『しゃべるピアノ』
「ココがドコカ、ワカリマセン。」
全身ずぶ濡れで道端に倒れていた男は、警察官にそう答えた。
「君、名前は?」
「ケイサツはイヤデース。」
「だから、名前は?」
「ゴメンナサイ、ゴメンナサイ。」
この男、名前を聞かれることを極端に避けている。
「待てよ。これって、あの時と同じじゃないか。」
警察官の脳裏に浮かんだのは、ある男の名前だった。
「間違いない。この男は…」
「ヤメテクダサーイ。」
「あんた、ピアノマンだろ! 」
「…ハッ!」
無口だったピアノマンは、しゃべるピアノ(マン)へと変貌を遂げていた。
「待ちなさい!い、痛い。頭が…」
意識が遠のく警察官の隙をつき、男は暗闇に向かって駆け出して行った。
「…おい、おい!大丈夫か!」
警察官は、見知らぬ男の声で目を覚ました。
「全身ずぶ濡れじゃないか。どこから来たんだ?」
警察官は、その男に向かってこう答えた。
「ココがドコカ、ワカリマセン。」と。