見出し画像

いのちのかがやき

 大事な話をする前に、君に一つ話しておきたいことがあるんだ。ちょっとした昔話だよ。

 16歳の時、僕は妖精を見つけた。季節はまだ暑さの残る秋の始まり。通学中、近道するのにいつも通る神社の横の小さな森を抜けていた時だった。

 体中傷だらけ、背中の羽らしきものは途中からちぎられたように無くなっている。なんとも痛々しい姿で道の端に転がっていたそれはなぜかとても不思議な魅力を放っていた。

 「触ってはいけない」と頭のどこかで本能が言った気がしたけど好奇心に掻き消されたんだろう。すぐに手を伸ばしてそれに触れた。瞬間、何かを諦めたようにそれを纏う張り詰めた空気が弾けた気がした。僕はその体を優しく掬い上げた。

 
 両手に乗せてしばらく見つめていると急に

「命が一番輝く瞬間を知っているか?」

とどこかから声がする。

「えっ?」

「命が一番輝く瞬間を知っているか?」

 声の主が手の中のそれだというのはすぐにわかった。

「…えっと、知らない。」

「………。」

 何か答えなければいけないような謎の緊張感が走る。

「知らないけど、えっとそうだな。生まれた時…とか?」

「絶命の時だ。」

「絶命?死ぬ時ってこと?」

「そうだ。」

「それはどうして?」

「なんでもそうだろう。何かを手にした瞬間より何かを必死に求めてもがいている時の方が力強くて美しい。そういう時こそ命は輝くものだ。」

「死ぬ瞬間に、生を一番強く求めるからってこと?それじゃあ望んで自ら死を選んだ人の命は輝かないの?」

「いいや、輝いている。命の灯火の輝きは肉体に宿った意思などとは関係ない。」

「そうなんだ。命の輝き、ってどんなだろう。僕にはそんなの見えないからわからないけどきっと綺麗なんだろうな。」

 見てみたい、ただただ単純にそう思った。すると妖精は言った。

「私の力は図らずもお前に渡ってしまった。よく見ておくといい。」

「えっ?」

 間も無く妖精は息絶えた。

 その時僕は初めて目にしてしまった。手の中で尽きてゆくものの最後にして最高の命の輝きを。それはおぞましいほどに美しいものだった。見てはいけないものを見たような衝撃に包まれて、僕はしばらくそこに立ち尽くしていた。

 それから3日後にアリを、5日後にクモを殺した。あの美しい輝きをもう一度見たいという衝動が抑えられなかった。どちらの命も素晴らしく美しい輝きで消えていったけれど、僕はそれよりもあることが気になった。もっと大きな生き物だったら、その輝きはもっと綺麗なのだろうかって。

 その10日後にトカゲを殺した。命の輝きはアリやクモと変わらなかった。もっともっと大きなものを…、いやそんなことしてはだめだ。心の中も頭の中もそんな葛藤でいっぱいだった。あの頃の僕は何かおかしなものに取り憑かれているようだっただろうね。祖母の危篤の連絡があったのはちょうどそんな時だった。

 僕は小さな頃からおばあちゃんっ子で祖母のことが大好きだった。祖母も僕のことをとても可愛がってくれた。

 父の転勤で地元を離れてからはあまり会えなくなったけど、年に数回の里帰りをとても楽しみにしてくれていた。ちょうどひと月前の夏休みにも向こうへ帰って一緒に日帰り旅行に行ったばかりだったのに。突然の脳出血だったらしい。

 父の運転で3時間かけて夜中の高速道路を走った。待ってくれていたかのように僕らが到着してすぐ祖母は息を引き取った。

 大好きな祖母の死の瞬間、その最後の輝きを見た。今まで見たものと同じようにとても綺麗だったけどそんなことはどうでもよかった。命の重さだけがただただ僕にのしかかった。これまでに奪ってきた分も一緒に、それはとても重く深く。

 そして僕は悟った。幸か不幸かすべての生き物の命は平等であるということ。そして善人のそれも悪人のそれも同じように尊いものであるということを。

 肉体に宿る魂がどんなに汚れていても、その命には罪はない。そう、命というものはただただ美しくて尊いものだったんだ。

 どんな小さな命でも大事にしようとその時心から誓った。この世に生まれてきた君の命にももちろん他と同じ価値がある。以上でも以下でもなく全く同等に尊いんだ。「命」自体の尊さは持ち主に決して左右されないからだ。


 意味がわからないって顔をしているね。大丈夫。これから身をもって体験していくうちにきっと君にもわかるはずだから。

 そう言ってその人は私の手を強く握った。
 
 瞬間、ボロボロの体から力が抜けるのと同時に強く輝き出す命を私は初めて見た。この目ではっきりと見た。おぞましいほどに美しく輝くそれは、圧倒的に衝撃的にいやそれ以上、とにかく言葉にはできないくらいに美しいものだった。




私は今日死ぬことをやめた。

これから何をするかはまだ決めていない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?