見出し画像

英国重音魔導士Electric Wizardが愛した怪奇映画と黒き秘儀


狂乱の60年代への郷愁

 その音楽性に黒き秘儀を込めたBlack Sabbathのオリジナルボーカルことオジーオズボーンが1979年にバンドを去り、1980年には英国ではNew Wave Of British Heavy Metalなるパンクのドライブ感を包括した新たなスタイルのメタルが台頭していた。Rise Above Recordsオーナー/Cathedralの中心人物であったリードリアン曰く、1980年代のイギリスのヘヴィメタルバンドの多くはJudas Priestの影響下にあった。

リードリアンはかく語りき

 元はNapalm Deathの2代目ボーカルであったリードリアンだが脱退少し後の1989年に結成した、狂乱の60年代を思わす“あの頃のロック”を英国に蘇らせたCathedralの誕生は何も偶然ではない。英国のみならず米国、また他の欧州の国々においても“あの頃のロック”への回帰運動が進んでいた。
 
 米国においてはヘヴィメタルよりはハードコアシーンの方が先陣を切って狂乱の60年台に思いを馳せていた。西海岸のBlack Flagにおいては80年リリースDamagedはボーカルスタイルやドラムのビートはパンクながらもそのリフはロックたるものであったし、中心人物のグレッグギンが運営するSST Recordsからは狂乱の60年代最悪の象徴ともいえるチャールズマンソンのレコードをリリースしようとしたが匿名の脅迫文が相次ぎ頓挫している。また同レーベルからはSt VitusといったDoom Metalバンドのリリースもされている。


Black Flag/Dameged


60年代最悪の象徴チャールズマンソン


 こちらは回帰というより時代の流れによるもではあるが、東海岸においてはボストンハードコア勢であるSS DecontrolやGang Greenといったバンドがハードロックへと音楽性が変遷していった(一説によると同郷Aero Smithの影響であるとも)
 
 前述のSST Recordsからの遺志を継ぐかの如くシアトルに現れたSubpop Recordsは後の90年代グランジムーブメントの第一人者となるが、88年リリースのMudhoneyの1stEP Superfuzz Bigmuffにおいてはガレージ的リフの反復とファジーなサウンド、またアートワークのサイケデリックなデザイン等が“あの頃のロック”を彷彿とさせる作品となっている。
 

Mudhoney/Superfuzz Bigmuff

 そもそもMudhoneyというバンド名もアメリカのエクスプロイテーション映画の立ち役者であり巨乳映画の巨匠であるラスメイヤーの65年の同タイトル映画より取られている。またSST Recordsにも在籍した過去があり、Subpop Recordsからもリリースの経験があるSoundgardenに関してもMudhoneyと同様の特徴がみられる。

巨乳映画の巨匠を崇めよ

 一方欧州各地では90年代初頭から中頃にかけてEntombed、Gorefest、Pungent Stench、Carcass等といったDeath Metal勢を筆頭にその猥雑さを残しながらも“あの頃ロック”へと回帰したDeath‘n‘Rollなる新たなスタイルが誕生した。EntombedのニッケはDeath‘n‘Roll飽き足らず、“あの頃ロック”に思いを馳せるThe Hellacoptersを94年に結成することとなる。

Entombed流Bluesなのかもしれない

 こうした世界的な回帰運動の中、英国でも同様に“あの頃のロック”を思わせる重音魔導士が誕生する。Electric Wizardは前身の5バンドを経て93年に結成、以来その持ちうる破滅的轟音で世の安寧を乱すがためかの如く黒き秘儀を再来させた。Electric Wizardが他のDoom Metalバンドと一線を画す特徴はサウンドだけにとどまらない。アートワークやそのトラックタイトルには狂乱の60年代を経て社会へ、そして映画をはじめとするメディアに流れ込んだサタニズムやオカルティズムを集約し再編したことにあった。

重音魔導士Electric Wizard

映画への黒き秘儀の流入

 70年代はホラー映画において転換期であった。米国においては60年代末か70年代初頭にかけてジョージAロメロのナイトオブザリビングデッド(68)、アレハンドロホドロフスキーのエルトポ(70)、ジョンウォーターズのピンクフラミンゴ(72)、といった、ハリウッド一極集中型のこれまでの映画業界では配給されないようなカルト映画が深夜の映画館で上映を繰り返し米国各地で熱狂的な人気を博していった。

ナイトオブザリビングデッド(68)
エルトポ(70)
ピンクフラミンゴ(72)

 そうしたカルト映画が普及しやすくなった土壌の元、69年に起きたマンソンファミリーによるシャロンテート殺害事件以降、米国のアンダーグラウンドな映画シーンは西海岸的サタニズム要素をプロットに落とし込んでいくことになる。

 いち早く影響を受けた作品として70年作処刑軍団ザップがあげられる。サタニズムヒッピー集団が平和な田舎に訪れサバトの儀を行う中、面白半分で村の娘を蹂躙しその祖父をLSD漬けにする。その家族である少年は復讐に燃え、狂犬病の犬の血を混ぜ込んだパイをヒッピー集団に食わせるが正気を失い更なる惨劇へと発展するという筋だ。

処刑軍団ザップ(70)

 72年に制作された血まみれの農夫の侵略もまた影響を受けた作品である。古代ドイルド教の教信者である農夫たちが女王の復活の儀を行うために生贄として血を集めていくという筋だ。

血まみれ農夫の侵略(72)

 どちらの映画にも共通するのは犠牲と血であるが、これは60年代に米国西海岸で巻き起こったサタニズム旋風の1つであるカルト団体4P 運動が引用した東方聖堂騎士団の様式に由来する特徴がみられる。東方聖堂騎士団は1902年にドイツで創設された団体で、12世紀にエルサレムにて秘教キリスト教団の聖堂騎士団の後継団体を謳っている。1911年には狂宴の魔術師アレイスタークロウリーがイギリスに支部を創設しているあたりいかがわしさが窺える。
 

東方聖堂騎士団
狂宴の魔術師アレイスタークロウリー

  一方時を同じくして70年頃の英国においてはハマーフィルムプロダクションが隆興の末期を迎えていた。ハマーフィルムはこれまでに数多の怪奇映画を生み出してきた老舗怪奇映画メーカーだ。

ハマーフィルムプロダクション

 怪奇映画の源流を辿れば元は1920年代にカリガリ博士やノスフェラトゥといったドイツ表現主義の無声映画に始まるが、その後ナチスドイツの台頭によりドイツ表現主義の映画業界を担っていた人材が同郷のユニバーサル社のカールレムリ社長を頼り米国に亡命。その後ユニバーサルモンスター映画の金字塔である、ベラルゴシ演じる魔人ドラキュラの製作にも影響を及ぼすこととなる。

元祖ドラキュラ俳優ベラルゴシ

 その後フランケンシュタイン等ユニバーサル社は数々の怪奇映画を世に送り出し怪奇映画ブームを作り上げていくが、第二次世界大戦の影響もあり40年代に入る頃には米国ではその熱も忘れ去られることになる。しかしその薄暗い情熱は英国にて再び燃え上がることとなる。その仕掛け人こそが前述のハマーフィルムプロダクションだ。

 ハマーフィルムプロダクションはユニバーサル社が耕した道を繰り返し掘り起こし、同社初の記念すべき怪奇映画1作品目に57年作フランケンシュタインの逆襲、また2作品目にはクリストファーリー演じる58年作吸血鬼ドラキュラを撮影し、以降独自の路線を進むこととなる。掘り起こしと表現したが、この2作品のヒットはアメリカでの配給を担当したユニバーサル社を倒産の危機から救うこととなる。

フランケンシュタインの逆襲(57)
吸血鬼ドラキュラ(58)

 前述のとおり70年代頃には隆興の末期を迎えていたハマーフィルムプロダクションだが、作品に溶け込んでいる黒き秘儀は同年代の米国映画におけるカラっと乾いた西海岸的なサタニズムのそれとはまた異なるイメージを持つ。

 あくまで、魔女狩り元帥マシューホプキンスや狂宴の魔術師アレイスタークロウリーを輩出した英国流の湿っぽさを醸し出していた。Electric Wizardはそうした英国流の湿っぽさを持つ怪奇映画を愛し、Black Sabbathが耕した道を繰り返し掘り起こし、棺を横たわらせ腐った土を新たに上からかぶせた。Electric Wizardのメンバーの居住地が湿地帯であるのも、その湿っぽさに無関係ではないと推測してしまう。

英国重音魔導士Electric Wizardが愛した怪奇映画

 07年リリースのWitchcult Todayのアートワークはハマーフィルムプロダクションが68年に発表した悪魔の花嫁(原題The Devil Ride Out)が用いられている。オカルト学者とその友人が故人である空軍時代の同僚の息子を気にかけ訪ねたところ、悪魔崇拝のカルト教団に入信したことを知り引き戻そうと奮闘するという筋だ。
 
 本作には父がいない=神の不在というキリスト教的暗喩が含まれており、神の不在により悪魔崇拝に走ったという見方が取れる。またそれまで悪役の側であったクリストファーリーが、オカルト学者として善の側を演じているのもまた興味深い作品である。

Electirc Wizard/Witchcult Today
悪魔の花嫁(68)

 悪魔の花嫁はデニスホイートリーが34年に発表した同タイトルの小説が原作となっている。それまで黒魔術を題材にした小説は酷評を受ける作品が多いとされてきたが、アレイスタークロウリーの黒き秘儀を継承したデニスホイートリーの出現がその風潮を刷新した。

 ハマーフィルムが発表したデニスホイートリー原作作品では若き日のナスターシャキンスキーが出演している76年作の悪魔の性キャサリン(原題To The Devil‘s Daughter)も挙げられる。悪魔崇拝の教会で育てられた美しき少女が18歳の誕生日の日に悪魔へと生まれ変わるべく加護されているが、実父の代理であるオカルト作家が少女を取り戻そうと奮闘するという筋だ。

悪魔の性キャサリン(76)

 悪魔の花嫁と悪魔の性キャサリンは共にMasterpiece Of Black Magicとして銘打たれている。また悪魔の性キャサリンをもってハマーフィルムは映画制作活動の最後の作品となったが、同プロダクションの中でも際立って禍々しく不穏な空気感を纏っており有終の美を飾るのにふさわしいと言えるだろう。

 吸血鬼ドラキュラに始まりベラルゴシよりもドラキュラ役を演じてきたクリストファーリーであったが、クリストファーリーが演じるドラキュラシリーズの最後となった作品が73年作新ドラキュラ悪魔の儀式(原題The Satanic Rites Of Dracula)だ。こちらは前述のWitchcult Todayの中にも同タイトルのトラックが収録されており、Electric Wizardのハマーフィルム愛が窺える。永遠の存在であるドラキュラが死を望み地球を道連れにするため、悪魔教団を通じて培養したペスト菌を散布しようと目論むシリーズ最後にして終末的な筋だ。

新ドラキュラ悪魔の儀式(73)
クリストファーリー御大

 シリーズ最後と繰り返し強調したが、ハマーフィルムは新ドラキュラ悪魔の儀式の次にもドラキュラ映画を作成している。そのタイトルはドラゴンVS7人のドラキュラだ。ハマーフィルムと香港のショウブラザーズの共同作成作品でありホラーとカンフーがクロスオバーした内容となっている。前述のとおりクリストファーリーは新ドラキュラ悪魔の儀式でドラキュラ役を引退しているため出演はしていない。
 
 ハマーフィルムプロダクションにばかり焦点を当ててしまったが、同アルバムに収録されているDunwichはアメリカ産B-Movieの帝王ロジャーコーマン監督作品の70年作ダンウィッチの怪から拝借している可能性が高い。ダンウィッチとは映画の原作小説の著者であるHPラヴクラフトが体系軸を立てたクトゥルフ神話に頻出する地名ではあるが、Electric Wizardの中心人物ジャスがお気に入りの映画としてダンウィッチの怪を挙げている。

ダンウィッチの怪(70)

 00年にリリースされたDopethroneのタイトルトラックにて冒頭のSEとして低い悪魔のような笑い声が入っているが、こちらは西ドイツ産魔女狩り映画の70年作 残酷女刑罰史(原題Hexen英題Mark Of The Devil)よりサンプリングされている。1645年頃に実在した悪名高き魔女狩り元帥マシューホプキンスが行ったとされる悪行について描かれている作品だ。

Electric Wizard/Dopethrone
残酷女刑罰史(70)

 英題のMark Of The Devilとあるように、ホプキンスは魔女の嫌疑がかけられている女性の体を執拗に調べ上げ、生まれつきの痣や古い傷跡を悪魔のしるしをでっちあげていた。また魔女は刺されても血を流さないとされていたため、圧がかかると柄の中に針が引っ込む仕掛けの獲物を悪魔のしるしへと突き立て無実の女性を何人も魔女に仕立て上げていた。これを試し刺しという。
 
 ホプキンスはイングランド各地の村や町を巡回し数多の魔女を仕立て上げ、裁判所からの報酬を受け取って生計を立てていたのだ。この醜悪なイカサマは14か月の巡回をもってして、過去160年間イングランドで行われてきた魔女狩りの犠牲者よりも多い数の無実の魔女達を絞首台に送ることとなった。

マシューホプキンス

 英国人にとってはやはり強烈な存在であるからか、二つ名の魔女狩り元帥からバンド名を拝借したNWOBHMバンドWitchfinder Generalが存在し、リードリアン率いるCathedralもHopkinsなる曲を残している。またElectric Wizardも残酷女刑罰史からのサンプリングに止まらず、同アルバムにマシューホプキンスについて歌ったI The Witchfyndeを収録している。

  重音魔導士Electric Wizardの血肉となった怪奇映画を挙げていったが、これらは一端にすぎないであろう。そして魔導士はその黒き秘儀を重音に乗せるだけに止まらず、映画にも還元させていた。

 21年に公開されたサイケデリック悪魔崇拝映画Lucifer’s Satanic Daughterに同タイトルの激重破滅チューンを提供しているのだ(略してLSD…)。

Lucifer’s Satanic Daughter(2021)

 アシッドキングと名高い男が悪魔に友人達を生贄に捧げ邪悪な魔女を召還するという筋だ。まるで狂乱の60年代の悪夢を再編し、70年代の黒き秘儀を秘めた映画に逆行したような筋書きに身震いがする。これまで作られてきたヘヴィメタルを揶揄するような映画とは異なりシリアス、と言うべきなのか兎にも角にもメタルフリークスにも怪奇映画愛好者にも日本公開が待ち望まれる一本なのは間違いないだろう。











この記事が参加している募集

コンテンツ会議

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?