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物語が飛び出す瞬間:没入型エンタメの新常識

こんにちは、MESONの秦です。MESONは空間コンピューティング技術を活用して、人々の視点を拡張するプロダクト開発をさまざまな企業様と取り組んでいます。

この度、MESONでは社内チーム『アタリマエLab』を発足しました。このLabでは、空間コンピューティングが広く普及する未来において“当たり前”となるUX(ユーザー体験)を発見・分析することを目的に活動していきます。


今回のテーマ

UX分析の第一弾として、「没入体験を生み出すストーリーテリング」に焦点を当て、今話題のApple Vision Pro向けミュージカルアプリ『Out There』を題材に考察していきます。

https://apps.apple.com/jp/app/out-there/id6503708428?platform=vision

Apple Vision Proが今年2月に発売されて以降、数千ものアプリがリリースされてきました。その中でも、ストーリー性を持った「Encounter Dinosaur」「カンフーパンダ」などといったアプリが国内外で高い関心と評価を集めています。

従来の2Dスクリーンとは一線を画す、目の前で展開される立体的な鑑賞体験は、鑑賞者と作品との境界を曖昧にし、視聴者を作品の世界へと深く引き込みます。これにより物語の世界への没入感が一層強まり、ストーリーテリングの新たな可能性を切り拓いていくと考えられます。

『Out There』体験考察


アプリ概要

没入型ミュージカル体験アプリ『Out There』は、フランス・パリに拠点を置くAR制作会社「Wilkins Avenue AR」によって制作されました。

物語は、幼い頃に両親を失い部屋に閉じこもっていた少女が、葛藤を抱えながらも、想像力を失わずに外の世界へ羽ばたいて強く生きることを決意をするというものです。 この作品は、伝統的なディズニースタイルの2Dアニメーション、心を揺さぶるサウンド、美しく構築された3D環境の融合が特徴的な、没入型フィクションです。視覚や聴覚、物語性を通じて、体験者を物語の中に引き込む工夫が散りばめられています。


ストーリー概要

物語は、現実空間に絵本が現れるシーンから始まります。

絵本には、主人公の少女が幼い頃に両親を失ったことなどが描かれており、その内容が歌詞として歌われます。物語性を帯びた「絵本」が、温かみと自然さを持った物語の入り口として機能しており、視聴者を優しく物語の世界へ引き込みます。


本が閉じると、現実空間にスクリーンが現れ、少女の部屋が奥行きのある空間として広がります。暗い表情を浮かべた少女が、閉ざされた部屋の中で1人、静かに座り込んでいます。


少女は、想像力を膨らませながら外の世界への期待を抱きます。しかし、周囲の大人たちは「外の世界は偽物だ」「窓辺に引っ込んでいなさい」などと強く制止し、彼女を閉じ込めようとします。


すると、亡くなった母の絵に柔らかな光が差し込み、「外に出ることは、あなたに与えられた自由だよ」と優しく歌いかけます。その言葉に導かれるように、少女の表情は徐々に明るさを取り戻し、希望に満ちていきます。


そして、部屋の壁が徐々に崩れ始め、奥行きのある美しい自然の夜景が広がり始め、少女の心情の変化を体感的に感じられます。大人たちが制止を促す歌声と、母が自由を促す優しい歌声が美しく対比しながら響き合うコントラストが視聴者を強く惹きつけます。


没入感を高める演出ポイント


Apple Vision Proという新しい媒体を用いたとしても、人の心を動かす物語の本質は変わりません。物語における古典的な構成の一つに『序破急』という考え方があります。これが新たなデバイスと出会うことで、体験により深い奥行きをもたらしていると考えられます。


※序破急とは、物語を「序(導入)」「破(展開)」「急(結末)」の3段階で進行させる構成法で、徐々に盛り上げ、最後に一気に結末へと向かう流れを生み出します。

「Out There」では、全体の体験を通して視聴者を惹きつける没入感を生み出す要素が、いくつも散りばめられています。それらのポイントを序破急のステップに沿って解説していきます。



「序」:さりげなく注意を促す視線誘導

空間コンピューティングでの没入的な体験においては、スマホやテレビなどのスクリーンでのコンテンツ視聴と比べて、視野角の広さゆえにユーザーの注意が散漫になりやすいリスクがあります。これに対して「Out There」は、視覚的に"さりげない"演出を用いることで、そのリスクを回避しつつ没入感を一層深めています。

今回の体験では、ストーリーが主人公の少女を中心に展開されていくため、彼女が注意を向ける先に自然と体験者の視線を誘導し、物語の理解を促す工夫が重要となってきます。

例えば、複数の登場人物が登場する場面では、特定の人物が歌う際に周囲に柔らかなパーティクル(=粒子を用いたエフェクト)を散りばめることで、視線が自然とその人物へと誘導される仕掛けが施されています。

さらに、人間の「共同注意」という特性を活かし、主人公の「視線」も効果的に演出に取り入れています。

共同注意とは、 他者と関心を共有する事物や話題へ、注意をむけるように行動を調整する能力を指します。例えば大人が指さしたおもちゃに、子どもが 視線を向けて、「おもちゃがあそこにあるよ」という大人の気持に気づき、 「わかったよ」と確認する等の行動である。

https://www.nise.go.jp/josa/kankobutsu/pub_f/F-114/F-114_s04.pdf

例えば、少女が空間を移動する際、彼女が視線(頭)を向けた先で物語が展開するという仕掛けが用いられています。これにより、視覚的に誘導されるだけでなく、物語の進行そのものが主人公の行動や視線に連動しているため、体験者は自然な流れで次の展開に引き込まれます。この手法は、物語の理解や感情移入を促進するだけでなく、体験者が「一緒に物語を追体験している」ような感覚を強く生み出します。

さらに、少女の豊かな表情が、共同注意を「共同感情」へと発展させる効果もあります。視線誘導だけでなく、主人公が示す感情 (喜び、悲しみ、驚きといった表情) に体験者が自然に共感し、その感情を「共有」することができるのです。特に、空間コンピューティングのような没入的な環境では、視覚と感情が緊密に結びつくため、共同感情がさらに強く働きます。これにより、体験者は単に物語を「見る」のではなく、感情的にも深く「体験する」ことができ、物語への没入感が一層強化されます。



「破」:感情の揺れを強調するコントラスト

ストーリー全体に「コントラスト(対比構造)」が巧みに組み込まれており、視聴者を惹きつけると同時に、主人公の心情の変化をより体感的に理解し、共感を促しています
例えば、物語の初期段階では、少女が部屋にこもり、地面にしゃがみ込んで伏せるシーンがあり、そこではやや暗いトーンの曲が流れています。しかし、クライマックスが近づくと、少女の表情は明るくなり、彼女は宙を舞い、曲調も一気に明るさを帯びていきます。

また、空間のコントラストも重要な役割を果たしています。閉ざされた狭い部屋で進行する物語は、クライマックスで部屋の壁が崩れ、奥行きのある美しい夜の川の風景が広がるという演出に変わります。まさに「Out There」というテーマにふさわしく、外の世界に飛び出して力強く生きるというメッセージが、視覚と感覚の両方から深く響いてきます。

閉ざされていた感情が解放される瞬間に、3D空間の壁が取り払われ、主人公が自由に空間を舞うことで、視聴者は感情の変化をリアルに感じ取ります。また、立体音響によって音の強弱や明暗を表現し、感情の揺れを視覚・聴覚の両面から体感させる工夫も効果的です。



「急」:2Dと3Dの対比でクライマックスを演出

物語の最後に大きなWowモーメント(=驚きを与える瞬間)を配置することで、驚きや感動の余韻を長引かせています。さらに、空間コンピュータならではの「2Dと3Dの対比」を上手く活用することで、観客の関心を一層引きつけています。

「Out There」では、少女がいる部屋の奥の壁が崩れるシーンで、部屋にあったおもちゃが現実世界に飛び出します。飛び出すモノに触れられる「インタラクション性」は、体験の中で唯一、このシーンで取り入れられた要素で、驚きを強く引き出す効果を生んでいます。

また物語の前半ではインタラクション性を控えめにして体験者が物語に没頭できるように進行し、クライマックスにおいてインタラクティブな体験を導入することで、体験者を物語の主体的な参加者にしていました。
ピークエンドの法則を活用し、この感情のピークを記憶に残すことで、物語との情緒的な結びつきを強化しているように感じられました。

ピーク・エンドの法則とは、「人はある出来事に対し、感情が最も高まったとき(ピーク)の印象と、最後の印象(エンド)だけで全体的な印象を判断する」という法則です

一般社団法人日本経営心理士協会

体験の導入とクライマックスは、ユーザーがそのサービスに対して感じる価値を大きく左右する特に重要なポイントです。ストーリー性を備えた他の人気アプリ「Encounter Dinosaur」「カンフーパンダ」にも同様の演出が見られます。

「カンフーパンダ」では、クライマックスに近づくにつれ、徐々に育ってきた桜の木が一気に成長し、花を咲かせながら現実空間に飛び出します。

「Encounter Dinosaur」では、クライマックスではないものの、体験の中盤以降に恐竜がフレームから現実空間に飛び出し、「Out There」と同様にインタラクション性を加えることで、体験者にさらなる驚きを与えています。

フレームを活用した演出では、序盤では物語がフレーム内で「2D」として進行し、エンディングではフレームを超えてオブジェクトが現実空間に飛び出す「3D」体験を取り入れることで、次元のコントラストによってクライマックス感を強調し、より高い没入感を生み出す手法が定着してきていると考えられます。



余韻を残す物語のクロージング

物語のクロージングでは、体験者が現実にいきなり引き戻されることなく、余韻を持たせる演出が重要です。特に没入感の高い体験ほど、この余韻を大切にすべきです。異世界と現実をつなぐオブジェクトが徐々に姿を消す、または物語が終わった後も異世界をしばらく眺められる演出を取り入れることで、体験者の心に感情の余韻が残り、物語全体の印象が一層深まります。

以上のような手法を用いることで、空間コンピューティングを通じた物語体験は、視覚・聴覚・感情のすべてにおいて一貫性と没入感を生み出すことが可能になります。導入からクライマックス、そしてクロージングまでの一連の流れを緻密に設計することで、体験者は物語の世界に深く引き込まれ、強い感動と余韻を得ることができるのです。


さいごに

いかがでしたでしょうか?MESONでは、企業の皆さまとApple Vision Pro向けアプリ開発を積極的に進めています。

❏ Niantic様とのPeridotコラボ

❏ 伊藤忠商事様とのApple Vision Proの常設展示コンテンツ制作

❏ 東京ガス様との3Dモデルビューワーアプリ開発

上記の取り組み以外にもいくつかの企業様とはApple Vision Pro向けアプリの開発を進めており、今後開発したアプリを発表予定です。

ぜひApple Vision Proを活用したアプリ開発に取り組んでみたいという方は以下のお問い合わせフォームよりご連絡ください。

MESONについてもっと知りたい方はぜひ以下の公式ホームページを御覧ください!


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