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[英詩]ディランと聖書(20) 聖書と文学(Gilmour-9)—'Yonder Comes Sin' (1)

※ 旧「英詩が読めるようになるマガジン」(2016年3月1日—2022年11月30日)の記事の避難先マガジンです。リンク先は順次修正してゆきます。

※「英詩のマガジン」の主配信の6月の1回目です(英詩の基礎知識の回)。

ディランと聖書の関りについて、原点に返って考えてみます。この問題は、〈ディラン〉を (西欧の)〈詩〉や〈小説〉に置換えても ほぼ成立します。

新約聖書学者のギルモー (Michael J. Gilmour) の研究 (下、下記の基本的文献の 4.) について、そのアプローチを正面から考える9回めです。今回はディランの歌 'Yonder Comes Sin' の詩テクスト考察の基礎作業を行います。

Michael J. Gilmour, 𝑇𝑎𝑛𝑔𝑙𝑒𝑑 𝑈𝑝 𝑖𝑛 𝑡ℎ𝑒 𝐵𝑖𝑏𝑙𝑒

前回はディランと聖書をめぐる4つのテーマのうち、1つめの〈ディランの作品と聖書の預言者の行い・言葉とがどう関るか (𝑇𝑎𝑛𝑔𝑙𝑒𝑑 𝑈𝑝 𝑖𝑛 𝑡ℎ𝑒 𝐵𝑖𝑏𝑙𝑒 2章)〉のテーマについて取上げ、。ディランを 'artist-prophet' (アーティストであり預言者である存在) と捉えた場合の、ディランと預言者とに共通する面を概観しました。

今回は、ディランが自分を預言者エレミアと見なしている歌、'Yonder Comes Sin' について考えます。この作品は 'artist-prophet' としてのディランの恰好の例ですが、分析には困難が伴います。公式詩集にも収められていず、公式アルバムにも収録されていないからです。公演で歌ったという記録もありません。

しかし、その重要性は多くの研究家が指摘しています。そこで、今回から、'Yonder Comes Sin' の基礎的分析を始めます。これまでに本マガジンでも扱っていないので、テクストの検討その他、必要な基礎的作業をおこないます。

本 マガジン は英詩の実践的な読みのコツを考えるものですが、毎月3回の主配信のうち、第1回は英詩の基礎知識を取上げています。
これまで、英詩の基礎知識として、伝統歌の基礎知識、Bob Dylan の基礎知識、バラッドの基礎知識、ブルーズの基礎知識、詩形の基礎知識などを扱ってきました。(リンク集は こちら )
また、詩の文法を実践的に考える例として、「ディランの文法」と題して、ボブ・ディランの作品を連続して扱いました。(リンク集は こちら )
詩において問題になる、天才と審美眼を、ボブ・ディランが調和させた初の作品として 'John Wesley Harding' をアルバムとして考えました。(リンク集は こちら)

また、7回にわたってボブ・ディランとシェークスピアについて扱いました (リンク集は こちら)。

最近は、歴史的には、そして英語史的にも、同時代の英訳聖書と、ディランについて扱っています。

「ディランと聖書」シリーズの第1回でもあげましたが、ディランと聖書の問題を考えるうえでの基本的文献は次の通りです。

  1. Bradford, A[dam]. T[imothy]. 𝑌𝑜𝑛𝑑𝑒𝑟 𝐶𝑜𝑚𝑒𝑠 𝑆𝑖𝑛 [formerly 𝑂𝑢𝑡 𝑜𝑓 𝑡ℎ𝑒 𝐷𝑎𝑟𝑘 𝑊𝑜𝑜𝑑𝑠: 𝐷𝑦𝑙𝑎𝑛, 𝐷𝑒𝑝𝑟𝑒𝑠𝑠𝑖𝑜𝑛 𝑎𝑛𝑑 𝐹𝑎𝑖𝑡ℎ] (Templehouse P, 2015)

  2. Cartwright, Bert. 𝑇ℎ𝑒 𝐵𝑖𝑏𝑙𝑒 𝑖𝑛 𝑡ℎ𝑒 𝐿𝑦𝑟𝑖𝑐𝑠 𝑜𝑓 𝐵𝑜𝑏 𝐷𝑦𝑙𝑎𝑛, rev. ed. (1985; Wanted Man, 1992)

  3. Di Lauro, Frances. ‘Living in the End Times: The Prophetic Language of Bob Dylan’ (Book chapter in Carole M. Cusack, Frances Di Lauro and Christopher Hartney, eds., 𝑇ℎ𝑒 𝐵𝑢𝑑𝑑ℎ𝑎 𝑜𝑓 𝑆𝑢𝑏𝑢𝑟𝑏𝑖𝑎: 𝑃𝑟𝑜𝑐𝑒𝑒𝑑𝑖𝑛𝑔𝑠 𝑜𝑓 𝑡ℎ𝑒 𝐸𝑖𝑔ℎ𝑡ℎ 𝐴𝑢𝑠𝑡𝑟𝑎𝑙𝑖𝑎𝑛 𝑎𝑛𝑑 𝐼𝑛𝑡𝑒𝑟𝑛𝑎𝑡𝑖𝑜𝑛𝑎𝑙 𝑅𝑒𝑙𝑖𝑔𝑖𝑜𝑛, 𝐿𝑖𝑡𝑒𝑟𝑎𝑡𝑢𝑟𝑒 𝑎𝑛𝑑 𝑡ℎ𝑒 𝐴𝑟𝑡𝑠 𝐶𝑜𝑛𝑓𝑒𝑟𝑒𝑛𝑐𝑒 2004, pp. 186-202, Sydney: RLA P, 2005) [URL]

  4. Gilmour, Michael J. 𝑇𝑎𝑛𝑔𝑙𝑒𝑑 𝑈𝑝 𝑖𝑛 𝑡ℎ𝑒 𝐵𝑖𝑏𝑙𝑒 (Continuum, 2004)

  5. Heylin, Clinton. 𝑇𝑟𝑜𝑢𝑏𝑙𝑒 𝑖𝑛 𝑀𝑖𝑛𝑑: 𝐵𝑜𝑏 𝐷𝑦𝑙𝑎𝑛'𝑠 𝐺𝑜𝑠𝑝𝑒𝑙 𝑌𝑒𝑎𝑟𝑠 - 𝑊ℎ𝑎𝑡 𝑅𝑒𝑎𝑙𝑙𝑦 𝐻𝑎𝑝𝑝𝑒𝑛𝑒𝑑 (Route, 2017)

  6. Karwowski, Michael. 𝐵𝑜𝑏 𝐷𝑦𝑙𝑎𝑛: 𝑊ℎ𝑎𝑡 𝑡ℎ𝑒 𝑆𝑜𝑛𝑔𝑠 𝑀𝑒𝑎𝑛 (Matador, 2019)

  7. Kvalvaag, Robert W. and Geir Winje, eds., 𝐴 𝐺𝑜𝑑 𝑜𝑓 𝑇𝑖𝑚𝑒 𝑎𝑛𝑑 𝑆𝑝𝑎𝑐𝑒: 𝑁𝑒𝑤 𝑃𝑒𝑟𝑠𝑝𝑒𝑐𝑡𝑖𝑣𝑒𝑠 𝑜𝑛 𝐵𝑜𝑏 𝐷𝑦𝑙𝑎𝑛 𝑎𝑛𝑑 𝑅𝑒𝑙𝑖𝑔𝑖𝑜𝑛 (Cappelen Damm Akademisk, 2019) [URL]

  8. Marshall, Scott M. 𝐵𝑜𝑏 𝐷𝑦𝑙𝑎𝑛: 𝐴 𝑆𝑝𝑖𝑟𝑖𝑡𝑢𝑎𝑙 𝐿𝑖𝑓𝑒 (WND Books, 2017)

  9. Rogovoy, Seth. 𝐵𝑜𝑏 𝐷𝑦𝑙𝑎𝑛: 𝑃𝑟𝑜𝑝ℎ𝑒𝑡, 𝑀𝑦𝑠𝑡𝑖𝑐, 𝑃𝑜𝑒𝑡 (Scribner, 2009)

これら以外にも、一般のディラン研究書のなかにも聖書関連の言及は多く含まれています。それらについては、参考文献 のリストを参照してください。

※「英詩が読めるようになるマガジン」の本配信です。コメント等がありましたら、「[英詩]コメント用ノート(202206)」へどうぞ。

このマガジンは月額課金(定期購読)のマガジンです。月に本配信を3回お届けします。各配信は分売もします。

英詩の実践的な読みのコツを考えるマガジンです。
【発行周期】月3回配信予定(他に1〜2回、サブ・テーマの記事を配信することがあります)
【内容】〈英詩の基礎知識〉〈歌われる英詩1〉〈歌われる英詩2〉の三つで構成します。
【取上げる詩】2018年3月からボブ・ディランを集中的に取上げています。英語で書く詩人として新しい方から2番めのノーベル文学賞詩人です。(最新のノーベル文学賞詩人 Louise Glück もときどき取上げます)
【ひとこと】忙しい現代人ほど詩的エッセンスの吸収法を知っていることがプラスになります! 毎回、英詩の実践的な読みのコツを紹介し、考えます。▶︎英詩について、日本語訳・構文・韻律・解釈・考察などの多角的な切り口で迫ります。

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これまでのまとめ

ディランと聖書の問題を扱うシリーズの概要は次の通りです。

シリーズの (1), (2), (3), (4) についての簡単なまとめは こちら

シリーズの (5), (6), (7), (8) についての簡単なまとめは こちら

シリーズの (9), (10), (11) についての簡単なまとめは こちら

シリーズの (12), (13), (14), (15) についての簡単なまとめは こちら

シリーズの (16), (17), (18) についての簡単なまとめは こちら

シリーズの (19) は、ディランを 'artist-prophet' (アーティストであり預言者である存在) と捉えると、ディランと預言者とには共通する面が見えてくる。
1. 神からの使命とはいえ気の進まぬことも
2. 世界を判断する基準=Torah (トーラー、モーセ五書)
3. 伝えても聞いてもらえぬかも (Ez 3.4-11)
4. 伝えるメッセジはオリジナルなものでない (イエスでさえも)
5. 嫌々伝えても気に入ってもらえぬことも ('Highlands' のウェイトレス)


🔶Yonder Comes Sin

ギルモーが 'Yonder Comes Sin' に着目するのは、ディランが、この歌の4連に現れる預言者エレミアに自分に近いものを感じていることと、ディランの作品に出てくる自己批判が、この歌に含まれるからだという(使命感をもってメッセジを伝えても聴衆に受入れてもらえるとはかぎらないことを自覚している)。

'Yonder Comes Sin' の録音について。

  • 1980年10月1日、米国カリフォルニア州サンタ・モニカ(Rundown Studios)で、ツアー(同年11月9日-12月4日)に向けたリハーサルの最中に録音された。ミクシングは Steve Addabbo.

  • 1981年4月にアルバム 'Shot of Love' のセッションで別の録音がされたという噂がある(Clinton Heylin, 𝑇ℎ𝑒 𝑅𝑒𝑐𝑜𝑟𝑑𝑖𝑛𝑔 𝑆𝑒𝑠𝑠𝑖𝑜𝑛𝑠 [1995], p. 139)

上記の1980年10月1日の録音は、アルバム 'Trouble No More: The Bootleg Series Vol. 13 / 1979-1981' (2017) に収められている。

次の参加ミュージシャン。

Bob Dylan - vo, g
Fred Tackett - g
Willie Smith - kbd
Tim Drummond - b
Jim Keltner - ds
Clydie King, Regina Havis, Carolyn Dennis - background vo

(vo: vocals, g: guitar, kbd: keyboards, b: bass, ds: drums)

この1980年10月1日の録音には4連までしか収められていないが、著作権登録されているのは7連まで。

この不完全な形ではあっても、この歌は完成されていることが窺え、公式のアルバムや詩集に収められていないのが不思議なほどの力溢れる曲である。

動画リンク1 (dailymotion)
動画リンク2 (YouTube)
(上の2つは同じ音源)

上記の基本的文献 1.  A[dam]. T[imothy]. Bradford, 𝑌𝑜𝑛𝑑𝑒𝑟 𝐶𝑜𝑚𝑒𝑠 𝑆𝑖𝑛 [formerly 𝑂𝑢𝑡 𝑜𝑓 𝑡ℎ𝑒 𝐷𝑎𝑟𝑘 𝑊𝑜𝑜𝑑𝑠: 𝐷𝑦𝑙𝑎𝑛, 𝐷𝑒𝑝𝑟𝑒𝑠𝑠𝑖𝑜𝑛 𝑎𝑛𝑑 𝐹𝑎𝑖𝑡ℎ] (Templehouse P, 2015) がこの曲をタイトルにしている本であり、詳しく分析している。

ギルモーがこの歌に着目したのは、次の書の11章 'Yonder Comes Sin: The Retreat from Evangelism' の影響が大きい。この書については詩テクストの検討中に取上げる予定。

Michael Gray, 𝑆𝑜𝑛𝑔 𝑎𝑛𝑑 𝐷𝑎𝑛𝑐𝑒 𝑀𝑎𝑛 𝐼𝐼𝐼: 𝑇ℎ𝑒 𝐴𝑟𝑡 𝑜𝑓 𝐵𝑜𝑏 𝐷𝑦𝑙𝑎𝑛 (Cassell, 2000, 下)

Michael Gray, 𝑆𝑜𝑛𝑔 𝑎𝑛𝑑 𝐷𝑎𝑛𝑐𝑒 𝑀𝑎𝑛 𝐼𝐼𝐼: 𝑇ℎ𝑒 𝐴𝑟𝑡 𝑜𝑓 𝐵𝑜𝑏 𝐷𝑦𝑙𝑎𝑛 (2000)

この歌は、タイトルからして罪を問題にしたリクスの本(Christopher Ricks, 𝐷𝑦𝑙𝑎𝑛'𝑠 𝑉𝑖𝑠𝑖𝑜𝑛𝑠 𝑜𝑓 𝑆𝑖𝑛 [2003])には当然取上げられているが、公式詩集に入っていないこともあり、詳しい分析はなされていない。

また、ヘイリンの本(Clinton Heylin, 𝑆𝑡𝑖𝑙𝑙 𝑜𝑛 𝑡ℎ𝑒 𝑅𝑜𝑎𝑑: 𝑇ℎ𝑒 𝑆𝑜𝑛𝑔𝑠 𝑜𝑓 𝐵𝑜𝑏 𝐷𝑦𝑙𝑎𝑛 1974-2008 [2010])でも詳しく扱われている。

この歌について考えるための基礎として、詩テクストを、リクス流の校訂にならい、とまではいかないが、以下、できるだけ正確に確定してみる。

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