【映画鑑賞】『PERFECT DAYS』#1 翻訳家柴田元幸さんの気配

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久しぶりに映画館で映画を観た。早くこの目で確かめたかったのだ。カンヌ映画祭受賞作品、米アカデミー賞ノミネート作品に、翻訳家柴田元幸先生が出演されていることを。
数週間前から、X(旧Twitter)で翻訳家の皆さんが次々と「柴田先生が写真屋の店主で出演」とつぶやいておられたので、断然、観たくなった。

公式のX(旧Twitter)でもポストされていた。

主人公の平山が店に入り、奥のカウンターまで進むと、おお、座っておられた。平山に負けないくらい無口で、いらっしゃいとも言わなかったような。目も合わさず、返事もはっきりせず、手にした小さな本から目を離さず対応していたような。下町のぶっきらぼうな店主という設定だったのだろう。

現像に出していた写真を受け取り、カメラのフィルムを入れ替え、また現像に出すという、平山の週末のひとつのルーチンとして、2回映されたと思う。

柴田先生の出演はそれだけだったが、そもそも映画の公式サイトを見たときにも、気配を感じた。

こちらをクリックして、動画が流れたあとで表示されるenterをクリックすると、テキストが流れていく。右上の+Indexをクリックして、ENで英語表示にすると英語テキストも流れる。ドラッグをするとテキストが揺れ、英語版の下の方では単語が文字にまで分解されて楽しい。
このテキストを読むと、柴田先生が訳されているなかの一部の現代英語小説に雰囲気が似ている。小説だけど「~た」「~した」という過去形ではなく、「~る」「~いる」のような現在形で物語が進んでいく。「KOD(研究社オンライン辞書)を使った翻訳演習」で学んだところでは、こういう新しい書き方はポストモダンの後、ミニマリズム文学で登場した。ミニマリズム小説では、個人の日常が丁寧に描かれる。
モノを持たない平山のシンプルライフの物語にふさわしい。
この文章を脚本の原案として、柴田先生が執筆や提案をされたのでは……。

さらに、上記サイトの右上の+Indexからcollectionを選ぶと、映画で使用されたカセットテープの音楽や本が紹介されている。これまた、柴田先生のラジオのようなオンライン朗読イベントで紹介されそうな曲であり、訳された本に関連していそうだ。たとえば、近年の先生の訳書に『ポータブル・フォークナー』がある。
ちなみに、わたしが最初にnoteに書いた記事はこの朗読イベントの記録だった。

公式サイトのstaff表示では、脚本はヴィム・ヴェンダースと高崎卓馬となっているが、こんなふうにわたしは柴田先生の気配も感じとった。

そうなると、役所広司が演じる平山まで、すこし柴田先生に似て見えてくる。本を読むときの眼差し、眼鏡を外すしぐさ、きびきびとした動作が。

平山が清掃員を務めるTHE TOKYO TOILETプロジェクトの公式サイトを見ると、紹介メディアとしてSWITCHが挙がっている。柴田先生が責任編集をされている文芸誌MONKEYと同じ発行元(株)スイッチ・パブリッシングの雑誌である。
残念ながら映画パンフレットは売り切れだったので詳しくは確認できないが、この辺りも関係するのだろう。

映画の中に登場した美しいデザインの公衆トイレの数々は、このTHE TOKYO TOILET公式サイトに写真入りで紹介されている。たとえば、木板が沢山貼られたような変わったデザインのトイレは、隈研吾デザインの鍋島松濤公園トイレ「森のコミチ」だそうだ。

東京へ行く機会があったら、どれかひとつでも行ってみたい。映画効果で並ばなければいけないだろうか。

最後はトイレの話に変わってしまったが、柴田先生がご出演と知ってあわてて見に行った翻訳者や海外文学ファンも多いと予想する。

この映画は本当に良かったので、#2以降、感想や分析をここに書いていく予定だ。米アカデミー賞発表の3月10日頃まで。


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