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多様な「幸せのかたち」 【ブックレビュー】三浦しをん『愛なき世界』(中央公論新社、2018年)

著者:三浦しをん
書名:愛なき世界
出版:中央公論新社

 小説を2冊くらい買って帰ろうと思いながら、書店をウロウロしていたときに見つけて手に取った一冊。三浦しをん先生のことは、『舟を編む』で知っていた。当時の恋人の影響で読書がマイブームだった高校生時代、『舟を編む』が本屋大賞を受賞した。その後今に至るまで、小説『舟を編む』は読めていないのだが、映画化された作品が素晴らしかったことが思い出される。本書の帯に記載された「草食系恋愛小説の名手」という謳い文句から、『舟を編む』の主人公もそんな感じだったなと、映画のシーンが脳裏に浮かぶ。

 本書は、日々植物の研究に励む大学院生の女の子(本村)に好意を抱きつつ、洋食屋で修行する男の子(藤丸)を描く。植物の研究に生涯を捧げると決め、恋愛や結婚を放棄した女の子と、男の子とのもどかしい距離感が、まさしく「草食系」恋愛を思わせる。

 本書は、植物の研究というかなり高度なテーマを扱っているため、学術的な説明をするための記述が多い。もちろんかなり噛み砕いているだろうし、さして物語に重要でない部分は省かれたりしているのであろうが、それでも説明が数ページに渡って続いてしまうので、やや「脳が疲れる」読書だなと思ってしまった部分もある。
 加えて、文体があまりに平易で、よく言えば読みやすいのであるが、悪く言えば、物語に劇的な展開がないところは読むのがやや退屈だなと思ってしまった。このことと相まって、物語の展開が突然すぎるように思われるところもあり、全体的なバランスが悪いように思えるなぁというのが正直な感想である。

 しかし、物語全体を読み通せば、心地よい感覚に満たされる。このまま終わってしまうのかと意外にも思ったが、さまざまな「幸せのかたち」が提示されたのだなあと思う。物語は、本村と藤丸の両視点から描かれているが、特に本村の立場から本書の物語を読み解くと、何かひとつのことを突き詰めることの悦びが描写され、こういう人生も幸せなんだろうと思う。もしこの物語が映画化されたら、大好きな映画の一つになるはずである。
 本書の最後には、謝辞として多くの名前が挙げられている。本文を読んでいるときにも、実験器具や施設の描写などが非常に細かくなされていたことが印象的であったが、綿密な取材の賜物であろう。

 苦悩、悲哀、歓喜など、人のさまざまな感情が詰め込まれた一冊。

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