寝たきりが育った教育方針
今回はうちの父の話を中心にどんなふうに育てられて私のような変わり者が爆誕したかをお話ししていきたいと思います(笑)
(父が見ることがないのを願いますw)
今の僕より若かった父
僕は父が25歳の時の子供なので今の僕(26歳)の年にはもうすでに親になっていました。
今自分がこの歳になって父は当時どんな気持ちだったのか最近ふと思う時があります。
25歳で子供ができて、その子供に障害がある。しかも周りの人たちではみた事もないような重い障害。
父本人に直接聞いたことがないのでわからないですがとんでもない気持ちの動きととんでもない覚悟があったのだろうなと思います。
父が泣いてるとこは一度も見たことがない
弱音も悩んでるとこも見たことがない
私の父はそんな父です。
障害を過度に見ず過度に隠されもしなかった
僕は幼少の頃からある意味普通の健常の子達と同じ感覚で育てられた気がします。
かといって全て健常の子と同じかというとまた違うところもあり…
自分の出来る事はみんなと同じようにやれば良い。でもどうしたって物理的に乗り越えれない現実はきちんと自分で理解しなさい的な感じだったと思います。
子供時代に唯一言われた
「やりなさい」
あれやれこれやれを本当に昔から言われたことが少なくて勉強しろも言われた事もない。
そんな父から記憶に残ってる中でほぼ唯一勉強面で言われたことといえば、当時僕が幼稚園の5〜6歳くらいだったと思いますが、父が仕事から帰ってきて食卓に財布の小銭を出し「ご飯ができるまでに計算しといて、あと手を使って計算はするな」と
今思えば、イヤイヤ!5.6歳の子供に二桁以上の計算は無理だろ…と思うのですが😂
おそらく父なりに何か思うところがあったようで.この時にかなりやってたおかげで学生の間ずっと暗算だけは早く出来てたし、なかなか式を自分で書くのも大変なので結果役立ちました。(そこまで考えてなかったとは思いますが)
これが唯一勉強で言われたことのように思います。
我が家は基本放任主義
我が家は昔から病気の事も人生の事も多くは言われません。僕の性格が元々超絶慎重派である事もありますがこれはやめなさいと言われた記憶もあまりありません。
基本的に自分の責任が取れる範囲のことは自分で考えて自分の判断でやりなさい、自分で責任取れないことだけ言ってこい。というのが我が家の基本姿勢でした。
高校生の時にふと気になって父に「何であんまりこれやれとか、これはやるなとか言わないの?」と聞くと。
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