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『闇の底にて与えられん〜発達障害の陰陽』第3話「妻に病む」(note創作大賞ミステリー部門)

第3話【妻に病む】

この日のコンサルの場に真未さんの姿は無い。
今回ばかりは、千佳の希望を通す形にしてやろうと、赤賀さんご夫妻と俺とで話し合ったからだ。

コンサルティングフィーを支払っている俺に何の相談も無く、真未さんの席外しを要求するとは、いい度胸じゃねぇか。
なぁ、真未さんに対する千佳の失礼な態度を詫びたりさぁ、俺の仕事ばかりが増えていないか?

俺は言いたいことをグッとこらえながら、黙って千佳の隣に座った。

千佳が言った。
「5日前のコンサルの件ですが、、、どうされますか?」

いつも黙っているくせに、こんな時だけ開口一番。

「あれから真未と話しました。」
赤賀さんが事前に話し合っていた予定通りの話をして下さった。

「前回、私は、なぜ真未はすぐに謝らないのだろう?と不思議に思っていました。

どうやら、あなたに自覚が無い場合に告知になってしまうから、あなたには聞けない、という理由があった様です。」

「え?」千佳がかすかに驚いたように見えた。

赤賀さんが続ける。

「それから、真未はあなたの夫、克己さんに確認して、伝えて良いと言われたと言っています。」

「夫が許可したってことですか?私に確認せずに?」

真未が左隣に座っている俺を見ようとした時、赤賀さんが言った。

「あなたの夫は、あなたが原因でしんどくなっていますよ。

鬱に近い症状だと言えるでしょう。」

その後、真未が言った言葉を、俺は知らなかった。

「…いわゆる、カサンドラだと?」

赤賀さんが、一瞬、間を置いて
「…そうですね。」

カサンドラ?何のことだ?

赤賀さんが説明して下さった。

「正式な病名ではないですが、発達障害者のパートナーの精神疾患について、カサンドラ症候群という言葉を使うことがあります。」

おそらく俺のことだ…

「もう千佳と一緒にいるのがキツいです。」

俺は初めて、この自分を気持ちを口に出した。

千佳に向かってではなく、赤賀さんに対して伝える形になった。

「毎日がしんどいんです。」

「克己さんは、最悪の場合、自殺の怖れがあります。
お二人とも、心療内科への通院をおすすめします。

千佳さんは、発達障害の検査を受けられてはいかがでしょうか?
周りとの認知のズレを自覚して、学ぶ必要があるでしょう。

克己さんはうつ病かもしれないので。」

そこで、俺に仕事の電話がかかってきた。
こんな重苦しい場所に、いつまでもいたくない。

「ここで僕は、失礼します。」

部屋を後にしながら俺は、千佳が俺の気持ちを知って反省して欲しいと考えていた。

それから妻は赤賀さんと二人で長時間、ビデオ通話していた。

そして、
この日以降、千佳は俺の顔や目を見ることがなくなった。

…いや、もっと前からだったか?

そのうち機嫌を直すだろうと、話しかけてみると返答はあるものの、もう目が合うことはなかった。

執念深いやつめ。

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