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「ウェザードリブン・シティ」(前編)

本セッションは、ウェブサイエンティストの岡瑞起さんと株式会社ウェザーニューズの石橋知博さんにご登壇いただきました。

前編となる今回では登壇者2人の自己紹介を通じて、ウェブと天候という両方向から、人工と自然の複雑なネットワーク構造の相似について、検討していきます。

本記事は、2019年1月に開催した『METACITY CONFERENCE 2019』の講演内容を記事化したものです。その他登壇者の講演内容はこちらから
・TEXT BY / EDITED BY: Shin Aoyama (VOLOCITEE), Kasumi Nakamura
・PRESENTED BY: Makuhari Messe

青木:本日最後のセッションは「ウェザードリブン・シティ」というテーマで、お二方お招きしています。まずは、ウェブサイエンス研究者の岡瑞起さん。ウェブサイエンスって聞いたことある方いらっしゃいます?ウェブの現象を自然現象と捉えて解析してこうという分野なんですね。続いてウェザーニューズの石橋知博さんは、ゲリラ豪雨のようなピンポイントな天気予報を、みんなの情報からクラウド的に予測していく試みをやってらっしゃいます。このお二人の話を通して、自然現象が人にどう影響を与えていくのかを都市の切り口から考えてみたいと思っています。ではどうぞお入りください。早速ですが、自己紹介をお願いします。

ウェブサイエンス──計算機科学と自然科学──

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:じゃあ、「ウェブサイエンスと人工生命」というタイトルで、ちょっとだけお話しさせていただきます。私、生まれも育ちもつくばなんですが、きょう久々に幕張メッセに来てみたらつくばと結構似てるなと。

青木:そうですよね。

:似てますよね。非常に親近感を覚えます。

先ほど青木さんが会場の皆さんに質問してくださってましたが、「ウェブサイエンス」って聞いたことある方ほとんどいらっしゃいませんよね。これは2006年くらいに始まった分野です。ウェブは皆さんもちろん知ってると思うので、まずはウェブの成り立ちを見ていきましょう。ウェブは1989年にティム・バーナーズリーというイギリスの研究者によってつくられました。最初、彼がすごく簡単なHTMLという言語と、ブラウザ、そしてウェブサーバーを設計して、自分の研究所の中で使ってみたのがウェブの誕生です。その後サイトが増えていき、2000年代に入るとソーシャルメディア、ソーシャルネットワーキングサービスが誕生します。それによってユーザーがどんどん増え、データがたくさんウェブ上に蓄積されていくようになりました。そして、ビックデータやAIが出現し現在に至る、というのが簡単な歴史です。このようにウェブは、最初はサイト数も少なく人間がコントロールできる状態だったんですが、今や巨大で複雑でどんなシステムなのか分からないものになっている。恐らく人工物の中で一番複雑だろうといわれています。

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こうした背景の中で誕生したのが、ウェブサイエンスという学問分野なんですね。これはティム・バーナーズリーが2006年に提唱しました。彼はウェブサイエンスのサイエンスという言葉には、二つの意味が込められてると言ってます。一つは、コンピューター・サイエンス。コンピューター・サイエンスって基本的にはエンジニアリングで、何か新しいサービスとかをつくり出すのが基本です。もう一つが、ナチュラル・サイエンス。物理や化学、生物のような、地球や生物を理解しようとするサイエンス。こちらのサイエンスは、実在するものを分析的に理解する分野です。

この二つをくっつけて両方やろうというのが、ウェブサイエンスです。一つ目のコンピューター・サイエンスとウェブサイエンスとのつながりは分かりやすいと思うのですが、二つ目のナチュラル・サイエンスの観点からのウェブサイエンスは、ウェブをまるで生物のように、あるいは自然のように捉えて理解しようという特徴をもっています。この考え方に出会ったときにすごく感動したので、この分野をやってます。

生態系の比喩としてのウェブ

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では実際何をやっているんでしょうか。例えば、ウェブにはみんなが撮ったいろんな写真や文章がアップされています。これらのコンテンツは、あるものが誕生し、増えたり死んだりしていきます。これは、まるで一つの生態系として見ることができます。コンテンツがどんなメカニズムで生まれるのか、死んでしまうのか、あるいは世代を超えて残るのか、ということを生物の生態系におけるモデルをベースに理解しようとしています。

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他には、ウェブの生態系におけるキーストーン種の存在を調べています。「キーストーン種」というのは生物学の言葉で、数はすごく少ないけれど、その種がいなくなってしまうと生態系全体が破壊されてしまうような影響を及ぼす種を差します。図で見てみましょう。X軸が数の多さ、Y軸がそれを取り除いたときのインパクトの大きさです。そうすると、数が少なくて取り除いたときの影響度が大きいもの、図の左上の一群が、キーストーン種です。生物学者たちが一つ一つ種を取り除いて調べていった結果、ヒトデとかラッコがキーストーン種として見つかっています。これをウェブに当てはめたときにキーストーン種のようなユーザやコンテンツは存在するのか、また存在した場合はどのような特徴を持っているのかを調べています。例えばInstagramのインフルエンサーは、たくさんのフォロワーがいて、発言も多く、影響も大きいですよね。インフルエンサーはすごく分かりやすくて、図の右上に当てはまります。では左上、発言数がすごく少ないんだけど、実はなぜか、その人の発言がすごく影響を及ぼしてる。そんなキーストーンユーザーがウェブ上にもいるのか。それを見つけられれば、そういう人たちを保護することによって、サービスを安定的に運用することにつなげられるのではないか、と思って実験をしています。

人工生命──生命とは何か?──

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もう一つ興味を持っている分野が人工生命の研究です。人工知能は皆さんご存知かと思いますが、人工生命という分野は聞いたことが無い方が多いと思います。人工生命は「生命とは何か」について探求する研究分野です。人工生命の一般的な研究方法は、何かをつくり、それらをインタラクションさせ、どのような挙動をするかを観察することで、生命の本質的な仕組みを理解しようというものです。

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具体的に見てみましょう。例えば、これは鳥の群れですね。ものすごい数の鳥が一つの大きな生物のように動く。実は、この鳥の集団の仕組みは最近まで解明されてなかったのですが、2000年代になって初めて、一つ一つの鳥をトラッキングしてビデオで撮ることで解明されました。しかし、それよりずっと前の1980年代に、人工生命の研究者のクレイグ・レイノルズが鳥の群れはシンプルな3つのルールでできていると言ったんですね。レイノルズが考え出した3つのルールから成るアルゴリズムは、本当の鳥が群れをつくる仕組みとはちょっと違うものの、実際にコンピューター上で動かしてみると、群れのような動きが生まれる。ボイドアルゴリズムと呼ばれるこのアルゴリズムは、現在アニメーションやゲームに応用されています。共同研究者である東大の池上先生の研究グループでは、群れの規模をどんどん巨大化させて100万匹の鳥の群れのシミュレーションを実装し、小さい規模の時と質的な差が産まれるのかといったことを見たりしています。

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他に人工生命の代表的なアルゴリズムには、ジェネティック・アルゴリズム、GAがあります。進化を表すモデルで、これも人工生命の研究から出てきたものです。例えばこのアルゴリズムを使ってロボットを歩かせたい場合、ロボットに「長い時間歩くように進化しろ」と命令し、世代をどんどん進めていくと、人間の進化をたどるようにロボットは歩けるように進化していく。

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このアルゴリズムを応用したロボットが、池上先生の研究室がつくったmiuroです。進化アルゴリズムをロボットに入れることで、ロボットがその環境に合わせて動くように進化していきます。他にも最近では、アンドロイドに同じような仕組みを入れて、オーケストラの指揮をさせています。観客や音楽とインタラクションすることによって、指揮をしているんですね。

これらの例が示すように、ウェブサイエンスや人工生命の面白さは、人間が考えられないようなプロセスやパターンを生成できることです。人工知能は何かを新しく生成するよりも、与えられた問題の最適解を探すのがすごく得意です。でもこれからの人間には、新しい何かを考え出すときのパートナーとしての機械が必要になってくるんじゃないかなと思っています。私の興味はそこにあるんです。ウェブサイエンスや人工生命を使って、人の知性や知能を補完する、あるいは増幅するような技術をつくっていきたいなと考えてます。

青木:ありがとうございました。では、続きまして、石橋さん、よろしくお願いいたします。

人間は最高のセンサー

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石橋:めちゃめちゃアカデミックな雰囲気で焦ってます(笑)。千葉にある気象会社、ウェザーニューズの石橋と申します。よろしくお願いします。われわれウェザーニューズは33年前ぐらいにできまして、世界に32個ぐらいオフィスがあります。最近はスタッフ数も増えてきて、全世界で1000人ぐらいになっています。そんな会社ですが、ここから歩いて10分ぐらいの所にあるんですね。私自身はウェザーニューズの中で、マーケティングなど個人向け事業を担当する執行役員をやっております。

まず、われわれの思想というか、ブレない考えをお話します。例えば日本だとアメダスとかの気象観測機がありますよね。でも僕らは人が最高のセンサーだと思ってるんです。皆さん自分たちがセンサーだと思ってる方はいらっしゃらないでしょうが、でもよくよく考えてみたら、結局気象って人間の五感あるいは第六感で感じてるんですよね。ですから僕らは、数値で何度とか、風が何メートル毎セコンドとか、気圧が何ヘクトパスカルとかじゃなくて、皆さんが感じている情報を集めて、集合知によって天気予報が変えられるんじゃないかというのを、かなり昔から試行錯誤しております。

私が実際にウェザーニューズに加わったのは、1999年の2月に始まったiモードにコンテンツを出させていただくタイミングでした。そこで初めて、ウェザーニューズで個人向けの事業をやり始めましたんです。だんだん会社が大きくなってせっかくたくさんの人に見てもらってるんで、携帯で単純に天気を見られるだけじゃなく、皆さんが感じている情報を集めたらいろんなことできるんじゃないか、ということで、いろんなプロジェクトをやってるわけですね。

みんなでつくる天気予報

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例えば2004年に始めた「さくらプロジェクト」があります。サクラの開花予報とか開花宣言とかってニュースで流れてきますよね。これは例えば東京の場合、靖国神社にある70歳ぐらいのサクラの開花を基準にメディアが報じてるんです。時期になると全局のカメラがつぼみの前に待機して、いつ咲くかをずっと待ってる。でも実際には、その前に咲いてるサクラもあれば、もっと遅咲きのサクラもありますよね。そう考えると、本当の日本のサクラ前線ってどうなってるんでしょうか。そこで、携帯のカメラでみんなでサクラを撮ったら本当のサクラ前線が見えるんじゃないかという、思い付きみたいなアイデアをユーザーに振ってみたら、いろいろとリポートが来まして。それをGoogleマップ上に配置していったら、すごいきれいな、高度とかの様々な情報を反映した前線が出来上がったんです。そうすると、東京だけでも単純な1、2本の線で書けるわけではないんですね。ですからその後もユーザから情報を集めて、都度反映させていきました。

その後は「花粉プロジェクト」をやりました。ロボットを使って吸気させて、その中の花粉の粒子にレーザーを当ててカウントすることで、リアルタイムの花粉の様子を測っていこうと。実はこれまで花粉が飛んでるか飛んでないかは、日本全国の病院で夕方ぐらいに顕微鏡で見て判断してたんですよ。これはリアルタイムでも何でもないので、テクノロジーをうまく使おうと。

続いて2005年の「ウェザーリポート」。空を撮ってウェザーニューズに写メしてもらう試みです。そうやってみんなから送ってもらったら、天気予報ができるんじゃないかとやってみたんですね。そしたら天気予報の歴史が変わるだろうと。でも当時1日200通ぐらいしか集まらなくて、何もできませんでした。でも、しつこくユーザーさんをエンカレッジメントして、キーホルダーあげたり、ポイントあげたり、イベント招待していった結果、今では1日に、多いときは空の写真だけでも2、3万通ぐらい来るようになりました。きょうは雨だよとか、今曇ったよみたいな報告だけなら1日平均15万通ぐらい。そういう天気オタクコミュニティみたいなのが出来上がりまして。ウェザーニューズはこのデータを解析のアルゴリズムに入れることで、気象庁よりもはるかに精度のいい予報をつくっています。

他にもゲリラ雷雨を予測したり、地震を測るために「Yureステーション」っていう加速度震度計を1000個ぐらい配ったりと、いろんなことをやった結果、今に至ります。ユーザにちっちゃい機械を配ったり、写真を送ってもらったり、アンケートに答えてもらったりすることで、コミュニティの中で人海戦術的に、みんなでもっと素晴らしい天気予報をつくっていこうというのをこれまでやってきました。

ビックデータとしての天気

最後は私の最近の興味について。AIとかディープラーニングが最近流行ってると思うので、これはこの波に乗っとかなきゃいけないなと思ってまして。というのも、気象のデータってめちゃめちゃビッグデータなんですね。われわれも貯めてるものの、容量がないくらい。Amazonとか使うとどんどんお金が高くなっていくんで、捨てるか活かすかどっちかなんですよね。そこで活かすために、ビッグデータをいろいろと解析し始めました。

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去年の8月ぐらいにサンタクララで、NVIDIAのCEOのジェン・スン・フアンにプレゼンしたら、えらく気に入っていただきまして。前回日本で開かれたGTCジャパンっていうNVIDIAのカンファレンスでも、プロジェクトを一緒にやってこうとアナウンスさせていただきました。今までは集まったデータの処理は人海戦術でして、それこそ最初はサクラの写真を自分たちで地図に貼って、遠目から見て、この辺にありそうだなとかってやってました。でもこれからは、観測データや人から来るデータを機械処理にかけることで、ディープラーニングをはじめとした新しいテクノロジーを活用していきたいです。そして、もっとみんなに使ってもらえる、精度が圧倒的な新しい天気予報をつくっていきたいなと思っています。以上です。

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登壇者プロフィール

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岡 瑞起|MIZUKI OKA
工学博士、筑波大学准教授。人工生命、ウェブサイエンス研究者。株式会社オルタナティヴ・マシン代表取締役。人工知能学会ウェブサイエンス研究会主査。ウェブやインターネットの進化メカニズムの研究を行う。近著に、『作って動かすALife – 実装を通した人工生命理論入門』(オライリージャパン社)

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石橋 知博|TOMOHIRO ISHIBASHI
株式会社ウェザーニューズ 執行役員。
1975年生まれ。中央大学理工学部情報工学科卒。日本ヒューレット・パッカードを経て2000年にウェザーニューズへ入社。モバイル・インターネット関連の法人営業を経験した後、2003年に個人向け(BtoS)モバイルコンテンツサービス事業を立ち上げる。2005年11月からはユーザー自ら現在地の天気を報告し、天気予報に活用するウェザーリポーターの仕組みを導入。2012 年1月からは米国ニューヨークに拠点を移し、約5年間、現地でマーケティングを実施、2017年6月より日本に帰国し、現在はモバイル・インターネットを軸とした世界のBtoSコンテンツの事業全般を統括している。

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青木 竜太|RYUTA AOKI
コンセプトデザイナー・社会彫刻家。ヴォロシティ株式会社 代表取締役社長、株式会社オルタナティヴ・マシン 共同創業者、株式会社無茶苦茶 共同創業者。その他「Art Hack Day」、「The TEA-ROOM」、「ALIFE Lab.」、「METACITY」などの共同設立者兼ディレクターも兼任。主にアートサイエンス分野でプロジェクトや展覧会のプロデュース、アート作品の制作を行う。価値創造を支える目に見えない構造の設計を得意とする。
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