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[英詩]詩形の基礎知識(5)——Three (前篇)

※ 旧「英詩が読めるようになるマガジン」(2016年3月1日—2022年11月30日)の記事の避難先マガジンです。リンク先は順次修正してゆきます。

※ Yeats の詩の5連3行の 'arms' の解釈を修正しました(20180507)

「英詩のマガジン」の主配信3月の1回目です(英詩の基礎知識の回)。

詩形の基本原理を考える中で、今までに One と Two とを扱いました。おさらいすると、One については、1行詩がすべての詩形の基礎の一つであること、英詩の最小の単位としての1行詩にはいろいろなアプローチがあること、完結した文か句跨りのどちらかであること、などを見ました。haikuやwakaも見ました。Two については、ふつうの定型詩の議論は2行詩に始まること、アプローチは多彩であること、アフリカのバントゥー族の詩や、英詩のカプレット、chiasmus, epigram, ペルシア起源のガザル(ghazal)などを見ました。

今回は引続き、Three を扱います。3行詩です。前回に続き、主として、ハス (Robert Hass) の詩形についての考察に依拠して考えてゆきます ('A Little Book on Form', 2017; 下の写真)。

定型詩の議論で3行詩も出てきます。アプローチはいろいろあります。今回、さまざまな例を見ます。英詩の詩形としては変わっていますが、おもしろい詩です。お楽しみに。

目次
定義
Terza rima
 Shelley
 Yeats
 Frost
 Eliot
 Heaney
 Dante
自由詩(Whitman)

※「英詩が読めるようになるマガジン」の本配信です。コメント等がありましたら、「[英詩]コメント用ノート(201803)」へどうぞ。

このマガジンは月額課金(定期購読)のマガジンです。月に本配信を3回お届けします。

英詩の実践的な読みのコツを考えるマガジンです。
【発行周期】月3回配信予定(他に1〜2回、サブ・テーマの記事を配信することがあります)
【内容】〈英詩の基礎知識〉〈歌われる英詩1〉〈歌われる英詩2〉の三つで構成します。
【取上げる詩】2018年3月からボブ・ディランを集中的に取上げています。英語で書く詩人として最新のノーベル文学賞詩人です。
【ひとこと】忙しい現代人ほど詩的エッセンスの吸収法を知っていることがプラスになります! 毎回、英詩の実践的な読みのコツを紹介し、考えます。▶︎英詩について、日本語訳・構文・韻律・解釈・考察などの多角的な切り口で迫ります。

これまでに扱った基礎知識のトピックについては「英詩の基礎知識 バックナンバー」(「英詩の基礎知識(6)」に収録)をご覧ください。

伝統歌の基礎知識(1)——ポール・ブレーディの場合」「伝統歌の基礎知識(2)——ボブ・ディランの場合」「伝統歌の基礎知識(3)——'Nottamun Town'」もあります。

Bob Dylanの基礎知識(1)」「Bob Dylanの基礎知識(2)」「Bob Dylanの基礎知識(3)」「Bob Dylanの基礎知識(4)」もあります。

バラッドの基礎知識(1)」「バラッドの基礎知識(2)」もあります。

ブルーズの基礎知識(1)」「ブルーズの基礎知識(2)」「ブルーズの基礎知識(3) 'dust my broom'」もあります。

[英詩]詩形の基礎知識(1)——tail rhyme」「[英詩]詩形の基礎知識(2)——sonnet」「[英詩]詩形の基礎知識(3)——One」「[英詩]詩形の基礎知識(3)——Two」もあります。

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定義

3と2の比較で考える。3行連句 (triplet, 3行にわたって押韻する句) は、2を基礎とする場合の相補性 (二元系[binary systems]、左右対称、男女、愛する者と愛される者など) に比べると、不均衡で過剰なところがある。

2を基礎とする韻は、完結を確実にし、その韻の整然さと性・結合における起源を強調する。米詩人エマスンの詩行はそれをよく表す。

The animals are sick with love,
Love-sick with rhyme.
動物は恋に悩む、
韻に恋わずらいする。
('Merlin II')

3つ組の韻 (韻律学者が 'triplet' と呼ぶ) は表現しすぎ、あふれ、おどる。

2ならば愛し愛されるということで完結するところが、3になると1つ余分になる。その部分が不均衡や過剰を感じさせたり、あふれて踊りだしたりする。カプレットがトリプレットに変わるだけで、詩としての性質がまるで変わってしまうのはおもしろい。

ハスは中期英語 (Middle English, 1150-1500年に用いられた英語、かつては「中世英語」といった) で書かれた3つ組の韻を用いた次の叙情詩 (1486年頃) を例に挙げ、その驚くべき甘美さを指摘している。フランスの影響を受けた宮廷詩の香りがする詩である。ばら戦争 (War of the Roses, 1456-85, ランカスターとヨーク両王家の間で戦われたイギリスの内乱) のさ中に書かれた。戦争の名はヨーク派が白ばら、ランカスター派が赤ばらを記章としたことにちなむ。ここから多くの詩、とくに好きな花の問題に掛けた恋愛詩が生まれた。

The Roses Entwined
からみ合った薔薇

“I love a floure of swete odour.”
“Margerome gentill, or lavendour?”
“Columbyne, goldis of swete flavour?”
“Nay, nay, let be!
Is none of them
That lyketh me.”
「私は甘い香りの花が好き」
「高貴なマヨラナ、それともラベンダー?」
「オダマキ、甘い香りのキンセンカ?」
「いや、いや、放っておいて。
そのどれも
気に入らない」

“There is a floure, where so he be,
And shall not yet be named for me.”
“Primrose, violett, or fresh daysy?”
“He pass them all
In his degree,
That lyketh me.”
「どこにあるかはともかく、私が名を知らぬ
ある花があるのです」
「サクラソウ、スミレ、それともきれいなヒナギク?」
「その花はそれらを
はるかに超えています、
それが私の好きな花」

“One that I love more enterly.”
“Gillyflower gentill, or rosemary?”
“Chamomyle, borage, or savory?”
“Nay, certenly,
Here is not he
That pleseth me.”
「私がひたすら愛する花」
「高貴なナデシコ、それともマンネンロウ?」
「カミルレ、ルリヂサ、それともキダチハッカ?」
「いえ、違います、
ここには
私の気に入る花はない」

“I chose a floure fresshist of face.”
“What is his name that thou chosen hast?
“The rose, I suppose? Thine hart unbrace!”
“That same is he,
In hart so fre,
That best lyketh me.”
「私は見目麗しい花を選びました」
「あなたが選んだ花の名は?」
「ばら、ですか? あなたの心を溶かしたのは!」
「そうです、
気立てがとてもりっぱな花が
もっとも気に入りました」

“The rose it is a royall floure.”
“The red or the white? Show his colour!”
“Both be full swete & of lyke savour:
All on they be,
That day to see,
It lyketh well me.”
「ばらは気高い花です」
「赤、それとも白? どちらの色か教えて!」
「どちらも芳しく、同じくらい香りがよい、
まったく好ましいものでした、
見かけた日には、
私は大いに気に入ったのです」

“I love the rose both red & whyte.”
“Is that your pure perfite appetite?”
“To here talk of them is my delite!”
“Ioyed may we be,
Our prince to see,
And roses three.”
「私は赤ばらも白ばらも好き」
「それがあなたの本当の好みなの?」
「赤と白のばらのことを聴くのは嬉しい!」
「私たちには喜びです、
我らの王と
三本のばらを見ることは」

好きな花は香りのよい花と一人目が言うと、二人目がそれはマージョラムかラベンダーかと訊き、三人目がオダマキかマリゴールドかと訊く。すると、一人目が、いや、そのどれでもないと答える。

この花を he で受けるところから、意中の男性が誰かを他の女性二人が当てあいをしているところに見える。ばら戦争の最中なので、男性がヨーク側かランカスター側か、気になるところである。ただ、ロンドン子は日和見主義者であったという。

3つ続きの韻が

“That same is he,
In hart so fre,
That best lyketh me.”

のように見られ、he / fre (= free) / me と押韻している。中期英語は現代英語と綴りや文法がやや異なるけれども、音から類推できることが多い。ただし、意味は現代と大きく違うこともある。lyketh は liketh (= likes) で、please の意味の like である。

もう少しあと、ヘリック (Robert Herrick, 1591-1674) の英語 (英語史上は初期近代英語) ではトリプレットはこうなる。やはり甘美な詩行が生まれる。(なお、以下、押韻を意識した日本語訳になっている箇所があるのは、気の迷いとご笑覧いただければ幸い。ふつうの日本語だとどうなるのかご関心の向きはぜひともコメントをお寄せくだされたし。)

Upon Julia’s Clothes
Robert Herrick

Whenas in silks my Julia goes
Then, then, methinks, how sweetly flows
That liquefaction of her clothes.

Next, when I cast mine eyes, and see
That brave vibration, each way free,
O, how that glittering taketh me.

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