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『美術館へ行こう ときどきおやつ』ノート

伊藤まさこ著
新潮社
 
 私の趣味のひとつは美術館巡りである――というほど、多くの美術館に行っているわけではないが、静かに絵を眺めるのが好きだ。
 大きな美術館はあまたある。東京上野の国立西洋美術館、上野の森美術館、東京都美術館などはいうに及ばず、地方の各中心都市にも大きな公立美術館があり、思いもかけぬ企画展をやっていることがある。
 岡山県倉敷市の大原美術館は収蔵物が幅広く、古代エジプトや中近東、中国まで、さらに西洋美術や日本画、抽象画、彫塑まで数多く展示しており、公益財団法人としては屈指の規模を誇る美術館である。

 一方、この本で取り上げる美術館は、北海道から鹿児島まで、街に溶け込んで目立たないが知る人ぞ知る小さな美術館や文学館を24ヶ所取り上げている。
 
 最初に取り上げているのは、北海道斜里郡斜里町にある「北のアルプ美術館」。名前の由来は、詩人の串田孫一を中心に、作家、写真家、登山家など感性が響き合う仲間が集まり、山への憧れやロマンを綴った『アルプ』という文芸誌だ。
中学卒業後に勤めに入った本屋でこの『アルプ』と出会った山崎猛さんが、創立者で館長である。「哲学者でもあり随筆家でもあり、詩人でもある一方、絵も描き装丁もし、楽器も奏でてしまう」串田孫一に魅せられ、その世界に心を揺さぶられた山崎館長は、4半世紀の間300号まで続いた『アルプ』の精神を伝えようと作ったのがこの「北のアルプ美術館」である。
 この館内には串田孫一の書斎を再現している。そこには、本はもちろん、机の上には、画材や彫刻刀、ルーペ、インク、折りたたみ定規、輪ゴムの束、錆びた鍵の束、携帯温度計や湿度計、メモ帳の束など孫一のお眼鏡にかなったものが無造作に置かれているそうだ。この書斎だけでなく居間も館内に再現されている。
 
 次に紹介されているのは、『六花の森』(北海道河西郡中札内村)。皆さんお気づきのように、花柄に包まれた北海道みやげで有名な「六花亭」だ。ちなみに私はここの「マルセイバターサンド」が大好きだ(笑)。
 この花の絵を描いたのが坂本直行という画家で、六花亭のために描き下ろしたのはすずらん、にりんそう、はまなしといった十勝ゆかりの花々全69種類にものぼるとのこと。この美術館には「六‘café」というお店があり、美味しいお菓子と飲物で一休みできる。この本のタイトルに付いている〝ときどきおやつ〟の意味は、紹介されている美術館に併設されているCaféなども併せて紹介しているからである。
 
 この本で紹介されている美術館はどれも魅力たっぷりであるが、変わったところでは、フィン・ユールという家具デザイナーの邸宅を再現し、美術館にした『フィン・ユール邸』(岐阜県高山市)、岡本太郎が84歳で亡くなるまで暮らした住居とアトリエを美術館にした『岡本太郎記念館』(東京都港区)、民藝運動で有名な柳宗悦の旧屋敷を改修した『日本民藝館西館』(東京都目黒区)、岩崎ちひろの『ちひろ美術館』(東京都練馬区)、『三鷹市山本有三記念館』(東京都三鷹市)などなど全部紹介したいくらい、一度行ってみたいところばかりだ。
 
 ちなみに、この本に載ってはいないが、私が訪れて印象深かったのは、長崎県長崎市東出津(ひがししつ)町(合併で長崎市に編入されたが、市の中心部からは随分と離れており、車で40分ほどの距離)にある『遠藤周作文学館』である。
 ここはキリシタンの里としても知られ、遠藤周作の代表作のひとつである小説『沈黙』の舞台となった外海地区にある。角力灘(すもうなだ)を見下ろす素晴らしい景色の場所にあり、晴れた日は五島列島が見える。ここには確かに〝遠藤周作〟が生きていた。
 

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