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社員と組織を変化させる「人類学的なものの見方」

「人類学的なものの見方」は組織や人にどんな変化をもたらすのでしょうか?マガジン「人類学者×組織」では、顧問人類学者として比嘉が参加しているImpact HUB Tokyoを事例として、人類学者が組織へ与えるインパクトを探ります。今回は、事例に入る前に、人類学的な視点が顧客の理解に対してどのように作用するのかを考えます。

顧客の理解とは何か

自社の顧客を理解したいときに、みなさんはどうするでしょうか。多くの場合は「お客様アンケート」のような形を取るのでしょう。つまりアンケートによって製品やサービスの満足度を尋ねたり、気に入る/気に入らないポイント、その理由を問うような形式です。このような調査からは一定のデータが得られ、何らかの分析が可能になるでしょう。

さて、肝心なのはここからです。アンケートのような一連の手続きを経て、はたしてみなさんは顧客を理解できたのでしょうか?あるいは別の聞き方をしてみましょうか。アンケート調査の結果である円グラフや平均値の数字を眺めたとき、みなさんは顧客を理解できたという実感が本当に得られましたか?

その答えが明確なYesであれば、おそらくこの記事を読んでいただく必要はないと思いますが、もしみなさんが答えを躊躇しているのであれば…以下でその理由をもう少し一緒に考えてみましょう。

アンケート

「人類学的なものの見方」の導入

私たちメッシュワークは、人類学的なものの見方やアプローチを導入することで、ユーザー、顧客、組織、コミュニティなどに対するきめ細やかな理解をサポートしています。さらには、私たちだけではなく、やがてそのユーザーや顧客に向きあう社員自身が、人類学的なものの見方をできるようになることを目指しています。なぜ社員自身にとって人類学的なものの見方が必要になるのでしょうか。そこにはどんな意味があるのでしょうか。

上記のアンケートの話に戻りましょう。何もアンケートのような定量調査が悪で、インタビューのような定性調査が善であるなどと単純化するつもりなどまったくありません。そもそも両者が適切に使い分けられることや、必要に応じて組み合わされるのがよいリサーチだと思います。では何がここで顧客理解の限界を作っているのでしょうか。

一般的に、アンケートの質問項目というのは根拠と配慮をもって設計されるべきです。つまり何を「問う」のかは大変重要になってきます。なぜなら「問い」のフレームが、「答え」の形式と範囲を規定するからです。こちらは相手の「回答の中身」を誘導しているつもりはなくても、「回答のしかた」は誘導しているわけですから。そうした影響を吟味することなく、慣習的に取っているアンケートというのは、皮肉なことに実質的には顧客から「何も聞けていない」という結果を往々にしてもたらします。

では自由記述のアンケートを渡せばよいのか、あるいはインタビューを行えばいいのか。状況次第ではそれで良いかもしれません。少なくとも粗雑なアンケートよりはより顧客にアプローチできていると思います。しかしそれでもなお「顧客についてわからない領域」は膨大です。なぜなら、自由記述のアンケートやインタビュー、つまり「顧客自身に説明させること」にも限界があるからです。

自分で説明させることの限界をどうすれば超えられるのか、そこに人類学的なものの見方やアプローチの可能性があります。人類学者は長期のフィールドワークを行い、人びとの日常生活に寄りそうことから、人があまり意識してこなかった部分や、言葉にするのが難しい部分を取りだそうとしてきました。人びとの日常に触れ、そこから少しずつ気づきを得るのです。具体的には(インタビューのようなフォーマルではない)日常会話に参加することや、行動/活動の観察などが挙げられます。そうした何気ない「日常的なリサーチ」が、じつは私たちに豊かな気づきをもたらしうるのです。

顧客に向きあい気づきを得る

「日常的なリサーチ」とは、言い換えるなら、「対象となる人びとに日々向きあい、彼らをわかろうとすること」でもあります。そんなことは既に毎日おこなっている、とおっしゃる方々もいるでしょう。特にサービス業の場合、顧客と直接的に接することが基本です。しかしサービス提供者として最善を尽くすことと、顧客理解のための視点を持つこととは必ずしも一致しません。顧客に満足してもらうという短期的なゴールは、顧客を深く理解するという長期的なゴールとは、(両者は根本的には重なりあっているものの)若干異なるからです。

私たちメッシュワークの人類学的アプローチのスタンスとして、「参与観察」=「(対象に)関わりながら(対象を)理解する」というものがあります。そのときの「関わり」とは、何も人類学/社会学でいうラポールのような深い関係を取り結んだり、何年ものフィールドワークを積み重ねるような必要はありません。当たり前のことながら、人間の関わりとは多様ですし、その強弱もさまざまです。つまり社員が顧客と接する際の向きあいかたというのも多様であって、日々ちょっとした関わりを積み重ねていきながら、なんらかの気づきを得て、そこから顧客の理解を深めることが可能だと思うのです。

顧客と日々接している社員は、顧客の日常実践を捉えようとする人類学的なものの見方をできるように意識・訓練することで、実はさまざまな気づきを得ることができるはずです。そして場合によってはその気づきは、外部から来たコンサルタントやリサーチャーによる「発見」よりも、よほど重要で質の高いデータでありうると思っています。つまりこのようにして現場にいる社員こそが、「関わりながら理解する」すぐれたフィールドワーカーへと変化しうるのです。

社員の変化、組織の変化

このように、対象=顧客をより深く理解するうえで、実は現場にいる社員こそが重要な気づきを得る可能性を持つわけですが、ここではそれだけではなく、さらに重要なことが生じています。顧客の経験(CX=Customer Experience)を理解しようとするプロセスのなかで、実は社員の経験(EX=Employee Experience)自体にも変化が起こってくるのです。言い換えるなら、本来顧客の経験を適切に理解しようとするとき、それに伴って社員の意識や視点にも変化が生じなければ、本当の意味で「わかった」ことにはならないはずです。

この状況を人類学者のフィールドワークになぞらえてみましょう。人類学者は対象=現地の人びとやできごとを理解するために長期の調査を行います。そこでみなさんがイメージするのは、調査によって対象に関する情報量が徐々に増えていき、情報の精度・解像度があがるといったプロセスかもしれません。たしかに、基本的にはそうした地道な情報収集作業が重要ですし、それが主な作業です。ただしそこから何か重要な気づきを得るためには、なんらかのきっかけが必要になってきます。そのきっかけとは端的にいえば、対象に丁寧に寄り添い、彼らの側の視点を考え抜くことによって、これまで自分が抱いていた枠組みや思い込みを外した瞬間に得られるものです。つまり、何か新たな気づきを得るきっかけというのは、人類学者の、調査する自分自身の認識に変化が訪れた瞬間なのです。

人類学者が調査対象を理解する際には、自分の認識や価値観を別の状態へと移行する、つまり変容させるように(箕曲・二文字屋・小西編 2021: 19)、企業の社員もまた、自分の意識や観点を変化させながら、目の前の顧客に向きあっていくことができるはずです。そして結果的には、これまでよりもいっそう柔軟で広範なものの見方を獲得することができるようになるでしょう。こうした個々の社員の変化は、やがて組織全体の柔軟さやものの見方の深さにもつながっていくでしょう。

人類学的なアプローチを導入することから、表面的なリサーチの限界を超え、より深い顧客理解へ。そして顧客理解へと向かうなかで社員はフィールドワーカーとなり、自分の認識や経験を変化させていく。次回以降の記事では、その具体的な事例をImpact HUB Tokyoの代表槌屋さんとの対談からご紹介していきたいと思います。

【参考文献】
箕曲在弘・二文字屋脩・小西公大編 2021『人類学者たちのフィールド教育--自己変容に向けた学びのデザイン』ナカニシヤ出版

ご相談・ご依頼はこちらまで:info@meshwork.jp

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