個人がするミスその1 学習不足(英語)

 先日も書いたが、言葉の仕事に関して個人がするミスをわたしは5種類に分類している。     
 1. 学習不足(未知であるためのミス)
 2. 記憶の想起不良(その場で正しく思い出せないためのミス)
 3. 計画不良(計画の立て方に問題があるためのミス)
 4. 注意不足(集中力不足等により起こるケアレスミス)
 5. 伝達不足(情報が正しく伝わらないためのミス)
 今日は、1の学習不足、とくに英語の学習不足により、翻訳および翻訳校閲でどんなミスが生じるかを述べる。

英語の学習不足により起こる翻訳・翻訳校閲のミス

 英語について未知であるために起こるミスは、なんといっても誤訳だろう。原因としては、文法・単語・イディオムを知らないということになる。この解決策をいくつか書いておきたい。

解決策1:知識を取得する(英文法)

 文法で知らない事項があれば、もちろん勉強する必要がある。独学はつらいので、できればコーチにつくとよい。また、近くに習いにいけるところがあればそれも活用しよう。わたしはこんなふうにやった。

解決策2:調べる(英文法)

 勉強するのと平行して、調べ方も身につけよう。まずは英文法書を手に入れる。大型書店で英文法書の棚を眺めて、気になった本を手にとってみる。このとき、自分がいまわからない点(たとえば文副詞)についてきちんと、自分にとって「わかりやすく」書いてある文法書を選ぶ。
代表的なものとしては、 江川泰一郎『英文法解説』、安藤貞雄『現代英文法講義』、安井稔・安井泉『英文法総覧』、綿貫陽ほか『徹底例解ロイヤル英文法』などがある。
 文法書ではないが、「用法」が多く載っているものとして、マイケル・スワン(著) 吉田 正治(翻訳)『オックスフォード実例現代英語用法辞典』もお勧めだ。
 まずはこのへんの候補から、自分にとっての「解説がわかりやすい」文法書を数冊選ぶ。次に、内容だけではなく、本の装丁、ページのめくりやすさ、字の大きさや字間、行間も「OK」という1冊に決めるとよい。
 「自分の本棚において毎日手に取って読める」という本であることが大切で、これなら翻訳や翻訳チェック、翻訳校閲、そして英語教材執筆にも頼もしいパートナーになってくれること請け合いだ。
 文法書を選んだら、次は辞書のコーナーに行く。現在、学習者向け英和辞典を持っていなければ1冊求めよう。学習者向けの英和辞典というのはとても親切で、簡単な文法解説も載っている。ふだんは辞書だけでも事足りるケースが多い。
40代以上で、もし学習者向け英和辞典を1冊も持っていなければ『ジーニアス英和辞典』を勧めたい。SVOCを使って動詞を解説してくれているので、SVOCがぴんとくる世代には馴染みがある。
 右脳型の人には『オーレックス英和辞典』がいいだろう。図解が多くわかりやすい点がこの辞書のいいところ。
 そのほか定評ある辞書として『ウィズダム英和辞典』『ルミナス英和辞典』などがある。

解決策3:調べる(イディオム・連語)

 単語の意味は英和辞典や英英辞典で調べられるけれど、イディオムとなると、新しい口語等がどの辞書にも載っていないということがある。そんなとき、Urban Dictionary https://www.urbandictionary.com/ と 英辞郎 https://eow.alc.co.jp/を試してみよう。
 英語の辞書に詳しい人は「英辞郎なんて……」「英辞郎は辞書ではなくコーパスだろう」と言ったりするが、日本語資料ではここにしか載っていない意味もあったりするので、引く価値はある。なんといっても無料だし。

解決策4:「日本語」の語感をトレーニングする

 これまで1000人以上の翻訳を見てきたが、いちばん多い誤訳は「単語・イディオム」である。こういうのは、訳文だけ読んでいても大抵は「何か変だな……」とぴんとくる。英文読解に関するミスも、とくに小説等ならば訳文だけをきっちり読んでいけば拾えることも多い。
 というわけで、「英語の学習不足」に関する最後の解決策は「日本語の語感をトレーニングする」とした。具体的には、明治大学齋藤孝教授が提唱している「1分間速音読」がよいと思う。本も出ているhttps://www.amazon.co.jp/dp/4800911346 が、買わなくても「青空文庫https://www.aozora.gr.jp/ 」を使って無料で試してみればよい。
 「青空文庫」というのは、著作権の消滅した作品を集めたサイトで、作家名や作品名で検索して全文読めるようにしてある。夏目漱石や森鴎外などのほか、ドフトエフスキーなど翻訳ものもあるのが嬉しい。400~450文字くらいの文字数にすると「1分」で読める。
 これを普通の声で(大きな声を出す必要はない)「1分間」計って読む。わたしはそれを3回繰り返している。3回読んでも3分間。作品を探す時間を入れても合計5分である。
 もうひとつ、日本語の語感を鍛えるといえば「筆写」がある。これは友人の現役翻訳者が毎日やっている。ほかにも実践している人はいるだろう。だが毎日「筆写」するのはつらいという人は、ぜひ「音読」を試してみてほしい。
 音読で日本語の語感が身につけば、セルフチェックで訳文を読んでいても「何かおかしいな……」と文法書や辞書を引くだけで解決することが多くなるはず。
 「誤訳を減らすために日本語の語感を身につける」とは、これまでたぶん誰も言ってこなかったと思う(わたしは聞いたことがない)。だが、「やってみれば」わかる。ぜひ取り入れてほしい。

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