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[英詩]詩形の基礎知識(15)——Sonnet (Hass[1])

※ 旧「英詩が読めるようになるマガジン」(2016年3月1日—2022年11月30日)の記事の避難先マガジンです。リンク先は順次修正してゆきます。

「英詩のマガジン」の主配信の1月の1回目です(英詩の基礎知識)。

詩形の基本原理を考えています。今までに One と Two と Three と Four とを扱いました。1行連、2行連、3行連、4行連です。また、数について考えました。さらに、blank verse について考えました。

おさらいすると、One については、1行連がすべての詩形の基礎の一つであること、英詩の最小の単位としての1行連にはいろいろなアプローチがあること、完結した文か句跨りのどちらかであること、などを見ました。haikuやwakaも見ました。

Two については、ふつうの定型詩の議論は2行連に始まること、アプローチは多彩であること、アフリカのバントゥー族の詩や、英詩のカプレット、chiasmus, epigram, ペルシア起源のガザル(ghazal)などを見ました。

Three については、ダンテの『神曲』の terza rima (三韻句法) の展開、古今の詩人たちの交響のなかに詩的集合知が脈打つさま、モダニズムの3行連の実験 (Williams, Stevens, H. D.)、ブルーズ連 (Hughes, Brown) などをみました。

Four については、中期英語以来現代に至るまで、4行連が定型詩の基本として用いられ続けていること、4行連で魅力あると考えられた押韻形式は abcb のパタンであること、最古の4行連の一つバラッド・スタンザが賛美歌や Dickinson の場合に common meter と名前を変えつつ(現代のボブ・ディランに至るまで)用いられていること、4行連には五歩格から二歩格まで無数のヴァリエーションがあることなどをみました。

については、詩における形とはつまるところ、数であること、私たちは数える者なのであること、私たちは存在の核において、パタンと、パタンの崩れとを、数え、注目する者なのであることをみました。行や句や連、音節、単語、強勢音節、非強勢音節、詩脚、脚韻を私たちは詩において数えるのです。リズムの動きに耳をすますのです。

Blank verse については、ハスが「ブランク・ヴァースは、自由詩において非定形の連をどうすればいいのかのモデル」になり得るといい、その具体的な例として Wordsworth の 'Tintern Abbey' を見ました。その詩が収められたワーズワースとコールリジの共著詩集 'Lyrical Ballads においてブランク・ヴァースが現れることの意味を考えました。また、5人の詩人によるブランク・ヴァースの作品を見ました。

今回は、主として、ハス (Robert Hass) の詩形についての考察に依拠して、ソネット (sonnet) について考えます ('A Little Book on Form', 2017; 下の写真)。

「ソネット」は「十四行詩」ともいいます。英語で sonnet, イタリア語で sonetto です。かつて、国木田独歩が〈ソンネットの二編も読んだか〉と書いたのは、英語経由で読んだからでしょうか。イタリア語では N が一つです。

かつて、本マガジンでソネットを取上げたことがあります。ソネットについて標準的な概要を述べました(イタリア型[ペトラルカ型]とイギリス型[シェークスピア型]など)。

そのときとは、今回はハスの視点に拠る分、少し観点が変わると思います。実は、上の記事でも最後にハスの見解をちらっと紹介しました。今回はそれを主に取上げるわけです。

目次
 イタリア・ソネットの起源
 英語における2種のソネット
 人間の顔
 17−19世紀のソネット
 2つのピーク
 20世紀のソネット
 読書リスト
 Milton と Hopkinsのソネット

※「英詩が読めるようになるマガジン」の本配信です。コメント等がありましたら、「[英詩]コメント用ノート(201901)」へどうぞ。

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英詩の実践的な読みのコツを考えるマガジンです。
【発行周期】月3回配信予定(他に1〜2回、サブ・テーマの記事を配信することがあります)
【内容】〈英詩の基礎知識〉〈歌われる英詩1〉〈歌われる英詩2〉の三つで構成します。
【取上げる詩】2018年3月からボブ・ディランを集中的に取上げています。英語で書く詩人として最新のノーベル文学賞詩人です。
【ひとこと】忙しい現代人ほど詩的エッセンスの吸収法を知っていることがプラスになります! 毎回、英詩の実践的な読みのコツを紹介し、考えます。▶︎英詩について、日本語訳・構文・韻律・解釈・考察などの多角的な切り口で迫ります。

これまでに扱った基礎知識のトピックについては「英詩の基礎知識 バックナンバー」(「英詩の基礎知識(6)」に収録)をご覧ください。

伝統歌の基礎知識(1)——ポール・ブレーディの場合」「伝統歌の基礎知識(2)——ボブ・ディランの場合」「伝統歌の基礎知識(3)——'Nottamun Town'」もあります。

Bob Dylanの基礎知識(1)」「Bob Dylanの基礎知識(2)」「Bob Dylanの基礎知識(3)」「Bob Dylanの基礎知識(4)」もあります。

バラッドの基礎知識(1)」「バラッドの基礎知識(2)」もあります。

ブルーズの基礎知識(1)」「ブルーズの基礎知識(2)」「ブルーズの基礎知識(3) 'dust my broom'」もあります。

[英詩]詩形の基礎知識(1)——tail rhyme」「[英詩]詩形の基礎知識(2)——sonnet」「[英詩]詩形の基礎知識(3)——One」「[英詩]詩形の基礎知識(4)——Two」「[英詩]詩形の基礎知識(5)——Three (前篇)」「[英詩]詩形の基礎知識(6)——Three (後篇)」「[英詩]詩形の基礎知識(7)——Four-1」「[英詩]詩形の基礎知識(8)——Four-2」「[英詩]詩形の基礎知識(9)——Four-3」「[英詩]詩形の基礎知識(10)——Four-4」「[英詩]詩形の基礎知識(11)——Numbers」「[英詩]詩形の基礎知識(12)——Blank Verse-1」「[英詩]詩形の基礎知識(13)——Blank Verse-2」「[英詩]詩形の基礎知識(14)——Blank Verse-3」もあります。

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ハスによれば、ソネットは英詩において、この五百年間、色褪せず、広く用いられている詩形である。英語に入ったのは16世紀初頭、イタリアのペトラルカの翻訳を通してだった。心理をえぐり、性愛を扱うイタリアのソネットは、イタリア風の拡張したメタファを英語にもちこんだが、その哲学的出自は宮廷風恋愛(courtly love, amour courtois, fin' amors)の背景にある中世の新プラトン主義だった。

このイタリア型(ペトラルカ型)ソネットは abbaabba cdecde (または cdcdcd) の押韻形式で、8行(octave, octet)と6行(sestet)とから構成される。8行と6行との間に転回点(turn, volta) がある。

早くも1590年代にはソネット連作が急増し、中でもシェークスピアのそれは著名である。ところが、シェークスピアのソネットはシェークスピア型(イギリス型)というイタリア型とは違う押韻形式で、ababcdcdefefgg と、最後の2行がカプレットになる。turn はカプレットの前に来ることが多い。

17世紀初めにはダンが宗教詩をソネット形式を用いて書き、エロティックな面もあるイタリアのソネットからは大きく変質し、さらに17世紀半ばにはミルトンが壮大で見事なソネットを書いて、文学的・個人的・政治的主題を扱った。

その後も、現代に至るまで、ソネットは用いられ続けているが、19世紀のホプキンズの韻律的に突出した拡張的ソネットは、今も韻律論の最前線であり続けている。米国では19世紀の超絶派最高の詩人ヴェリーのソネット連作が類例のない高みに達している。20-21世紀のアイルランドのヒーニのソネットも、きわめて優れた高みに達している。

以下、ソネットの起源から20世紀に至るまでを文学史的に概観する。最後にソネットの2つの興隆期のピークをなす作品を掲げる。ミルトンとホプキンズの例を引くが、ホプキンズについてはやや難解で、基礎知識の範囲を超えることを予めお断りしておく。


■ イタリア・ソネットの起源

イタリアのソネットの起源は13世紀のシチリアにあるとハスはいう。フェデリーコ2世の、シチリアはパレルモの宮廷で発明されたといわれる。

[Federico II; source]

フェデリーコ2世:フリードリヒ2世(1194-1250)。神聖ローマ皇帝(在位 1220-50)。シチリア王(在位 1197-1250)。パレルモ生れ。「〈中世最後の薔薇〉とも〈黙示録的怪物〉とも呼ばれるフリードリヒ2世は、特異な魅力に満ちた人物で、多くの言葉を自在に操る学識豊かな教養人であるとともに冷徹な権力政治家であり、異端の容赦ない追求者であるとともに〈イスラム教徒の友〉であった。彼の不死伝説は中世末期に至るまで民間に根強く広まっていた。」(山田欣吾「フリードリヒ[2世] Friedrich II」、『世界大百科事典』改訂新版、平凡社、2007)

フェデリーコ2世はシチリア語、プロヴァンス語、アラビア語、ギリシア語の詩人たちを庇護した。その中にシチリア語詩人にして、宮廷の公証人のジャコモ・ダ・レンティーニ (Giacomo da Lentini, 1210-60 [Jacopo (il) Notaro]) がいた。

[Jacopo da Lentini; source]

このジャコモ(ジャコポ)がソネット形式を思いついたのが1222-25年頃といわれる。

ジャコモ・ダ・レンティーニがソネットを発明したのは、ハスによると、4行連2つに対して、彼が聞いていたシチリアのフォークソングの3行連2つを加えて、14行詩の4-4-3-3 の型を確立したことによる。この型に対し彼は sonetta「小さな歌」と命名した。レンティーニはプロヴァンス詩の語法と主題を翻案しシチリア語で書いた。彼の作った18篇のソネットがトスカナ語(ダンテ、ペトラルカ、ボッカッチョが用いたイタリアの文学標準語)への翻字で残存している。

グィットーネ・ダレッツォ(1235-94)がソネット形式をトスカナにもちこみ、彼自身は300篇のソネットを書き、グィード・カヴァルカンティ(1250-1300)やダンテ・アリギエーリ(1265-1321)に伝え、そこからフランチェスコ・ペトラルカ(1304-74)とミケランジェロ・ブオナロッティ(1475-1564)に伝わった。

このソネット形式は、ハスにとっては、ざっくり言うと、〈言明し、踊れ〉'state it; dance it' だということになる。あるいは、〈言明し、踊って取り消せ〉'state it; dance the undoing of it' ということになる。

イタリア語、特に中世イタリア語ができない場合は、octet と sestet との関係を研究する最良の方法はロセッティ(Dante Gabriel Rossetti)編の『初期イタリア詩人』'Early Italian Poets' (1861) が最上であるという。

['Early Italian Poets'; 1861年版タイトル頁; source]

以上がハスのイタリア・ソネットの起源に関する説明だが、少し補足する。

4行連2つに、3行連2つを加えたという説明はソネットの起源に関する一つの説である。4行連2つからなるシチリアの詩 strambotto に3行連2つを加えたということである。ストランボットはイタリア最古の詩形の一つで、11音節詩行(hendecasyllable)8行ないし6行からなる詩形である。ストランボットには地方によりいろいろな変種があるが、シチリアのストランボットは abababab の型である。この8行連がソネットの octave のモデルとなった可能性がある。

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