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私がニンジンをラペるとき

荒くラペしたニンジンが好き。包丁で細く切った千切りのものよりも、不揃いでザクザクと歯応えがする方がおいしいと感じる。市販の袋入りのラペは、どちらかと言うと極細千切りタイプのものが多いので、時間がある時は自分でニンジンをラペします。

日本のものより小ぶりでスリムなフランスのニンジンの皮を、ピーラーでシュッシュッと剥いていく。そして上下端を切り落とし、太い方からジャッジャッと豪快にラペの上を滑らせる。一本のニンジンがあっという間に砕けて落ちる。

ラペ(Râpe)とは特殊なおろし器のことで、フランス語のアクセント記号がなければなんとも卑しい意味にも取られかねない、英語ベースの世界基準としては、なかなか際どい単語。日本ではチーズ用のおろし金としてよく目にする調理器具です。

私はニンジンが好き。生のニンジンを食べる時の、ボリボリガリガリ頭蓋骨に響くあの音が好き。馬が丸ごとのニンジンをボリボリ食べるところを見るのも好き。ギュッと身の詰まった硬いニンジンを、馬の強固な歯が容赦なく噛み砕いていく音。圧倒的な力の差を見せつけられているようで、自分の弱さが透けて見えそうな瞬間。私の小さな口では丸ごとのニンジンをあれほど強く噛み砕くことは出来ないけど、ラペでラペして身の丈に合った形に変えて、おいしいと感じる形にしていただきます。

私は料理が得意ではなくて、家には小型のナイフしかありません。日本の家庭に常備してあるような家庭用包丁は使えないけど、料理はできる。小型ナイフやハサミがあれば、料理は作れるから。得意じゃなくても料理を作ることはできる。

そう、自己流。

学校の家庭科で習い始める以前から台所に立って、自分が食べる為に料理をする子供でした。両親が共働きで、学校から帰っておなかが空いていても誰もいないし、何も食べるものがないから、勝手に冷蔵庫や戸棚を開けて、適当に料理を作って食べていました。

確か最初に作ったのは、卵チャーハン。フライパンに油を入れて火にかけ、卵を一つ割り入れる。へらで適当にかき混ぜて、炊飯器のご飯をひとすくい加えて炒める。味付けは塩。それだけ。それが小学一年か二年の頃に作って食べていた平日のおやつ。野菜室に残っていたシイタケを魚グリルで焼いて、しょうゆを垂らして食べていたのは小学四年くらいの頃。

私にとって普段の料理は、テキストに書かれたものを分量通り、指示通りに調理するのではなくて、目の前にある食材をどう組み合わせるか、どうやっておいしく食べられる状態にするかを考えながら手を加えること。

繊細なものが食べたければ外食すればいい。テイクアウトでおいしいものを買ってくればいい。私にとって料理とは、お風呂に入ったり歯を磨いたりすることとそう変わらない、日常のルーティン。食材に手を加えて食べられるようにして、空腹を満たす為の作業。

私がフランスに移住して、真っ先に手を伸ばした野菜はニンジン。パリ十二区、リヨン駅がすぐ目の前にあるオスマン建築、七階、エレベータ無しの狭いアパートの極狭キッチンで、ボールいっぱいにラペしたニンジンをヴィネグレット(*油とお酢ベースのフレンチドレッシング)で和えてバクバクと食べていた思い出。今はヴィネグレットより、単純に塩とブラウンシュガーで和えるのがマイブーム。少し多めにラペして二、三日で食べ切るスタイル。毎回食卓に出す時にハーブやソースでアレンジすれば、和にも洋にも中華にも雰囲気を変えてくれる万能な作り置き。

昨日作ったラペは、多分今晩使い切る。そしたらまた明日、私はニンジンをラペる。自分でラペる時にいつも困るのは、ラペしきれなかった最後の小さな欠片をどうするか。これはもう仕方がないからパクっと食べるか、小さな包丁でスライスするしかない。ラペにも限界はあるってこと。

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