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見せたいビデオ

静寂に支配された法廷の薄暗い内部。冷たい白色の照明が、緊張と不信感に満ちた傍聴席を照らしていた。証言台の上には、憔悴した顔をした青年、白石健太が立っていた。

「検察官、お尋ねします。」

厳格な顔をした検察官が尋問を開始した。

「被告人、被害者の部屋に忍び込み、金品を盗んだことを認めますか?」

健太の体は震え、かすれた声で答えた。「はい。」

「では、被害者が帰ってきた時、被告人が自室に逃げ込んだのは事実ですか?」

「はい。」

「被害者は被告人の顔を見ましたか?」

健太はためらい、それから頷いた。「はい。」

傍聴席では、ささやき声が交錯し始めた。被害者も被告人も、お互いの顔を知っている。これは単なる強盗ではなく、復讐か私怨に違いない。

検察官の尋問が続く。

「被告人、被害者が被告人の顔を見たと知っていながら、どうして隠さずに部屋に逃げ込んだのです?」

「......」

健太は言葉を詰まらせた。彼の取り乱した表情は、何かを隠していることを物語っていた。

「答えないのですか?被告人。」

検察官の声はより厳しくなった。

それでも健太は黙り込んだ。傍聴席のざわめきは大きくなり、裁判官が制止する声が響いた。

「被告人、質問に答えなさい。なぜ被害者が被告人の顔を見ているにもかかわらず、隠さずに部屋に逃げ込んだのですか?」

健太は顔を上げ、裁判官を見た。彼の目は恐怖と絶望でいっぱいだった。ようやく、震える声で彼は口を開いた。

「......見せたかったんです。」

法廷は凍りついた。誰もが彼の言葉の意味を理解できなかった。

「見せたかった?」検察官が困惑した表情を浮かべた。「何をですか?」

「あの......ビデオを。」

健太はかすかに振り向いた。傍聴席の後方に、一人の女性が座っていた。長髪で眼鏡をかけた、年齢不詳の女性。健太の視線が彼女と交差した瞬間、彼女の表情が硬直した。

「あの女性に......」

健太がかすかに言うと、裁判官が遮った。

「被告人、彼女の名前を言いなさい。」

「あの女性は......」

健太はためらいながら、絞り出すように言った。

「私の元恋人です。」

傍聴席から、どよめきが上がった。復讐か私怨ではなく、これは情念に絡んだ事件だった。

裁判はさらに進行した。健太は、元恋人であるその女性の部屋に忍び込んだ動機を語り始めた。2人はかつて愛し合っていたが、ある日突然、彼女から別れを告げられたという。ショックを受けた健太は、別れを受け入れられず、彼女をストーキングするようになった。

「彼女を諦められなかったんです。別れた後に彼女が男と会うのを見て、嫉妬と怒りで気が狂いそうになりました。」

健太は嗚咽を漏らしながら語った。

「それで、彼女の部屋に忍び込んで、彼女の私物を盗んだんです。見知らぬ男といるところを撮影したビデオも盗みました。彼女を苦しめたくて、見知らぬ男にあのビデオを見せたんです。」

法廷は、健太の異常な執着心に戦慄した。しかし、健太が語った動機は、彼が犯した罪の正当化にはならなかった。

「被告人、被害者の部屋に忍び込み、金品を盗んだことは認めましたが、被害者に対する暴行についてはどうですか?」

検察官が続けた。

「暴行......」

健太の体が震えた。「はい、その通りです。」

「被害者は病院に搬送されました。現在、昏睡状態です。」

健太は顔を覆った。彼の嗚咽が、静寂な法廷に響き渡った。

「あの時、私は興奮していました。彼女を殺すつもりはありませんでしたが、邪魔されたら殺すだろうという気持ちはありました。」

健太は自らの暴行行為を認めた。彼は元恋人に命の危険を及ぼしていた。

裁判は最終弁論を迎え、検察官は健太に懲役15年の判決を求刑した。弁護人は、健太の犯行が情状酌量の余地があるとして、執行猶予付きの懲役刑を求めた。

裁判官は長い沈黙の後、判決を言い渡した。

「被告人、白石健太。あなたは強盗、窃盗、暴行の罪で、懲役10年の有罪とします。ただし、執行猶予5年をつけます。」

健太はかすかに安堵の表情を浮かべた。彼は拘置所から釈放され、刑務所内で治療を受けることになった。

**元恋人の視点**

健太が刑務所送りになってからも、彼の元恋人である美咲の心は穏やかではなかった。彼女は国外に逃れ、新しい生活を築いていたが、健太の罪の重さに耐え切れずにいた。

彼女は健太の異常な執着心を知っている。彼には歪んだ愛があり、その愛は憎しみと怒りに変わっていた。美咲は、健太が刑期を終えた後、また自分を探すのではないかと恐れていた。

そんなある日、美咲のもとに一通の手紙が届いた。差出人は健太だった。美咲は震える手で手紙を開いた。

「美咲、ごめんなさい。あの時、君を傷つけるつもりはなかった。ただ、苦しめてやりたかったんだ。」

健太の手紙には、後悔と憎しみが入り混じっていた。美咲は涙を流しながら読み進めた。

「刑期を終えて出所したら、君に会いたい。もう一度、君に償いたい。」

美咲は返事を書こうか迷った。健太への憎しみは消えていなかったが、どこかで彼の心境の変化を感じ取っていた。

**結末**

健太が出所した日、美咲は彼の待つ公園を訪れた。健太はやつれてはいたが、彼の目には以前とは違う光が宿っていた。

「美咲、来てくれてありがとう。」

健太はかすれた声で言った。

「私はあなたのことを許すつもりはありません。でも、あなたが償おうとしていることはわかります。」

美咲は健太を見つめた。彼の目には涙が浮かんでいた。

「それでいいんです。たとえ許してもらえなくても、私は自分のしたことを償います。」

健太と美咲は、長い沈黙に包まれた。彼らの間に流れる感情は複雑で、憎しみも愛情も混在していた。

やがて、美咲は健太に言った。「一緒に新しい人生を歩みましょう。」

健太は驚いた表情を浮かべた。「私はあなたに迷惑をかけました。許されません。」

「違います。あなたは償おうとしているんです。一緒に力を合わせれば、乗り越えられると思います。」

美咲の目には、決意が宿っていた。健太は美咲に近づき、彼女の肩を抱いた。

「美咲、ありがとう。君と新しい人生を歩めるなら、どんなことでもします。」

健太と美咲は、過去を清算し、共に未来へと歩み始めた。あの「見せたいビデオ」は、彼らの間にあった闇の証だったが、同時に、再生と希望の象徴となったのだった。

しかし、健太の過去の罪が彼らを完全に解放することはなかった。美咲は健太を完全に信じることはできず、常に彼の行動を警戒していた。健太は美咲の信頼を取り戻すために懸命に努力したが、彼らの関係は元には戻らなかった。

それでも、健太と美咲は、壊れた過去と再生の未来との間で、共に苦悩しながらも歩み続けた。あの「見せたいビデオ」は、彼らの傷跡と再生の可能性の両方を象徴するものとなったのだった。

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