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[英詩]詩形の基礎知識(16)——Sonnet (Hass[2])

※ 旧「英詩が読めるようになるマガジン」(2016年3月1日—2022年11月30日)の記事の避難先マガジンです。リンク先は順次修正してゆきます。

「英詩のマガジン」の主配信の2月の1回目です(英詩の基礎知識)。

詩形の基本原理を考えています。今までに One と Two と Three と Four とを扱いました。1行連、2行連、3行連、4行連です。また、数について考えました。さらに、blank verse について考えました。

おさらいすると、One については、1行連がすべての詩形の基礎の一つであること、英詩の最小の単位としての1行連にはいろいろなアプローチがあること、完結した文か句跨りのどちらかであること、などを見ました。haikuやwakaも見ました。

Two については、ふつうの定型詩の議論は2行連に始まること、アプローチは多彩であること、アフリカのバントゥー族の詩や、英詩のカプレット、chiasmus, epigram, ペルシア起源のガザル(ghazal)などを見ました。

Three については、ダンテの『神曲』の terza rima (三韻句法) の展開、古今の詩人たちの交響のなかに詩的集合知が脈打つさま、モダニズムの3行連の実験 (Williams, Stevens, H. D.)、ブルーズ連 (Hughes, Brown) などをみました。

Four については、中期英語以来現代に至るまで、4行連が定型詩の基本として用いられ続けていること、4行連で魅力あると考えられた押韻形式は abcb のパタンであること、最古の4行連の一つバラッド・スタンザが賛美歌や Dickinson の場合に common meter と名前を変えつつ(現代のボブ・ディランに至るまで)用いられていること、4行連には五歩格から二歩格まで無数のヴァリエーションがあることなどをみました。

については、詩における形とはつまるところ、数であること、私たちは数える者なのであること、私たちは存在の核において、パタンと、パタンの崩れとを、数え、注目する者なのであることをみました。行や句や連、音節、単語、強勢音節、非強勢音節、詩脚、脚韻を私たちは詩において数えるのです。リズムの動きに耳をすますのです。

Blank verse (無韻詩)については、ハスが「ブランク・ヴァースは、自由詩において非定形の連をどうすればいいのかのモデル」になり得るといい、その具体的な例として Wordsworth の 'Tintern Abbey' を見ました。その詩が収められたワーズワースとコールリジの共著詩集 'Lyrical Ballads においてブランク・ヴァースが現れることの意味を考えました。また、5人の詩人によるブランク・ヴァースの作品を見ました。

前回は、主として、ハス (Robert Hass) の詩形についての考察に依拠して、ソネット (sonnet, 十四行詩) について考えはじめました ('A Little Book on Form', 2017; 下の写真)。

ソネットの起源をイタリアからたどり、20世紀までのソネット形式の発展史を概観し、2つのピークをなすミルトンとホプキンズのソネットを見ました。

今回から、ソネットの歴史における作品を実際にいくつか見てみます。ハスが挙げている作品は多岐にわたりますが、本マガジンでは主なものに限る予定です。

あらかじめ、ちょっと興味深いポイントにふれておくと、前回とりあげた人間の顔に関するサクス(Peter Sacks)の説は、ソネットの8/6のプロポーション(8:6の比)を顔のプロポーションで説明するものでした。

いったい何がソネットを、形式的に、心理的に、作り出したのかという大問題について、それは相手をひたすら見つめることと、顔のプロポーションによると説明する興味深い説ではあるのですが、これでは turn (ソネットにおける転回点)の意義について説明できません。

この turn の問題は、英詩の場合、シェークスピアにより、決定的な内実を得て、それがその後の英詩の歴史において発展してゆくもののようです。それは、シェークスピアからミルトンへ、そしてキーツへ、さらにホプキンズに引継がれてゆくとハスは考えます。

こうしたことを頭の片隅に入れつつ、具体的な作品群を見てゆきましょう。

目次
 ペトラルカ (Wyatt 訳)
 ペトラルカ (Surrey 訳)
 ペトラルカ140番に関するHassの解説
 ペトラルカ140番 原詩
 英語による最初のソネット(Wyatt, Surrey)

※「英詩が読めるようになるマガジン」の本配信です。コメント等がありましたら、「[英詩]コメント用ノート(201902)」へどうぞ。

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英詩の実践的な読みのコツを考えるマガジンです。
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【取上げる詩】2018年3月からボブ・ディランを集中的に取上げています。英語で書く詩人として最新のノーベル文学賞詩人です。
【ひとこと】忙しい現代人ほど詩的エッセンスの吸収法を知っていることがプラスになります! 毎回、英詩の実践的な読みのコツを紹介し、考えます。▶︎英詩について、日本語訳・構文・韻律・解釈・考察などの多角的な切り口で迫ります。

これまでに扱った基礎知識のトピックについては「英詩の基礎知識 バックナンバー」(「英詩の基礎知識(6)」に収録)をご覧ください。

伝統歌の基礎知識(1)——ポール・ブレーディの場合」「伝統歌の基礎知識(2)——ボブ・ディランの場合」「伝統歌の基礎知識(3)——'Nottamun Town'」もあります。

Bob Dylanの基礎知識(1)」「Bob Dylanの基礎知識(2)」「Bob Dylanの基礎知識(3)」「Bob Dylanの基礎知識(4)」もあります。

バラッドの基礎知識(1)」「バラッドの基礎知識(2)」もあります。

ブルーズの基礎知識(1)」「ブルーズの基礎知識(2)」「ブルーズの基礎知識(3) 'dust my broom'」もあります。

[英詩]詩形の基礎知識(1)——tail rhyme」「[英詩]詩形の基礎知識(2)——sonnet」「[英詩]詩形の基礎知識(3)——One」「[英詩]詩形の基礎知識(4)——Two」「[英詩]詩形の基礎知識(5)——Three (前篇)」「[英詩]詩形の基礎知識(6)——Three (後篇)」「[英詩]詩形の基礎知識(7)——Four-1」「[英詩]詩形の基礎知識(8)——Four-2」「[英詩]詩形の基礎知識(9)——Four-3」「[英詩]詩形の基礎知識(10)——Four-4」「[英詩]詩形の基礎知識(11)——Numbers」「[英詩]詩形の基礎知識(12)——Blank Verse-1」「[英詩]詩形の基礎知識(13)——Blank Verse-2」「[英詩]詩形の基礎知識(14)——Blank Verse-3」「[英詩]詩形の基礎知識(15)——Sonnet (Hass[1])」もあります。

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では、今から具体的なソネット作品を読んでいこう。

作詩法の観点からは、押韻形式、turn, 主題の発展をソネット詩の構造にどうからめるか、等々の関心がでてくる。

例えば、詩の始まり方ということでいえば、従属節が最初にくる場合と、あとから出てくる場合とでどう違うかといった問題もある。

'When, in disgrace with fortune and men’s eyes'「運命に嫌われ人の目にも不興を買えば」と、時の従属節で詩が始まったら、次はどう展開してゆくだろうか(シェークスピアのソネット29番)。

あるいは、'Batter my heart, three-person'd God'「我が心を打ち壊したまえ、三位の神よ」といきなり主文で始まればどうだろうか(ダンのソネット 'Batter my heart, three-person'd God')。このあとには理由の従属節がつづき、'for you As yet but knock, breathe, shine, and seek to mend;'「なぜなら、御身は今のところはノックし、息をし、輝き、修復しようとされているから」となるのだが。

まず、ソネットの出発点、イタリアのペトラルカのソネット(詩集『カンツォニエーレ』140番)を、2つのルネサンス期の英訳で見てみよう。あとで、イタリア語原文と日本語訳、別の英訳も見る。


■ ペトラルカ (Wyatt 訳)

Sir Thomas Wyatt (1503?-42)訳。各行末の a, b, c ... は押韻の型を示す。

The long love that in my thought doth harbor, a
And in my heart doth keep his residence, b
Into my face presseth with bold pretense b
And there encampeth, spreading his banner. a 

She that me learns to love and suffer c         5 
And wills that my trust and lust’s negligence d
Be reined by reason, shame, and reverence d
With his hardiness takes displeasure. c 

Wherewithal unto the heart’s forest he fleeth, e
Leaving his enterprise with pain and cry, f       10
And there him hideth and not appeareth. e 

What may I do, when my master feareth, e
But in the field with him to live and die? f
For good is the life ending faithfully. f

(注)
his love (1) を受ける。愛の神(Amor, Cupid, Eros)は男性神
5 learn =teach
9 wherewithal =wherewith, whereby「それで」
11 him =himself
12 may =can

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