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強さが頭打ちの時代に──『平熱のまま、この世界に熱狂したい』

ここ一週間の読書リストの中に『平熱のまま、この世界に熱狂したい』が入っている。副題は『「弱さ」を受け入れる日常革命』。タイトルだけで既にいいな、と思う。エッセイ集の仕立てになっていて読みやすく、大上段に構えない。

好きなのは「自由」について書かれた以下の箇所だ。

ぼくは、自由が好きだ。だから、誰もが自由に生きられる社会になってほしいと思っている。自由でいたい以上、他人の自由も尊重しなければならない。当然、自由でいるためには、ある種の「強さ」が必要になる。ところが、残念ながらぼくはとことん「弱い」のだ。
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昭和の慈愛に活躍した保守系の論客に、福田恆存(つねあり)という人がいる。主張によっては、それはどうなんだと疑問に思うものもある一方、劇作家でもあった福田が『人間・この劇的なるもの』で書いた下記の一節を読み返すたびに、ぐぬぬ……となってしまう。

また、ひとはよく自由について語る。そこでもひとびとはまちがっている。私たちが真に求めているものは自由ではない。私たちが欲しているのは、事が起こるべくして起こっているということだ。そして、そのなかに登場して一定の役割をつとめ、なさねばならぬことをしているという実感だ。なにをしてもよく、なんでもできる状態など私たちは欲してはいない。ある役を演じなければならず、その役を投げれば、他に支障が生じ、時間が停滞する──ほしいのは、そういう実感だ。

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自分が誰かや社会にとってかけがえのない存在であり、自分がいなくなると困った事態が生じるという実感がなくては、人間は生きていけないのではないか。その実感さえあれば、自分を粗末に扱ったり、自分が社会に存在できなくなるような滅茶苦茶なことを、他人に対して行ったりしないのではないか。自由も、ふと油断すると「ふやけたもの」として机上の空論になってしまう。「何者か」を目指すのもいいけど、まずはその実感を得られなければ生きていけない弱い存在が人間なのではないか。

自由であること、どこで何をしてもいいとは、本当はとても怖いのかもしれない。だってよく考えたら、誰からも必要とされていない状態が一番自由だ。すべてから見放されたとき、人は本当に自由になれるだろう。誰も文句をつける人がいない、関わりたがる人間もいない。すべてのしがらみから解放されて──。でもそれは、社会的な死と絶対の孤独を意味する。

それくらいなら、役割があり適度に縛られているほうがずっと幸福だ。自由ではないかもしれないけど、そのほうが人間らしい。誰かと共に生きる限り、完全な自由なんて望むべきではないし、完璧な自由に耐えられる人間なんてそもそもいない。

この本の最終章のタイトルは「弱くある贅沢」。あ、すごいわかる、と思う。強くなくてもいい、強くならなくても生きていけるというのは、実はとても贅沢なことなのだ。人は危機的状況に際して初めて「強さ」を要求される。弱くいられるのは、それが許される贅沢な環境にいるからだ。

時々、海外の治安の悪い国に移り住んだ人なんかが「日本人は平和ボケしている。ふにゃふにゃしててけしからん」と言うのを聞く。だけど、それでいいんじゃないか。多少、間が抜けていても生きていけるのはいいことだ。誰もがマッチョでタフで強くなければ、生活することもままならない、そんな世界ははっきり言って地獄でしかない。弱くても生きていけるのは、悪いことでは決してない。

あれができない、これができない、あんな風になれない。それ自体は克服すべき弱点のように見える。だけど、それができなくても、あんな風になれなくても、とりあえず生きていける。それに、時代が変われば弱点は弱点じゃなくなるかもしれない。コロナ下で一番優秀だったのが、普段から一歩も外に出ないひきこもりの人たちだったみたいに。宣言を破って出歩く人もいるなか彼らだけは、文字通り完璧にステイホームしていた。

それはでも「あらゆる弱点は克服しなくてもOK、開き直ろう」という意味ではない。そうじゃなくて、弱さを抑圧し絶対悪だと決めつけるのは止めよう、そんなニュアンスだ。最近「弱さ」をタイトルに含んだ書籍が増えているけれど、弱いのがいいというよりは、強くあることの限界をみんなが感じ始めた、そんな風に見える。時代は弱さの包摂に向かっていて、その風向きはしばらく変わらないだろう。「強さ」の頭打ち。21世紀はそんな反省と共に進んでいく。

引用:宮崎智之『平熱のまま、この世界に熱狂したい 「弱さ」を受け入れる日常革命』幻冬舎、2020年、pp.24~26.


「弱さ」をタイトルに含んだ書籍──例えば、澤田智洋『マイノリティデザイン 「弱さ」を生かせる社会をつくろう』

https://honto.jp/netstore/pd-book_30782252.html

宮崎智之『平熱のまま、この世界に熱狂したい 「弱さ」を受け入れる日常革命』

https://honto.jp/netstore/pd-book_30675358.html

著者の連載コラムはこちら。

http://s-scrap.com/category/miyazakitomoyuki



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