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グリム・リーパーの断罪

 その社外取締役は、夢の中で首を落とされた。意味が分からない。
 そいつは黒い大鎌を持ち、一刀の下に、社外取締役の首を切断した。Grim Reaperか?
 社外取締役は、朝目を覚ますと、すぐに忘れた。ただの夢だ。気にする事はない。
 スマホを見ると、着信が入っていた。恋人のカレンだ。メールで今日の予定を伝える。
 
 合衆国東部、東海岸の朝は早い。その社外取締役は幾つもの会社の役員を兼任していた。だから忙しい。今日も朝からテレワークで会議だ。Zooを立ち上げて、ヘッドホンをセットする。様々な動物やモンスターたちのアバターが並ぶ。社外取締役はデュラハンを選んだ。
 その会社は、アンドロのスマホ会社だった。次々と新機種を出す事で知られている。1年に2回も新機種を出す積極攻勢ぶりで、とにかくユーザーに早いサイクルで、新機種に買い換えてもらう事を主眼に置いていた。だがその会社の営業戦略には、秘密があった。
 スマホのアップグレードと称したダウングレードを行っていた。機種の性能が下がるのだ。無論、ユーザーに新機種に買い替えてもらうためである。だがやり過ぎると、他社の新機種に乗り換えられてしまうので、微妙な匙加減が求められる。これはその秘密会議だ。
 社外取締役は微笑みを浮かべながら、会議の推移を見守った。最後は優勢な方に投票ボタンを押すだけだ。会議にいいとか、悪いとかない。優勢な方を推すだけだ。とても簡単な仕事だ。ただし機密性は極めて高い。だから社外取締役をやっている。誰でも務まる訳ではない。
 お昼に恋人のカレンに電話を入れた。夜、会う約束を取る。午後はマスコミ業界だ。
 
 その会議も秘密会議だった。オンラインで、ネットの三大ケーブルTVが集まっていた。覆面だが、F〇I高官も同席している。世論をコントロールするための合同秘密会議だ。どの政治家を推し、どの政治家を推さないとか決める。大統領選から個別法案まで、支援するのだ。
 その会議では、F〇xのタッ〇ー・〇ールソンがやり玉に挙がっていた。彼の番組『〇ッカー・カールソ〇・トゥナイト』だ。目障りらしい。いつも一人だけ孤立して、他のマスコミが取り上げない事ばかり報道している。品位がなく、無作法な人物だが、人気が高い。なぜだ?
 彼に政治経験はないが、お金さえあれば、大統領選に出る事も考えているかもしれない。
 C〇Nのア〇ダーソン・ク〇パーは、評価されていなかった。彼の番組『〇ンダーソン・〇ーパー360°』は、いつも議論が一周回って、ふりだしに戻る事で知られた。一貫性があると言いたいらしい。ただしあの銀髪碧眼は人々の目を惹き、同性愛好者である事もポイントだった。
 彼は議論をすれば、いつも敗ける。外見が全てだった。もしかしたらアバターかも知れない。
 N〇Cのレ〇ター・ホ〇ルトは、高く評価されていた。潜在的に左派だが、時の政権が右派であれば、積極的に攻勢に転じ、左派政権の調子が悪ければ、距離を取る。『N〇C Nightly News withレス〇ー・ホール〇』は最高だ。いつだって人々に見せたいものを、見せてくれる。
 彼が紳士的な態度を崩し、我を忘れて怒った事は一度だけだ。すなわち、January Sixだ。
 会議は退屈だった。合衆国連邦政府が、借金で休業中という異例の事態のためだ。今は国際情勢の方が問題だった。NATOは「この戦争」に勝てない、と発言した現役の軍のトップが、問題になっていた。彼は以前から、同じ発言を繰り返している。
 マスコミは一切報道しないで、この発言を無視するつもりだった。誰も取り上げなければ、国民には伝わらない。道理だ。だがこの米参謀総長は繰り返し、NATOは「この戦争」に勝てないと発言している。F〇xのタッ〇ー・〇ールソンがこの球を拾って、投げ始める。
 西側が敗けるなんてとんでもない。マスコミは全力で旗を振り、「この戦争」を支援する。西側の正義だ。邪悪な東側は敗退しなければならない。G7から追い出し、次は国連から追い出し、世界の嫌われ者にする。国際社会の敵だ。議論を醸成しなければいけない。東は悪だ。
 会議は、西側の崇高な理念を再確認する事で、終わった。あとタ〇カーへの嫌がらせも。
 
 夕方は製薬会社の秘密会議だった。現在、風邪と同じ扱いまで格下げされた流行病があった。これの変〇種を製薬会社で作って、先にその薬を作る事が社内PJとして進んでいた。ビジネスは先手必勝だ。流行病の先を行くのが製薬会社だ。無論、お薬を作って、お注射する。
 〇異種を作る事は生物兵器を作る事と変わらないので、間違っても、gain of functio〇(機能獲〇)とか言ったりしない。正しくdirected evolutio〇(指向〇進化)と言わなければならない。社内文書も全てそう統一されている。ウチは製薬会社である。生物兵器など造っていない。
 だがこの変〇種が、万が一外に漏れてしまったら大変な事になる。大至急、我が社のお薬を配らないといけない。連邦政府はきっと言い値で買ってくれる。これはその転ばぬ先の杖だ。だがその杖には、蛇が巻かれているかもしれない。無論、これはアスクレピオスの杖だ。
 会議には、政府高官が同席していた。死亡率の話をしている。変異〇の強さを決定する。あまり強過ぎてもいけないし、弱過ぎてもいけない。これも微妙な匙加減が必要だった。一種の精密作業だろう。多くの人命を左右する秘密会議だ。社外取締役は気を引き締めて投票する。
 
 夜は恋人のカレンとの食事だ。社外取締役は、いつもこの会話を楽しみにしていた。
 「……カレン、知っているかい?僕はこの国の議員なんだよ」
 社外取締役は冗談めかして言った。カレンは目を丸くする。スカート姿の人物だ。でかい。
 「あなたが議員だったなんて知らなかったわ。それは州議員?下院議員?まさか上院議員じゃないでしょう?市町村の議員なんてオチじゃないでしょうね」
 「……僕は影の議員さ。大手株式会社の役員を幾つも兼任している。社外取締役だけどね。だが秘密会議の投票権を持っている。だから実質、この国の社会の行く末を決めている」
 「株式会社が社会を動かすって奴ね」
 「……そうだよ。これはピーター・ドラッガーも言っていた事なんだ」(注46)
 社外取締役は、自分の正当性を補強する。だがそれは意味の方向性が、大きく異なっていた。
 「最近は、自治体も加わって、株式会社と自治体が統べる世界とか、構想されているみたいだけど、あなたは例の会議に出ているの?グレート・リセットがどうとか言う……」
 「……ああ、アレかい?あれは目立ち過ぎるね。本物はもっと深く隠れるのさ」
 「どう深く隠れているの?」
 カレンは身を乗り出して、話を聞く姿勢を取った。そしてスマホをテーブルに置いた。
 「……所謂、秘密会議さ。そこで会社の大方針を決める。そうすると、消費者の行動が大きく変化して、ひいては社会の動向が変わる。僕はそこに参画して、社会を動かすのさ」
 「たとえば?」
 「……スマホ会社さ。セキュリティとかアップデートをするんだ。一年前の機種が狙い目だね。是非とも買い替えて欲しいからね。だからアップデートの後、新機種が発売されるんだ」
 「そのアップデートは、ホントにアップデートなの?」
 「……さてね。僕は知らないよ。特にITの専門的な事はさっぱりさ」
 「なるほど、悪い人。いつもそうやって儲けているのね」
 「……今日は、ネットのケーブルTVの三社合同秘密会議にも出たんだ」
 「興味深いわね。聞かせて」
 「……いや、大した話はなかったよ。〇ッカーを虐めて終わりさ」
 「まぁ、酷い人たちね、彼はいつも孤軍奮闘しているのに、いつか消されないか心配だわ」
 「……ああ、あと例の参謀総長の発言が問題となっていたね」
 「合衆国の統合参謀本部議長?」
 「……米軍制服組のトップなのに、「この戦争」に勝てないとか正直者は困るんだよね」
 「実際の処、どうなのかしら?西側は「この戦争」に勝てるの?」
 「……さぁね。それは僕のビジネスじゃないさ。僕はいつだって優勢な方を味方する」
 カレンは本当に可笑しそうに笑った。チョコレート色の肌に、白い歯が眩しい。
 「まぁ、酷い人。もし東側が勝ったら、東に乗り換えるの?」
 「……その時が来たらね。でもそうならないと思うよ」
 「どうしてそう思うの?」
 「……世界はね。カレンが思っているより遥かに賢くて、よく設計されているからさ」
 「それはどういう事?」
 「……これは内緒の話だから、絶対誰にも言ってはいけないよ」
 社外取締役は、冗談めかした言い方で脅しつつ、前置きをした。
 「……今、製薬会社でね。アレを作っているのさ。所謂、風邪の素(もと)をね」
 カレンは沈黙した。社外取締役はほくそ笑む。心なしか黒い影が動いた気がする。
 「……その風邪の素を先に作って、その治療薬を予め作っておくのさ。あとはその風邪が流行るのを待つばかりさ。こちらで薬は用意してあるからね」
 「どうして製薬会社で作った風邪の素が、外で流行るの?」
 「……さぁね。そこまでは知らないよ。政府もグルかも知れないね。ウーファンと一緒さ」
 「用意したお薬はどうするの?」
 「……政府でお薬を買い上げて、皆にお注射するのさ。これで全て資金回収だ」
 「なるほど、よく仕組みは分かったわ。でもそれだと大勢の人が死なない?」
 「……それは心からお悔やみ申し上げるよ。でも彼らは真実を知らない。だから問題ないさ」
 「ところであなたはそのお注射を打っているの?」
 「……まさか!打つ訳ないよ。真実を知っているからね」
 「どういう真実を知っているの?」
 「……僕は専門家じゃないから、詳しい事は知らないよ。全然全く知らない。だからこれはあくまでも、専門家でもない素人の一個人の僕の感想であって、完全に間違っているからね」
 「それでもいいわ。聞かせて」
 「……これは間違った意見だからね。詳しくは専門家に聞いて。あのお注射は、たとえるなら、一種の陣形さ。特定の病気に対する有効な陣形を組む。だが他の病気には弱くなる」
 「何も打たなければ、あらゆる病気に対して、陣形を組める?」
 「……そうなるね。でもそれも良し悪しだね。状況によっては、特定の陣形を組んだ方がいいのかも知れない。ただし、中々元には戻らない。その陣形のままだ。特にあの薬は……」
 「つまり、一種類しか対応できない?」
 「……そのためのお注射だからね。いいかい。あくまでもこれは間違った意見だからね」
 社外取締役は念を押した。だがカレンは少しの間、黙っていた。そしてスマホを触る。
 「今日はね。あなたにお別れを言いに来たの」
 「……え?どういう事だい?」
 「あなたのこれまでの話、全部、動画にしてネットにライブ中継しているの」
 まさか!そんな筈がない。カレンは、いつだって味方してくれるいいガイだ。ごついが。
 「騙してゴメンね。でもこれが私たちPJフェリタスの正義なの」
 社外取締役は仰天した。カレンは暴露マスコミのスパイだった?不意に、今朝見た夢を思い出した。アレはこの事を指していた?いや、違う?だがもう遅かった。彼は暴露され破滅する。全ての役職を失う。悪夢だ。いや、正夢だ。これはグリム・リーパーの断罪だ。
 
 注46 Peter Ferdinand Drucker(1909- 2005年)社会生態学者 オーストリア
 
          『シン・聊斎志異(りょうさいしい)』エピソード82

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