すると思っている。
 そして宇宙人には、良い者と悪い者がいる事に気が付いていた。人類に対して善行を為す宇宙人もいれば、悪行を為す宇宙人もいるのだ。だがどちらか分からないケースもある。
 最近、航空自衛隊の百里基地に、UFOが着陸コースに入ったというニュースが流れて、一瞬だったが、日本中を騒がせる事があった。幕末、浦賀に来航した黒船的な扱いだった。
 アメリカの三大ケーブルTVから、UFO動画や写真が大量に流れて、大問題となった。基地司令は記者会見まで行い、少なくともこれでUFOの存在は確定した。背後に宇宙人はいる。基地まで誘導したF-15Jのパイロットは、宇宙人とテレパシーで交信したと主張した。
 すぐに基地司令は更迭され、F-15Jのパイロットのインタビューは秘匿された。
 地下に隠れていた政府も声明を発した。科学的に検証されていない言説には従わないで下さい。悪質なデマである可能性があります。国民の皆さんには良識ある行動を求めると。
 これはニート的には惜しかった。すぐに世間はフェイクと決めて掛かって、速攻でこの騒ぎは鎮静化してしまった。だが大量のデータがネットにぶち蒔かれて、拡散した。検証動画も無数に上がったが、このUFOは第三者検証性を許さず、科学的に存在が確認できなかった。
 結論は、限りなくフェイクに近い何か。このUFO動画の真正性は確認できないとされた。既存の技術で再現可能で、同じような動画が作れるとされ、皆で口裏を合わせて、話をでっち上げる事は可能とされた。視聴率の低迷に悩んだTVプロデューサーの壮大な陰謀とされた。
 まぁ、そういうストーリーが好きな者は、置いておけばいいとニートは思っている。
 個人的には、百里基地の件は本物のUFOだと思っているが、こちらも意図が分からない。何か伝えようとしていたが、結局分からず仕舞いだった。そういう意味では、さっきのインタビュー動画と似ている。姿を見せないが、宇宙人の影は感じる。
 ニートは、夢の中で、半魚人型の宇宙人と会っている。姿も見たし、宇宙人と地球人が集まる謎のセッションにも参加した。なぜ呼ばれたのかは不明だが、この会合の意味は分かった。議題は今の地球の危機で、宇宙人は現在の国際情勢に介入すべきか否かを議論していた。
 注目すべきは、何人かいた地球人たちだ。その中に日本人もいた。この人物は偶然というか、ある種の必然性もあって、特定できた。UFOチャンネルを開いているYou Tuberだった。
 動画を見た瞬間、どこかで会った事があると思い、すぐにあの夢で見た人だと気が付いた。コンタクトを取るのは躊躇われた。ニートだったからだ。このニートは数カ国語を解するが、人とのコミュニケーション能力は壊滅的だった。伊達に何年も引き籠っていない。
 結局、今もコンタクトは取っていないのだが、まさか夢で会いましたよねとも言えず、コメントさえしないで、この人の動画を見ている。80年代にアメリカに沢山いたUFOチャネラーの追っかけをやっていた。その後どうなったのか追跡調査しているのだ。殆ど消息不明らしい。
 動画自体は興味深いが、あまりUFOや宇宙人と関係がなかった。
 だがこの人も今の地球の危機について語り、国際情勢が問題だという姿勢には、あの夢で感じたセッションと同質的なものを感じた。やはり、この人も、あの夢を見ていると感じた。
 あれは衛星軌道上のUFOの中だったと思うが、どういう訳か、みんなで同じ世界に行って、帰ってきたらしい。そういう意味では、それぞれ与えられていない筈の情報を持っている。
 半魚人の話をすれば、通じる可能性があるとニートは考えていた。だがこの人はこの人で、別の宇宙人を見ていた可能性も捨て切れない。やはり、接触は躊躇われた。
 ニートは、足元でウロウロする長毛種の猫を見た。ニーナと言う。ロシア文学猫だ。
 人は時々、ドストエフスキーになる。あるいは人類愛に目覚めてトルストイになる。だが現実はただのニートで、大量の情報を摂取し、どこにも吐き出せないでいた。19世紀はロマンがある時代だった。だが今の21世紀は、20世紀か、それ以上の惨状を見せる可能性があった。
 ニートは欧州大戦について考えた。欧州の都市に核が投下されていた。現在、戦局は完全に止まっている。食料危機とエネルギー問題で、欧州は戦争どころではなくなったからだ。
 欧州に投下された核は二発とされている。西側に一発、東側に一発、それぞれ落ちて、そこで核戦争は止まった。いつ全面核戦争になるのか気が気でない。だがあれ以来数か月間、不気味なくらい戦争は止まっていた。西洋文明は、決定的な破滅の寸前で止まっている。
 この核戦争は、冷戦期に考案された双方の手順を正確に踏襲していると言われた。西側が核を落とした東側の都市は、ケーニヒスベルクだ。東側の飛び地で、西側の領土に囲まれている。それに対して、東側が落とした西側の場所は、ポーランドにあるNATOの補給基地だった。
 どちらも核が着弾した時の動画が出回っているが、西側が投下したケーニヒスベルクの核はともかく、東側が落とした核には疑惑があった。確かに大爆発しているし、きのこ雲も上がっている。ガイガーカウンターで、現地の放射能を測定したとされる動画も出回っていた。
 だがこのポーランドの大爆発は、核でない可能性があった。
 最初、東側から三発の地球周回極超音速ミサイルが発射されて、NORADは西側の都市に落ちると予想した。直ちに西側も反撃に出て、予ねてから決めていた約束の地、ケーニヒスベルクに核を投下した。だが東側の三発のミサイルのうち、少なくとも二発は核ではなかった。
 ベルギーにあるEUの本部ビルと、NATOの本部ビルに命中して、建物を壊しただけだった。三発目はポーランドの燃料弾薬集積所に落ちて大爆発した。西側はこれを核攻撃と主張したが、西側が、とんでもない勘違いをやらかして、ミスを隠しているような形跡があった。
 東側が何も言わないので、真実は分からないが、西側が核戦争と早とちりして、東側の飛び地に先制核攻撃をしてしまった疑いが囁かれていた。だが東側が発射した三発のミサイルも、紛らわしかった。飛んで来る大型ミサイルが、核弾頭か通常弾頭か、見分ける事は難しい。
 仮に誤解だったとしても、ケーニヒスベルクの核は、いつか起こるべき約束された地ではあった。人類三発目の核攻撃を受ける都市として、冷戦期から西側に指名を受けていた。
 なおこの欧州の核戦争は、高度な検閲を受けて、殆ど情報が洩れて来なかった。折しも、全地球的なネットの不安定化と相まって、何が真実か分からなくなっていた。そうなると西側政府の公式発表だけ、声が大きくなる。大本営発表だ。東側は沈黙を守った。
 これが、ニートが知る現在の国際情勢だ。宇宙人もこのドラマをどこからか見て、やきもきしているのだろうか。介入すべきか否か、今も議論しているのだろうか。よく分からない。
 動画を再生しようとしたら、グルグル回り始めた。また回線が不安定になっている。
 ニートの生命線であるネット情報が寸断され始めて、近頃危機感を覚えているが、自分にはまだ夢があると思っている。だが夢で得た情報は、第三者検証性を許さない。
 もしかしたら、そちらの方が重要かも知れないが、科学万能の世の中で、夢占い、夢解き的な発言は失笑されるだけだろう。ソースは?と訊かれて、俺の夢と答えるのだから。
 不意に足元のニーナが何かに反応して、急にベッドまで退避した。何だ?どうした?
 ガシャーン!と窓ガラスが割れて、若い女が部屋に転がり込んできた。
 「お願い助けてサトル君!悪い宇宙人に狙われているの!」
 目が点になった。魔法少女がいる。ファンシーな衣装を着て、杖を持ち、白猫を従えている。
 よく見るとお隣さんだった。もう十年近く会話していないが、幼馴染の女の子だ。
 「……」
 ニートは口を開こうとしたが、言葉が出なかった。あまりに長く人と話していないので、声が出ない。声帯器官を使わなさ過ぎて、発話能力が失われていた。だが伝えねばならない。
 やむを得ず、ニートは手元のスマホに文字を入力して、画面を彼女に見せた。
 ――パンツ、見えているよ――
 グーパンチが飛んで来た。躱し切れない。被弾する。眼鏡が飛び、残機が1機減った。
 「何見てるの!」
 その幼馴染の魔法少女は怒っていた。ニートは素早くスマホに打ち込む。
 ――掴みはグーだ。でも見せるんだったらもっといいものを履かないと――
 「大きなお世話よ!物価高いんだから、しょうがないじゃない!」
 その魔法少女は慌てて、スカートの裾を押さえると、ニートを睨み付けた。
 「……マドカ!あいつが来る!」
 白猫が喋っていた。ベッドの上に退避していたニーナも目を丸くしている。
 ――その猫はお供のマスコットだね――
 白猫のルルがベッドに乗り、ニーナの隣に並んだ。一声鳴いて互いに挨拶する。
 ――マドカは何系の魔法少女?――
 「何系って言われも……悪人正機説で戦うから仏教系?」
 ――仏教系魔法少女?新しいね。LoliRock(注15)みたいに歌を歌ったりしない?――
 「ロリロック?何それ?」 
 フランスのアニメだ。魔法少女ものだ。ガールズバンドを率いている。
 プリキ〇アっぽく敵と戦い、アイ〇ス的に歌を歌うが、時にはマク〇ス的に歌う事もある。
 ――日本はフランスに後れを取った。歌で戦う魔法少女がいない――
 「ルミナスウィ〇チーズがいるじゃない」
 ――あれは歌で戦っていない。君こそこのポジションを狙え――
 「アニソンは苦手……演歌なら得意だけど」
 その魔法少女はげんなりしていた。なぜサトル君は熱いのだろう?
 ――敵は何者だ?悪い宇宙人とは――
 「違うの!今、その手下が来て、襲われているの」
 ――手下か。それは男か?女か?――
 「彼女も元パパ活女子大生で、黒ギャル改め淫魔サキュバスなの!」
 ニートは汗った。その魔法少女は深夜にお邪魔する。よく分からないトラブルを抱えながら。
 だが気が付いていた。彼女もという事は、この魔法少女もパパ活女子大生だった事を……。

注15 『LoliRock』2014~2017年、フランス3とディズニーフランス作成のア ニメ。ヒロインのイリスは、エフェディア星から来たマジカルプリンセスで、歌って踊る。

          『シン・聊斎志異(りょうさいしい)』エピソード39

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