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「ニューエコノミー/ネクストジェネレーション」(後編)

本基調講演は『WIRED』日本語版の編集長を務める松島倫明さんをお招きし、「ニューエコノミー/ネクストジェネレーション」をテーマにお話いただきます。

後編となる今回ではまず、未来の思索を通じて現在の認識を変えうる可能性を指摘します。続いて15年後の未来に対する期待度の差を示し、これをいかに上げていくかが、現実のイノベーションへとつながっていくと語られます。そして最後に、ポスト・ニューエコノミーとして、テクノロジーと共存する世界におけるウェル・ビーイングを模索するという『WIRED』の姿勢についてお話しいただきます。(前編はこちらから

本記事は、2019年1月に開催した『METACITY CONFERENCE 2019』の講演内容を記事化したものです。その他登壇者の講演内容はこちらから
・TEXT BY / EDITED BY: Shin Aoyama (VOLOCITEE), Kasumi Nakamura
・PRESENTED BY: Makuhari Messe

LIFE 3.0──1万年後の未来から現在を考える──

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松島:こうした楽観的な未来と悲観的な未来の描き方に関して、『LIFE3.0』という本をご紹介したいと思います。これは、マックス・テグマークというMITの宇宙理論物理学者が書いた本です。LIFE3.0というのは、生物学的な生命が文化的な生命に変わったその次は、テクノロジカルな生命に変わる、という提言です。生命を、ある種の複雑性を維持しながら複製を残していくものであると定義したときに、これから地球上の生命は1億年かけて宇宙まで拡散していく可能性がある、と書いています。

ここでは彼が『LIFE3.0』の中で挙げた、1万年後の世界の未来のシミュレーション・シナリオ12個をご紹介したいと思います。きょうは『METACITY』、思考実験が一つのキーワードになってますので。

まずは「自由論者のユートピア」。他人を傷つけない限りは、自由を享受できる。先ほどのUseless Classも、Homo Deusも、AIも、あるいは意識をアップロードしたロボットも、全員が共存してお互いの自由を尊重しながら暮らしていくというシナリオですね。

2番目のシナリオが「善意の独裁者」。すなわち一つの独裁的なAIが全世界を統治しているけれども、そのAIは人間のことを考えてくれているので、人類もそれを認めているという世界観です。

3番目のシナリオが「平等主義者のユートピア」。これは独裁者の逆で、ある種の共産主義ですね。全員がユニバーサル・ベーシックインカムみたいなもので一定の収入を保証された上で、人間もHomo DeusもAIもロボットも、全員が平等な権利を持って暮らす社会とが生まれるというシナリオです。

4番目のシナリオが「門番」。すなわち、社会を覆すような強力なAIが生まれないように見張るAIをつくる。AIに他のAIを見張る門番になってもらう。そういう社会です。

5番目のシナリオが「保護者としての神」。これは「善き独裁者」とちょっと似ているんですが、人間たち自身がこの地球を管理してると思わせてくれるようなAIです。つまり本当はAIが見守っているんだけれども、それを人間が自主的にやっているように思わせてくれる世界。

6番目のシナリオが「奴隷としての神」。これは5番目と逆です。今度は超知能を持つAIを奴隷として人間が使役するということで、人間がどうAIを使うかが明暗を分けるという世界。

7番目のシナリオが「征服者」。AIが人間を隷属させるということです。僕らが侵略されて、地球をAIなりロボットなりに明け渡していく。

8番目のシナリオが「後継者」。これは征服ではなく、人間が地球上での人間の役割を終えて名誉ある形で地球から退場する。そして後に残ったAIなどの人間以外のテクノロジーが、地球を継いでいくという世界です。

9番目のシナリオが「動物園の飼育係」。人間が今、動物を動物園に入れているように、AIが僕らを動物園に入れて暮らしているような世界。

10番目のシナリオが「1984(オーウェル的国家)」。逆にそういった恐ろしいAIが生まれないように、ある種の独裁的な監視国家が生まれて、AIの技術がこれ以上進展しないように管理する世界。

11番目のシナリオが「先祖返り」。例えばアメリカのアーミッシュのように、やっぱりもう一回20世紀の暮らしに戻ろうと、人類全体がテクノロジーの進化を放棄した生活をするような世界。

最後、12番目のシナリオは「自滅」。核戦争や気候変動によって地球に人間が住めなくなってしまって、今までに挙げたようなAIは結局生まれないというものです。

この12個のシナリオが挙げられています。1万年後の思考実験なんで、実際どうなるかは分からないですけど、明るいものから暗いものまでありますよね。先ほどご紹介した『Homo Deus』は、この中ではかなり暗い、人間が隷属するようなイメージですね。

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ここで、この12個のどこにいくのか──まあこの12個以外ももっと考えられると思いますが──を僕らはもっと考えていったほうがいいんじゃないかと思っているんです。それはなぜかというと、これはニーチェというドイツの哲学者の言葉で「過去が現在に影響を与えるように、未来も現在に影響を与える」という僕も大好きな言葉があります。過去が現在に影響を与えるのは当然ですよね。過去の積み重ねの中で今があって、僕らの認識がある。でもそれと同じように、未来もまた現在に影響を与えているとニーチェは言っています。要するに、未来をどう考えるかということそのものが、僕らの現在の価値観や意識、生活を規定しているということですね。だから先ほどのシナリオのどれになると思っているかっていうのは、その未来を選んでいるだけじゃなく、その未来に繋がっていく僕らの現状の認識を選んでいることになる。先ほどピーター・ティールは、イノベーションのために明確な楽観主義の元、未来を語ることが重要だと言いました。でもそれだけじゃなくて、テクノロジーが人間を凌駕する中で、どうやって現在を規定し認識するかという意味において、未来を思索する重要性はあるんだと思います。

15年後の世界はどうなっている?

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もう一つ、去年の夏ぐらいにWorld Economic Forum、世界経済フォーラムの記事で紹介されていたグラフをご紹介しましょう。これは「未来にまつわる楽観主義」について調査したものです。世界各国で「今後15年で世界の人々の生活環境は、良くなるか悪くなるか」という質問をしています。緑が良くなる、黄色がこのまま、赤が悪くなる、グレーが分からない、ですね。

「良くなる」のトップはケニアです。その次はナイジェリアで、その次はインド。要するにアフリカ諸国とか、インドとか、今経済成長真っ只中のところは、やはり皆さん未来に対して明るくて、ケニアなんか69パーセントの人が、15年後の世界の生活環境は良くなるはずだと言ってます。

そしてこの緑のパーセンテージがだんだん落ちていって、下には大体、先進国が並んでます。一番下の「良くなる」が10パーセントの国が日本です。世界の中で「良くなる」と答える人の割合が一番低い国が日本。先ほど皆さんに質問した『FACTFULNESS』の回答にも表れていますね。

実際15年後に、良くなってるのか悪くなってるのかは、当然誰にも分かりません。これだけグローバリゼーションが広がって世界がつながってしまうと、今まで先進諸国で豊かな暮らしをしていた人たち──もちろん日本の皆さんも含まれるんですが──も世界の平均に合わせていくべきだ、となる。当然、今の生活レベルを落とすことになるので、先が暗く思えるのも当然かもしれません。ピーター・ティールによるとグローバリゼーションとは、レベルをみんなで平準化することです。先進諸国の人たちが今の生活レベルを半分まで落とすことによって、世界中の人たちで同じような暮らしができるようにする。でも正直やりたくないですよね。だから今、先進諸国で保護主義や反グローバリゼーションみたいな動きが起こってるのも、当然のリアクションなのです。しかしそれをやらないのであれば、格差は解消されずジリ貧になっていく。テクノロジーによる大きなイノベーションが起きない限りそうなります。だからグローバリゼーションではなくイノベーションによって解決するべきだというのが『ZERO to ONE』の考えなんです。

でも先ほどのニーチェの話をふまえれば、15年後の生活が良くなるって考える人が10パーセントしかいない国からは、大きなイノベーションは起こりようがないと思うんです。先進諸国のような曖昧な悲観主義の国からどうイノベーションを起こすのかが大きな問題なのです。日本で面白いのは「状況は変わらない」という人が44パーセントと相当多いことですね。これは韓国なども結構高くて、アジアの定常型社会による価値観があるのかもしれないですね。「分からない」という人が相当多いのも日本の特徴です。

このように、未来をどう捉えるかということが、僕らの今の社会を考えることと同義だとすると、日本は相当暗いと思います。だから『WIRED』はこれから日本の中で、(15年後の生活が良くなると考える人が)10パーセントという数字を少しでも上げていく。30パーセントなのか、50パーセントなのかはわかりませんが、僕らはそれを使命だと考えています。

New Economy──20年後のあたりまえをシミュレートする──

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ここまで今日のお題の「ニューエコノミー/ネクストジェネレーション」に直接触れられていないんですが。ニューエコノミーについては11月に出した特集号でも書いたように、もともとはケヴィン・ケリーが20年前に著した『New Economy』という本に基づいた特集です。日本でもダイヤモンド社から出版されています。彼は『WIRED』創刊時のエグゼクティブ・エディターで、テック界のオピニオンリーダーの一人でもあります。ここで彼は、インターネットのようなネットワークによって世界がつながり、アナログではなくてデジタルに根差した経済になったときに、経済はどう変わるのかを書いてます。例えばネットワークによって、独占企業が生まれてくるのは仕方がないといったことも当時既に語られています。まさに今、GAFAのような一部の企業が国家を超えた規模で、世界のインフラになっている状況が示唆されているわけです。あるいはアテンションエコノミーについて。アテンション、つまり注意、関心を通じて皆さんの時間を奪い合う社会になったときにどうするか。あるいは、デジタルは無限にコピーができるし、そのコストがほとんどゼロですよね。昔の経済構造が、希少性を確保することでどれだけ値段を高くできるか、というものだったとすると、デジタル経済の構造は真逆です。潤沢なもの、無限にコピーできるものから、どれだけ価値を生み出せるかが重要になっていきます。

彼は、そういったことを20年前に書いてるんですが、今ではもう誰も「ニューエコノミー」とは言わなくなってしまいました。あるいは、2000年にドットコムバブルが起きた結果、90年代のニューエコノミーの熱狂はなにか恥ずかしい出来事だったという認識が生まれました。でも20年経った現在、まさにそのニューエコノミーの中に僕らは生きている。それが当たり前の経済の中で生きているわけです。

ここから言える重要なことは二つ。一つは、新しい概念が唱えられてから、その実現には20年がかかるということです。もう一つは、実現したときにはもはや誰も話題にしないような未来の常識をシミュレーションできるということです。20年前に言われていたことが実際に起こっている。だから僕らが今からポスト・ニューエコノミーみたいなものを考えるとして、それはすぐにビジネスになるものではないし、3年後にそれで大きな企業が生まれてくるわけでもない。でもそういうある種のポスト・プラットフォーム・キャピタリズムの思索が、これからの10年、20年後の経済を大きく動かしていくんだと思うんです。その動かす方向が、今よりも一歩でもいいものになっているといいなと願いながら、この特集をつくりました。

Digital WELL-BEING──未来における幸せとはなんなのか──

『WIRED』が掲げる「闘うオプティミズム」というのはそういうことなんです。今の日本の人々の将来に対するパーセプションを変えていきたい。青木さんはアートが認知を変えていくとおっしゃっていましたが、僕らも僕らなりに『WIRED』を通して人々の認知を変えていくことが、一つの使命だと思ってます。

さて、では現在ニューエコノミーというものをどう考えられるのでしょうか。現状はある種の独占経済が起こっていて、大きなテック企業が牛耳っている。まあ、日本なんかは、かなり置き去りにされいるんですけれども。他方で中国では評価経済社会がやってきて、人民の経済的・社会的な信用度が全てレーティングされ、それによって電車のグリーン車に乗れるかどうかが変わってきたりしている。そんな中で、どうやって本当にいい社会をつくっていけるのかを考えてみたいんです。エコノミーを考えるということは、どういう社会を築きたいのかを考えることですよね。どういう社会を築きたいのかということは、つまり先ほど見てきたようなさまざまなシナリオの中で、人間にとっての幸せとは何なのかを考えることだと思います。

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そんなわけで、人間にとってウェル・ビーイング──より良くある状態──を突き詰めて考えていかない限りは、明確な楽観主義に根差した未来なんて描けないんじゃないか、と思ったんです。そこで今度の号は、ニューエコノミーの次として「Digital WELL-BEING」を特集テーマに設定しました。『WIRED』の理念とある種同じなのですが、テクノロジーを通じてライフスタイルやカルチャーについて語る、というときに、テクノロジーに軸足を置きつつもそこで問われるべき、自然や人々のウェルビーイング、ヘルスといったものを突き詰めて考えていきたいと思ってます。これは3月に刊行する予定です。

やはり先程のグラフの数字は衝撃的ですよね。僕も最初に見たときは愕然としました。でもどうすれば、この数字を上げていくことを考えていけるのか。そこではやはり、ウェルビーイングに根差した人々の生活が大切ですし、そこにおいて都市がコミットできる割合はすごく大きいと思います。だからもしかしたら、この『METACITY』というイベントを通じて、これからどういう都市がありうるべきなのかを考えることそのものが、この数字に直結していくのかもしれないと思います。ぜひ皆さんも一緒になって、これからこの数字をどうやって上げていくのか、考えていければと思います。

ではこれで、本日の基調講演を終わりにしたいと思います。どうもありがとうございました。

NEXT:「千葉市憂愁(チバ・シティ・ブルーズ)」はこちらから


登壇者プロフィール

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松島 倫明|MICHIAKI MATSUSHIMA
テックカルチャー・メディア『WIRED』日本版編集長として「ニューエコノミー」「デジタル・ウェルビーイング」「ミラーワールド」「ナラティヴと実装」「地球のためのディープテック」「フューチャーズ・リテラシー」などを特集。東京都出身、鎌倉在住。1996年にNHK出版に入社、翻訳書の版権取得・編集・プロモーションなどを行なう。2014年よりNHK出版放送・学芸図書編集部編集長。手がけたタイトルに、ベストセラー『FREE』『SHARE』『MAKERS』『シンギュラリティは近い』のほか、2015年ビジネス書大賞受賞の『ZERO to ONE』や『限界費用ゼロ社会』、Amazon.com年間ベストブックの『〈インターネット〉の次に来るもの』など多数。2018年より現職。

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青木 竜太|RYUTA AOKI
コンセプトデザイナー・社会彫刻家。ヴォロシティ株式会社 代表取締役社長、株式会社オルタナティヴ・マシン 共同創業者、株式会社無茶苦茶 共同創業者。その他「Art Hack Day」、「The TEA-ROOM」、「ALIFE Lab.」、「METACITY」などの共同設立者兼ディレクターも兼任。主にアートサイエンス分野でプロジェクトや展覧会のプロデュース、アート作品の制作を行う。価値創造を支える目に見えない構造の設計を得意とする。
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