辞書との相性

明鏡国語辞典が好きである。

「辞典なんてどれも同じだろう」と思われる人も多いだろうが、そういう方には映画『舟を編む』か、同名の書籍をおすすめする。辞書を作る人たちの生活が描かれていて、字義解説の向こうには、頁を繰る自分と同じように、生きて生活し、言葉を使う人たちがいるのが実感できる。もちろん書籍のほうが原作なのだが、個人的には映画のほうを先に見て好きになったので、できたらこちらをご覧いただきたい。特に主人公を演じる松田龍平が、憎めなくて鈍くさくて最高です。

辞書の違いは、同じ単語を引いてみたときにわかる。例えば、最近

「子どものことをなんでガキって言うんだろう。『餓鬼』って書くくらいだから、仏教の餓鬼道(地獄の一種)なんだろうけど、なんで子どもが地獄なんだ……」

と疑問に感じて、とりあえず広辞苑で調べてみた。すると

が-き【餓鬼】
①悪業の報いとして餓鬼道に落ちた亡者。やせ細って、のどが細く飲食することができないなど、常に飢渇に苦しむという。
②子供をいやしんでいう称。「うるさい─だ」

ふんふん。……で、なんで子どもをいやしんだ名称になるんだろう。私にもわかるように教えてくれろ。

と言って、明鏡を開くとこう書いてある。

が-き【餓鬼】〘名〙
➊生前の罪のために餓鬼道に落ち、常に飢えと渇きに苦しめられている亡者。
 「─道(=生前に欲の深かった者が死後に行く所)」
➋子供を卑しめていう語。「うるさい─だ」「─大将」
►いつも腹をすかせていることから。

そういうことなんだよ!これなんです、私が欲しいのは!という感じの解説である。►以下の説明で、ようやっと「餓鬼=ガキ」が「両者ともお腹を空かせているから」であることに納得する。ひょっとしたら広辞苑が想定する読者(?)は、知能指数が高く「そういえば子どもって食べ物を欲しがるものね、なるほど餓鬼だわ」とすんなり腑に落ちて、特にそれ以上の解説を必要としないのかもしれないが、個人的には明鏡の使う「►」がありがたい。

ひょっとしたら、広辞苑を作った人たちは年配の方々で、子どもと言えば戦後の焼け野原に育ち、あまり満足に栄養が摂れなかった、というイメージがあるのかもしれない。だとしたら、飽食の時代に生まれ育った自分たちとは、世代間ギャップがある。裏を返せば、明鏡国語辞典の編者たちは、自分たちと年齢が近いのかも……。

「辞書との世代間ギャップ」なんて奇妙な表現だが、色々な辞書をすり抜けると、そんな風に見える風景の違いがあって楽しい。広辞苑がよくないということではなく、色んな辞書があってよくて、もしどこかに「辞書なんてみんな同じ」と思っている人がいたら「なんにだって相性はありますよ」と伝えたい。

本を買ったり、勉強したりするのに使っています。最近、買ったのはフーコー『言葉と物』(仏語版)。