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ベランダキャンプ

日々やり過ごすように生きる中で、男には唯一の趣味があった。
それがベランダキャンプである。
男の家のだだっ広いベランダで、ただテントを立ててキャンプをする。
それだけが、なぜか心を満たす。
お湯を沸かし、寒い夜空の下でカップラーメンを啜る。
厚着をして体を温めながら、暗闇の中、豚骨の味を堪能する。
この瞬間こそが、男が生まれてきた意味であり、何者かになれる瞬間だった。
ある日、男に取材が入る。
誰かが男がベランダキャンプに詳しいという噂を流したらしい。
ベランダキャンプを十年続けている人という名目で取材をされた。
男は言う。
ベランダキャンプとは、何物にも楽しみを見出せず、それにもかかわらず、日々の生活で心をすり減らし、心を満たすことのない人にしか楽しめないと。
男は続ける。
そもそも、ベランダでカップラーメンを食べることに喜びを見出すのなんて、普通からしたらおかしいものだ。テレビで取材して真似する人が出てくるとは思えない。この取材には意味がないと。
しかし、男のような境遇の人はたくさんいたのだ。
わずかにベランダキャンプはブームになった。
男は、ネットで配信をすることで、多少の人気を得ることに成功した。
ベランダキャンプの先駆者として。
しかし、皮肉なもので男はその時はすでにベランダキャンプなどしていなかった。
他に満たされるものを見つけてしまったのだ。

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